第151話 決戦開始
最上階は、一つの部屋しかなかった。
巨大な門で閉ざされていて、ちょっとやそっとの力ではビクともしなさそうだ。
しかしどんなに強固でも所詮は物質。
「《物質消去》」
それならわたしの闇魔法で一部を消してしまえばいいだけの話。
人一人が通れるくらいの穴を空けて、中に入った。
ノア様はいないけど、それ以外の全員がここにいるし、余程のことがない限りどん事態でも対処可能だ。
中はさすがに広く、端から端までがちょっとした散歩気分に感じるレベルだった。
全体的に暗い色で彩られたその部屋の奥には、紫色の大きな天幕があり、影で中に誰かがいるように見える。
そしてその天幕の前に、誰かが仁王立ちしていた。
まあ、誰かは大体想像がつく。
しばらく無言で歩き、やがて立っている男の顔が鮮明に見える距離まで近づく。
やはり、最後に立ち塞がるのはこの男か。
「やはり来たか。ノアマリーがいないところを見ると、リーフは足止めされたようだな」
フロム・エリュトロン。
帝国準最強、わたしとルシアスをニ対一で圧倒するほどの強さを持つ炎魔術師。
だけど、今はステアによって記憶を奪われ、弱体化している。
「しかしこの状況は、もはや絶望を通り越して笑いがこみあげてくるな。こちらは魔法が使えず、そちらは側近全員に加えてバレンタイン家の娘までいるとは。どうやったってワシに勝ち目がないではないか」
「まあ、そうでしょうね」
わたしが逆の立場でも、確かにちょっと笑ってしまいそうな戦力差だ。
「しかし、陛下をお前たちに渡すわけにはいかん。それだけはさせんぞ。ワシは死ぬまで貴様らをこの先に通さんと思え」
「殺しませんよ、それがあの御方のお達しですし。リーフをノア様の手中に収める切り札ですから」
「そんなことは、このワシの目が黒いうちは―――」
互いに調子を探るようにフロムと会話を続けていた、その時。
突如、天井が崩れた。
広かった部屋の天井が完全に破壊されてさらに開放的になり、暮れかけている日が目に飛び込んできた。
「ぬおっ!?」
「どわああっ、なんだあああ!?」
「ちょっ、痛い!瓦礫ぶつかった!」
こんなことする人間を、わたしは二人しか知らない。
「痛たたた、やってくれるわねえ………」
「反論、前回はあなたが地上にたたきつけてくれたんだから、お互い様」
「お互い様ってあなたね」
「なにやってるんですかノア様」
「なにをやっておるのだリーフ」
「「ん?」」
まあ、この二人しかいないだろう。
天井を完全に吹っ飛ばすほどの高威力を受けてどちらも傷一つ負っていないのはさすがだけど、いくらなんでもおかしい。
特にリーフ、自分の雇い主の居城をナチュラルに破壊しちゃったよ。
「クロじゃない。てことはいつの間にか帝国の方まで戻って来てたのね」
「気づかずにここに来られたんですか………」
「ちょっと白熱しすぎて、さっきまで共和国連邦の上空で戦ってたからねー」
「おかしいおかしい」
「リーフ、お前は一応この帝国に仕える人間だという自覚を持て。帝国のシンボルたる城を、帝国の守護者であるお前が破壊してどうするのだ」
「反論、城は所詮城。直せば戻る」
「そういう問題ではなくてだな」
こっちもこっちだけど、あっちも大変だな。
「だけど好都合だわ、帰ってくる手間が省けたわね」
「同意。それに、任務も果たせる」
リーフは剣を構え、天幕の前に立った。
自分の目的が防衛だってのは忘れてなかったか。
忘れててくれれば楽だったのに。
「提案。フロム様、陛下を連れて逃げた方がいい」
「何を言う、お前ひとりであの数を相手にすると?」
「無論。脅威はノアマリーのみ、あとはどうとでもなる」
なんて自信。
いや、実際そうなんだろうけど。
「だから早く」
「馬鹿を言うな、いくらお前が最強とはいえ、向こうも一癖も二癖もある連中だらけだぞ。お前が死んだら、誰がこの国を護るのだ」
しかし、なんというか。
いつまで三文芝居を続ける気なんだろう。
「あの、あなた方いつまでやってるんですか?」
「なに?」
「だってその天幕、中には誰もいませんよね」
わたしがそう言うとノア様は少し驚いたようにわたしの方を振り向き、他の人たちもわたしに目を向けた。
「クロ、どういうこと?」
「どういうこともなにも、生体感知に反応がないですから。あの影も偽装では?」
「な、何を言っているのだ?そんなはずがないだろう」
「いえ、ごまかしとか通じませんから」
リーフとフロムはそれを聞いて顔を見合わせ、困惑したような表情を見せた。
わたしだからこそわかるけど、それは本気の戸惑いだった。
まさか、本当に知らなかったのか?
「陛下が一目散に逃げていたなど有り得ん。しかし彼女に、すぐにばれる嘘をつくメリットもない………」
「疑惑、ウチたちの目を逸らさせて不意打ちする気では?」
「いや、そんなバレバレの策はさすがに張るまい。何より、嘘を言っているように見えんしな」
フロムは思案するような顔をし、やがてリーフの背に隠れるように移動してから後ろを向いた。
「陛下、失礼します。いらっしゃいますか」
いや、だからいないって。
わたしたちが攻め込んできたのを察知して逃げたか、あるいは―――
『どうかしたか、フロムよ』
!?
え、なんで?
スピーカーみたいな魔道具とか?
でもそれにしては声がクリアだ。
「いえ、何でもありませぬ。今この不逞の輩共をどうにかいたしますので」
『うむ、頼むぞフロム。我が剣よ』
フロムは深いお辞儀をしてから、わたしたちに目を戻した。
「ちょっとクロさん、いるじゃないですの」
「お、おかしいですね。確かに反応がないのですが―――」
「ふむ。虚言をついた意味は分からないが、いずれにしろ陛下はここにいらっしゃる。ワシが何十年も聞いた声だ、間違えるはずもない」
別に嘘はついてないんだけど。
一体どういうことだ?
「クロ、確かに反応がないの?」
「はい、まったく」
「生体感知を誤魔化す術はないし、クロが嘘をつく理由もない、だけど現に皇帝はああして存在している。一体どういう―――」
「忠告、よそ見厳禁」
「うわっと!?」
ノア様の思考を遮るように、リーフが一瞬で距離を詰め、ノア様を風で吹き飛ばした。
そのままの速度の攻撃が、目にもとまらぬ速度でわたしに迫ってくる。
「《影の身代わり》!」
あえなくわたしは斬られるが、咄嗟に発動したわたしのダメージを影に流すことで数秒だけ攻撃を防げる闇魔法がギリギリ間に合った。
その数秒があれば十分。
「はあっ!」
「くっ!」
ノア様が一秒もかからずに戻ってくる。
「ちょっと、私の一番のお気に入りちゃんに手出さないで貰える?」
「拒否、あなたと違ってウチはあなたたちの全滅が目的。手段は択ばない」
リーフ相手では、今のわたしたちでは全員足手纏いだ。
悔しいけど、彼女の相手だけはノア様に任せるしかない。
わたしたちがやるべきことは。
「オトハ!」
「タイプ51、《劇毒注射》」
フロムをどうにかすること!
「同じ手は食わん!」
「《動作反転》」
「むっ………!?」
フロムはオトハの毒は躱したが、遠く離れたステアからの攻撃には抵抗できなかったようだ。
炎魔法の使い方を忘れていることで、魔法抵抗力も影響が出ているらしい。
いくら魔道具で抵抗力を引き上げているといっても、元の力が低くなっていれば、七倍にしても効果は薄れている。
ステアの《動作反転》は相手の意思と脳への伝達を、意図的に逆転させるという魔法。
分かりやすく言えば、右手を動かそうとすれば左手が動き、下を見ようとすれば上を見てしまう。
どんな魔術師でも戦士でも、自分の意思と常に違って動く体に慣れるのは時間がかかる。
その間に仕留める。