第149話 いざ帝国へ
「さあ、時は来たわ」
ルシアスが(無理やり)長距離転移を習得し、すべての下準備、魔道具、魔力の調子を万全に整え、わたしたちはティアライト邸跡地に集まっていた。
メンバーはノア様、それにわたしたち五人。
そして。
「ふふっ、よろしくお願いしますねー」
「………あの、ルクシア様。これから我々は敵地に攻め込むのですが」
「はい」
「その、ルクシア様は共和国連邦の重鎮ですよね?」
「正確にはワタシの一族が、ですけどねー」
「一緒に行くと何かとまずいのでは?」
「大丈夫ですよー、敗戦国の歴史や情報など、いくらでも操作できるんですから。勝者となったノアさんが一言『いなかった』と言えば、ワタシはその場にいなかったことになります」
「そ、そうですか」
笑顔でとんでもないことを言うなこの人。
「ノア様、よろしいんですか?ルクシアさんを連れて行って」
「戦力が多いに越したことは無いし、いいんじゃないかしら」
「申し訳ございません皆様、我が主人が今回ばかりはついて行くんだと聞かず。この御方を一人にするわけにもいかないので、自分も同行させていただけますでしょうか」
「ケーラもね、ルシアス行けるかしら?」
「あー、人数が増えると消費魔力が増えるからな。あっちについたら俺は魔力回復に努めていいってんなら」
「問題ないわ。じゃあルクシア、ケーラ、もうちょっとこっちに寄りなさい」
「ありがとうございます!」
「ご迷惑はおかけしませんよう、努力いたします」
ルクシアさんは満面の笑顔で一歩前に出た。
ケーラさんもいつものポーカーフェイスを崩さず、ススっとルシアスに近づく。
「さてあなたたち。作戦を整理するわよ。これからわたしたちが向かうのは、帝国城の地下牢よ」
「確かに地下牢なら、四六時中見張りがいるわけでもありませんし、静かに潜入できそうですね」
「ええ。そこから全員で固まって上に登っていき、到着したら即座に皇帝を拘束。ここ重要よ、フロムとリーフを手にするための絶対カードである皇帝は、絶対に殺してはいけないわ」
作戦が、ノア様からもう一度綴られていく。
「さっきは殲滅しながらって言ったけれど、帝国兵に関しては個人の裁量に任せるわ。躱しながら登ってもいいし、殺しながらでもいい。どうせ皇帝を抑えればこちらの勝ちだしね」
「ノアさん、リーフとフロムに関してはどうするんですか?」
「フロムはおそらく皇帝の間にいるわ。皇帝に絶対忠義を誓っているあの男が、そうやすやすと自分の主の元を離れるとは思えないから。だけどフロムはステアによって魔法を封じられているから、そこまでの脅威ではないわ。着いたら二人か三人がフロムを相手して、皇帝を人質にとれば終わりよ。
リーフに関しては安心していいわ、今は私との戦いの傷を癒したリハビリ代わりに、わざと特攻させた王国軍相手に無双してる頃でしょうし」
ノア様がステアに命じて国王(洗脳中)の口使ってやらせたあれか。
唯一残った四傑であるリーフは、嫌でも前線に出るしかないというのを逆手に取ったうまい作戦だ。
しかもさすがのリーフも、わたしたちが空間を飛び越えて直接城を制圧しにかかるとは考えないだろう。
「作戦概要は以上。何か質問は?」
「万が一、リーフが帝国に残っていた場合はどうされますか?」
「そしたら私が行くわ」
「頼もしいな」
「他には?」
手を挙げる者はいなかった。
「じゃあ時間が勿体ないし、さっさと行くわよ」
「これから国一つ攻め落とすってのにテキトーだな姫さん」
「国一つごときであたふたしていたら世界征服なんて夢のまた夢だもの」
「まあ、そりゃそうだけどよ。じゃあさっさと転移すっから、お前らもうちょっと寄ってくれ」
ルシアスの言う通りに、彼の魔法が届きそうな範囲までくっついた。
「念のためもう一度言うぞ。この距離をこの人数飛ばすと、しばらく俺は魔法が使えねえ。姫さんやステアみてえに無尽蔵に近い魔力持ってるわけじゃねえからな」
「ええ、問題ないわ。さっさと飛んでちょうだい」
ルシアスは魔法が使えなくても並の魔術師なんか一蹴出来る強さだし、そう簡単に死ぬことは無いだろうけど、それでも今から行くのは帝国の本拠地。
いくらルシアスでも命の危険はあるから注意ってことだろう。
だけど彼の周りにはわたしたちがいる。
特に精神を読み取り、操れるステアがいる限り、近くの仲間が死ぬなんて事態は起こらないと断言できる。
「じゃあ、行くぜ」
全員が集まり、足元に魔法陣が広がる。
「《長距離転移》」
ルシアスがそう唱えると、一瞬だけ目の前がチカッと光った。
それで反射的に瞬きをし、目を開けた瞬間には、既に目の前が変わっていた。
「全員いる?」
「えっと―――大丈夫です、問題なさそうです」
「良かった。ありがとうルシアス」
「おう。………ところでよ、俺、なんでいつの間にか長距離転移が出来るようになってるんだ?全然習得した時の覚えがねえんだけど」
その場にいたルクシアさんとケーラさん以外の全員が目を逸らした。
「それはともかく、ここからは一気に突っ込むわよ。互いの魔法に巻き込まない、これが唯一絶対のルール。あとは何してもいいわ、とにかく頂上に一気に突入するわ」
「かしこまりました」
「オウラン、毒ガスを使うので全員に毒への耐性付与をしておいて」
「了解」
「じゃあ行くわよ!」
ノア様が地下牢の廊下を一気に駆けて行った。
「ちょっ、ノア様!?あなたが真っ先に突っ走ってどうするんですか!」
わたしたちも慌ててそれに続く。
出入口に見張り三人を生体感知。
「あー、見張りは暇だなあ。どうせ囚人が出てくることなんてないだろって」
「おいおい、もっと真面目にだな」
「ん?何の音だ―――」
「《正確無比の光》」
完全にリラックス状態だった見張りを、ノア様が一秒とかからずに脳を貫いて殺害。
そのままノア様は階段を駆け上がっていく。
その先には、多数の兵士の反応が―――。
「な、なんだ!?」
「地下牢から、金髪?」
「おい、まさかコイツ!」
ノア様の魔力は極力無駄遣いさせたくない。
リーフがいる可能性だってゼロではないんだ。
ここはわたしが………と思ったけど、後ろから一人、張り切ってる子が登ってきた。
「お嬢、ちょっと、どいて。《範囲掌握》」
ステアは帝国兵たちの意識をすべて自分の元で一点に繋げ。
「《精神寄生》」
約三十人いた兵士を全員操った。
「最上階への、最短距離、教えて」
「あちらです」
ステアに精神を乗っ取られた兵士は、何の違和感も抱かずにわたしたちに最短距離を教えてくれた。
「ん、ありがと。《精神崩壊》」
用済みになった兵士は全員精神を壊され、その場に倒れる。
「おい、何だ今の音―――」
「《死》」
その倒れた音で数人が近くの扉から出てきたが、その端からわたしが殺す。
「て、敵襲っ」
「タイプ40、《沼蛇の吐息》」
上から援軍を呼ぼうとした兵士は、オトハが毒ガスで殺す。
しかもそれにとどまらず、ガスは上の階にどんどん充満していき、恐ろしい速度で生体感知から反応が消えていく。
「あのガスは空気より軽いので、ドンドン上にいきますわ。ただオウランの毒耐性があるとはいえ私たちにも無害ではないので、一分で無毒化するように調整してあります」
「素晴らしいわオトハ、いい働きよ」
「お、お嬢様に、褒められ………!」
悶絶とするオトハだったが、その後ろでフラフラと立ち上がったのが一人いた。
直前で察知し、息を止めたらしい。それでもオトハの毒は皮膚からも浸食するので既に立つのがやっとのはずだけど、なかなか出来る男だ。
「クソッ、せめて一矢報いてやる!《岩の散弾》!」
「《水面反射》」
兵士はわたしたちに向かって岩の弾丸を放ってきた。
消し去ってやろうと思ったんだけど、わたしが発動するより早く、直前ですべての岩が水切りのように跳ね返り、男に降り注いだ。
「ご、がっ………」
自分の魔法をその身で受けた男は、血だらけになってそのまま倒れた。
「ふふっ、意外と出来る子なんですよー、ワタシだって」
跳ね返したのはルクシアさんだ。水の高位魔法である反射をいとも簡単に操るとは、さすがの一言。
「さっ、もっと速く行くわよ!!」




