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第148話 悪夢、再び

「や、やめろぉっ!俺はもう嫌だ、やめてくれ姫さん!」

「仕方ないのよルシアス、これはあなたのためでもあるのよ。クロ、オウラン、オトハ、もうちょっとちゃんと押さえておきなさい」


 わたしたちは大書庫で、ジタバタと暴れるルシアスを押さえつけていた。

 私たちだってこんな手荒なことはしたくないが、仕方がないのだ。


「お前たちはあの痛みを知らないからそんな残酷なことが出来るんだ!頼むやめてくれ、ちゃんとやるから!俺、ちゃんと頑張るから!」

「ちゃんと頑張った結果が、この無駄な二か月でしょう?もう限界よ、さあやってしまいなさい」

「ストップ!待て早まるな!話をしようじゃねえか、対話は人にのみ許された特権だぜ!?」

「すべてが話し合いで解決するならこの世に戦争という言葉は存在しないわ、さあステア」

「ん」

「やめろおおおお!!」


 ………現状を説明すると、要するに。


 リーフとフロムの襲撃から二か月ほど経ち、街も順調に復興し始めている。

 ノア様の領主としての仕事も、他人に丸投げすることで順調に進んでいた。

 そして帝国の制圧作戦の手筈も、これまた順調に決まっていた。

 しかし、一つだけ順調ではないものがあったのだ。


「長距離転移をさっさと覚えないあなたが悪いのよ。大人しくしなさいな」

「無茶言うなよ!あんたやステアみたいな天才とは違うんだ、魔導書を理解するのだって割と一苦労なんだぞ!」

「だからそれを理解させてあげようって言ってるじゃない」

「手口が強引すぎるんだよおお!」


 そう、ルシアスの長距離転移だ。

 しかしこれは、実は考えてみれば当たり前の話。

 そもそもルシアスは空間魔法を知ってから日が浅く、未だ中位魔法を多少使いこなせる程度。

 そこに高位魔法である長距離転移を無理やり覚えさせようというのだ、トラブルの十や二十は至って正常。

 だけど、うん。

 魔法に関してはスパルタなノア様が、その状況を許さなかった。


「何が不満なのよ、高位魔法の理解を一瞬で終わらせられる最高の手段よ?クロの元の世界の言葉で言えばチートって奴よこれは。むしろステアに感謝しなさい」

「な、なあステア、お前はイヤだよな?俺たち仲間だもんな、仲間が苦しむ姿は見たくないよな!?」

「確かに、見たいものでは、ない」

「だよな!」

「でも、お嬢が、やれって、言うなら、やる」

「ちくしょおおおお!!」


 今はルシアスが、以前魔法を覚えた時にやったヤツだ。

 つまり、先にステアに魔法式を理解させ、それを精神魔法で直接ルシアスに刻み込むという離れ技。

 既存の魔法の覚え方の常識を覆す、ノア様の言う通りチート行為と言っても過言ではない、魔法のショートカットだ。

 完璧に近い策だが、唯一問題があるとすれば精神に無理矢理刻み付ける時に激痛を伴うらしいことくらいか。


「冗談はよせ、高位魔法だぞ!?魔導書とか魔法の制御とか、そういう基礎を叩き込まれたときとは違うんだ、複雑な魔法式にそれへの理解、起動術式!どんだけ痛いか想像もつかねえ!」

「確かにそうね、下手したら痛みのあまり頭がボンッ!てなるかも」


 何それ怖っ。


「おいおいおい、貴重な空間魔術師をボンしていいのか?よくねえだろ!?」

「ええ、よくないわ。だけど安心しなさい、もしそうなっても、ここにはメンタルケアとカウンセリングの申し子、天才精神魔術師ステアがいるわ」

「ボンってなっても、治してあげる」

「ただのマッチポンプじゃねえか!しかもそのメンタルケアとカウンセリング、どっちにも『強制』が頭につくやつだろ!」

「男のくせにギャーギャーやかましいわね、ステア!」

「了解」

「おおおい、本当にやるのか!?ちょっと待とうぜステア、今辞世の句を考えるからちょっと待て、一分くれ、せめて心の準備いいいぎゃああああああああああ!!」


 一切話を聞かなかったステアの容赦のない精神攻撃―――じゃなかった、記憶注入がルシアスに襲い掛かった。

 ルシアスはもし漫画であれば骨が見えていたんじゃないかと思うほど、電気ショックを受けたかのように痙攣し、やがてその場に倒れて動かなくなった。


「痛みで気絶しましたわね」

「き、気の毒に………」

「彼、フロムの最大魔法による全身大火傷すら笑いながら耐えた男なんですが」


 どんだけ痛いんだろうか。

 この戦闘に生きたような男が、苦痛で脳シャットダウンとかよっぽどだと思うんだけど。


「これで解決ね。よくやったわステア」

「えっへん」

「ステア、せめて後で彼から、今の苦痛の記憶だけでも忘れさせてあげてください」


 ルシアスが気絶するほどの痛みとか、彼の人生にいろいろと問題を起こしかねない。


「はっ!?」

「あら起きた?」

「あ、頭がいてえ………お、俺は今まで何をしていたんだっけ?というか、俺は誰だ?」


 いや、どうやらステアが消すまでも無く、苦痛の記憶は消えていたらしい。

 周りの記憶ごと。


「空間魔法、長距離転移、これだけははっきりと思い出せる………。だが、俺はいったい何者なのか、何も思い出せねえ………」

「き、記憶を失うほどの痛みって、一体どんな痛みだったんだ………」

「なんだか、押さえたことに酷く罪悪感を感じてきましたわ」

「後で好きなものでも奢ってあげましょうか。じゃあステアお願いします」

「《記憶修復(フラッシュバック)》」


 ステアの失った記憶を呼び覚ます魔法がルシアスに命中し。


「………ぷああああああ!?あっ!?思い出した!?俺生きてるよな、死んでねえよな!?」

「お帰りなさい、どうかしら体の調子は?」

「ハッキリ言っていいか?最悪だ!」

「そう、よかった成功みたいね。長距離転移もバッチリ覚えたみたいだし、これで万事解決よ」

「あんたは鬼か!?」


 若干涙目のルシアスがノア様に詰め寄るが、ノア様はどこ吹く風。

 ステアもぼーっとそれを見ているだけだ。

 なんで実行犯の二人より、間接的に参加しただけのわたしたちが、こんなに罪悪感を抱かなきゃならないのか。


「………その、ルシアス。今度美味しいものでも食べに行きましょう」

「奢るぜ」

「好きなだけ食べていいですわよ」

「同情するな、みじめになるわっ!」

「それで長距離転移は出来るのかしら?」

「できるっぽいよ、おかげさまでな!」

「いえいえどういたしまして」

「お礼には、及ばない」

「皮肉だ馬鹿野郎ども!!」


 まあ、過程はどうあれ、わたしたちは帝国への移動切符を手にしたわけだ。

 これでいつでも攻め込める。


「じゃあルシアス、ちょっと調子を確かめるために適当なところに行ってきなさいな。そうね、帝国領のどこかがいいわ」

「………俺、帝国に行ったことねえからイメージもクソもないんだが」

「ふふっ、それについてはぬかりないわ。ステア」

「ん」


 なんだろう。

 嫌な予感がする。


「ステアにはね、色々な帝国兵たちから帝国の記憶を抽出してくるように言っておいたの。今やこの子は、帝国の歩くマップと言っても過言ではないわ」

「そりゃすげえ」

「ぶい」

「そうね、帝国にある草原とかいいんじゃないかしら。人もいなくて最適だわ」

「そうだな」

「無人の街とかもいいわね」

「おう」

「いっそのこと使われてない帝都の施設にでも転移してみてもいいかも」

「確かに」

「じゃあステアに注入してもらいなさい」

「ああ。………ん?」


 あ、予感的中した。


「なんだって?」

「だから、もう一遍ステアに記憶を貰いなさいな。そうしないとイメージも何もないでしょう?」

「は?おい待て、まさか」

「ステア」

「ん」

「待ってくれ本当に待ってくれ、頼む後生だこれ以上はあああああぎゃおおおおおおおああああああ!!」


 その後、ルシアスは無事に長距離転移を習得していたらしい。


 ただ、どうやって習得したのかは、本人は覚えていないが。

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[良い点] ノア様まじ鬼畜
[一言] かわいそう(小並感)
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