第146話 戦いの後
明けて翌日、わたしたちはティアライト領で唯一無事だった宿屋を使い、臨時の拠点とした。
屋敷は完全に吹き飛んでしまったし、地下室もこの状態ではルクシアさんとケーラさんがいるので使えない。
ノア様をこういう質素な場所に止めるのは多少気が引けるけど、背に腹は代えられない。
「さあルシアス、さっさと長距離転移を覚えなさい。さっさと帝国に攻め込んでこの私の邪魔をした魔術師を粉砕しに行くわよ」
「落ち着け」
「そしてリーフを私のものにしてフロムもこちらに取り込んで、すべてを私のものにし、そして例の魔術師をぶっ殺すわよ」
「落ち着いてください」
そしてノア様は昨日からこんな調子だ。
リーフを奪われたのがよっぽど悔しかったのか、昨日は傷だらけになった体で地団太を踏んで心底不機嫌そうにしていた。
今日は多少マシになったものの、やっぱり調子はあまり変わらない。
「しかし、俺らはともかく姫さんすら出し抜くとは、よっぽどの手練れだなその土魔術師。ランドクラスなんじゃねえのか?」
「ノア様の魔力がほぼ底をついていたところを狙ったとすると、狡猾さもうかがえますね。土魔術師としてはランドよりも厄介そうです」
「どうでもいいわ、どうせ後々血祭りにする相手よ」
「ノア様、もう少し心を落ち着かせてください」
いや、ノア様にとってはリーフを奪われたことよりも、決着が着けられなかったことの方が原因か。
「いいですかノア様、単純に考えてください。元々リーフはノア様を殺す気だったんです、ですがノア様はこうして生きている。それだけでもうノア様の勝ちじゃありませんか」
「………まあそれはそうなんだけど」
「ノア様は我々の主人です。ノア様の雰囲気はわたしたちにも伝搬します、特にステアなんかは不機嫌になられるとどうなるかわかりません。どうかここは心を鎮め、指示を」
わたしがそう言うと、ノア様は難しい顔をした後、一つため息をついた。
「ごめんなさいクロ、少し取り乱しすぎたわ」
「いえ、こちらこそ出過ぎた発言を」
「あなたの言う通りね、過ぎたことをいろいろ考えたってどうにもならないわ。それより状況整理につとめましょうか、皆を呼んできてくれる?」
「かしこまりました」
ノア様に言われ、わたしは既にいたルシアス以外の三人と、それにルクシアさんとケーラさんをノア様の部屋に呼んだ。
「ノアさん、ご機嫌はいかがですか?」
「割と悪いけれど、まあ今はそんなこと言ってる場合ではないわ。ルクシアも大事ないかしら?」
「はい、ステアちゃんが『ここなら安全』って言ってたところに避難してたのでー」
「しかし申し訳ありませんノアマリー様、ステアさんはお止めしたのですが戦の音のする方に向かってしまい」
「………お嬢、約束、破って、ごめんなさい」
ステアはシュンとしてノア様を見つめていた。
自分なりの考えがあったとはいえ、ノア様の命令を反故にしたことを気にしているようだ。
しかしノア様はその様子を見てむしろ少し機嫌を直したようで、フッと苦笑し。
「別に怒ったりしないから安心しなさい。あなたが私の言うことを聞かなかったってことはよっぽど危ないって思ったんでしょう?それで結果的にフロムの自爆を止めたって言うんだから、むしろよくやったわ」
「………ん、頑張った」
「ええ、偉いわステア」
へこんでいた顔を、褒められたことでぱあっと輝かせたステアは、それはもう可愛かった。
これが重要な会議中でなければ抱きしめていたところだ。
「お嬢様、私は!私はフロムを毒で足止めしましたわ、私には何かないんでしょうか!」
「あなた、聞けば食中毒菌を炎魔術師に使うとかすっとぼけたことをやったんだって?」
「あっ!?誰ですのお嬢様に余計なことを言ったのは!?」
その場にいたオトハ以外の側近全員がそっと目を逸らした。
全員言ってたらしい。
「で、ですが、それを差し引いてもあの毒はかなり凶悪ですわ!しばらくは熱でまともに動けないはずですわよ!」
「それで自爆まで追い詰めたなら世話ないわね」
「うっ………」
「罰よオトハ、あなた三日間私に接触禁止」
「そんなっ!?」
これは仕方がない。
オトハが悪い。
しかし、だんだんノア様が生き生きとしだして何よりだ。
「さて、状況を整理するわよ」
机に突っ伏して嗚咽し始めたオトハを除き、全員がノア様に視線を向ける。
「まず、こちらの被害は街一つが八割の壊滅。住民はほぼ避難していたから人的被害はないけれど、拠点が消し飛んだわ」
「消し飛ばしたのはノア様ですけどね」
わたしのツッコミをノア様は芸術的に無視し、話を続ける。
「私たちがやらなきゃいけないのは二つ。まずはこの街の再生、そして力をつけること。特にルシアス、帝国への奇襲作戦はあなたにかかっているのよ」
「おう、了解だ。三か月もかからねえと思うぜ」
「二か月で覚えなさい」
「………お、おう」
「私もリーフとの決着をつけるために少し本腰を入れて修行するわ。クロ、ちょっと手伝いなさい」
「かしこまりました」
「オウラン、あなたは結構強耐性が使えるようになってきているから、完全耐性に手を出してみなさい。最悪、風だけでいいから」
「はい!」
「あのえっとお嬢様、私は?」
「あなたはその馬鹿な頭を何とかしなさい」
「はぅっ!あはぁ………」
オトハはもう既に罵倒と罰が快楽に変換されたらしい。
この変態っぷりはいつになったら治るのだろうか。
きっと一生無理だろう。
「ルクシア、あなたはどうするの?あなたはここにいる義務はないんだし、もしあれなら共和国連邦まで送るわよ。あなたの強さなら帝国もリーフを使わない限り絶対殺せないでしょうし」
「水臭いこと言わないでくださいノアさん、ここまで来たら最後までお手伝いしますよ!」
「まあ、あなたならそう言うと思ったけどね」
ルクシアさんも相変わらずだ。
ケーラさんも苦笑しつつも何も言わない。
しかし、なんだろう。
ルクシアさんがノア様を見る表情が、僅かに変わった気がする。
ノア様がルクシアさんを見る目もまたしかり。
なにかあったんだろうか、微妙すぎて表情の変化が悟れない。
「まあとにかく、ルシアスの長距離転移習得まで、各自で色々と準備を万全にしておきなさい。いいわね?」
ノア様の言葉に全員が頷き、立ち上がった。
わたしも強くならなきゃ。
わたしの闇魔法は、リーフには通じず、フロムにも有効打になったとは言い難い。
ルシアスがいなければ数秒で殺されていただろう。
オウランがいなければフロムの最大魔法で殺されていただろうし、オトハがいなければ彼の動きを止めることは無理だった。
ステアがいなければこの街もろとも完全に吹っ飛んでいたはずだ。
『みんなでつかんだ勝利』と言えば聞こえはいいが、要は一人一人では帝国準最強にすらまったく敵わなかったということだ。
おそらくリーフ相手だったなら、わたしたちは束になっても勝てなかった。
ノア様が言っていたリーフの奥の手《落雷魔法》によって、わたしたちの希少魔法というアドバンテージも消えている。
もっと強くならなければ。
ノア様を、どんな存在からも守れるように。
数話、平和な日常回が続きます。
ご了承ください。