第145話 地下
『あーっはっはっは!どこの塵屑かしら、この私の悦楽を邪魔し、あまつさえ私のものにするはずの子を攫ったのは!私からお気に入りを奪うとは良い度胸ね気に入ったわ、特定し次第八つ裂きにしてやるわ!!』
このノアの怒りの独り言を、実は聞いている人間がいた。
上の様子が分かり、かつ向こうからは分からず、ここにいると推測は出来ても攻撃が難しい、完璧に近い安全地帯。
すなわち、地下で。
このティアライト領の地下が一時的に土魔法によって一部空洞にされ、そこに一人の人間が居座り、クロたちの戦いを観察していたのだ。
そしてその人物こそが、フロムとリーフを回収し、ノアに超がつくほど恨まれている魔術師だった。
それは。
「激怒、言い残す言葉があるなら聞く」
「ちょちょ、ちょっと待ってくれません!?アタシ一応お二人の命の恩人ポジですよね今、なんでこんな仕打ち受けなきゃならないんです!?」
「憤怒、ウチとノアマリーの決闘に泥を塗った。何よりの大罪だと思え、ノワール」
「いやいやいや決闘じゃないでしょ、殺し合いだったんじゃ!?殺されそうだったからわざわざ危険侵して回収してあげたのにこんなのあんまりですってリーフ様!」
「赫怒、言いたいことはそれだけ?」
「殺意高っ!さっきから冒頭の二字熟語も全部『怒』付いてるし何この人!」
帝国隠密部隊カメレオン首領、ノワールだった。
だがその大層な肩書に見合った威厳はどこにもなく、リーフによって壁に押しつけられている。
「ええい、やめんかリーフ!気持ちは分からなくもないが、今はとりあえずノワールに礼を言っておけ」
「………むぅ」
土の壁に寄り掛かって息を切らしているフロムに言われ、リーフはようやくノワールの胸倉から手を離した。
「げほっげほっ!………た、助かった」
「謝礼、フロム様を助けてくれた点については感謝する」
「あなたを助けた点については!?」
「激昂、それは断じて許さない。だけどフロム様の件に免じてあなたは見逃してあげる」
「超頑張って助けたはずなのになにこの遥か高みからの上から目線!」
ノア同様、決着が着けられなかった原因にリーフは怒髪天だったが、一応は自分を助けた形になることと、自分の恩人であるフロムを救ったことで、なんとかノワールをぶっ飛ばすことはしなかった。
最も、既に魔力を使い果たしているのでノワールに何かをすることは元々できないのだが。
リーフは不機嫌を隠さず、近くにドカリと座った。
「それでリーフ、どうだった。ノアマリー・ティアライトと戦った感想は」
「悦喜、超楽しかった」
「………いや、うん。そうでなくてだな、どれくらい強かったのかと聞いているのだ」
「回帰、現時点でウチとほぼ互角。ウチの雷を使っても即時対応された。しかしそこの黒い変なのが邪魔しなければウチが勝ってた」
「黒い変なの!?」
「ふむ、お前のその雷を使ってもか。どうやら予想よりもはるかに強いようだな」
「反言、フロム様は?」
「ワシか。すまんがワシは引退だ、もう魔法が使えん」
「………?困惑、なぜ」
「かの精神を操る魔術師に、炎魔法の記憶を奪われた。ワシはもう、どうやって魔法を使っていたのかすら覚えていない」
「!愕然、そんなことも出来るとは」
「ああ、『ある意味ノアマリーよりも恐ろしい』と言っていたお前の言葉は正しかったな。しかもそれに加え、多少毒も食らっている。命に別状はないだろうが、どれほど効果を発揮するのかが未知だ」
「納得、それは引退するべき」
リーフはフロムを案ずるように寄り添う。
フロムもリーフの顔を見て、安心するような顔をしていた。
「なんというか、結構ドライですねリーフ様?慕っているフロム様が引退って言ってるんですから、もーちょい引き留めたりとかないんですか?」
「反論、そもそもフロム様の年齢で引退していないことがおかしい。むしろ危ないから引退はもうちょっと早く決意してほしかった」
「あー、まあ生きてこその儲けもんですしね」
「魔法を失おうと、ワシには剣がある。皇帝陛下の壁くらいにはなれるだろう」
「………苦言、フロム様はもっと自分を大切にするべき」
「すまぬな、リーフ。しかしワシは、こういう生き方しか知らんのだ」
フロムがそっとリーフの頭を撫でた。
リーフは不本意そうだったが、少ししてこくりと頷く。
「国に戻ったら、陛下の護衛としてお傍で仕えさせてもらえるよう打診してみよう。重ね重ねすまんなリーフ、これで四傑はお前だけになってしまう」
「いやー、ぶっちゃけリーフ様がいれば大体何とかなると思いますけどねー」
「勧誘、あなたは四傑入りしないの、ノワール」
「ふむ。確かに先ほどの土魔法は素晴らしかったな」
「いやいや、ご勘弁を。アタシはこうやって、知られることなく暗躍するのが性に合ってますって」
ノワールはいやいやと手を振り、そのフードをより深くかぶった。
「そうか、残念だ。………さて、国に戻るか。ノワール、この穴はどこまで続いている」
「めっちゃ頑張ったので、ティアライト領の外れにある洞窟まで続いてますよ。数日待ってほとぼり冷めてから、その穴からゆっくり帝国に戻りましょう。しばらくはノアマリーの目が近くで光ってるでしょうし?」
「同意、少なくとも三日はここで待つのが吉と判断」
「ふむ、やむを得ぬか」
「外の様子はアタシの部下たちに探らせてるので、その辺もご心配なくー」
「そうか、色々と済まぬなノワール。………すまぬ、ワシは少し、寝る」
最初はフロムがそう言い、その場でもたれかかって眠りについた。
「リーフ様も寝ていいですよ。つか寝てください、体中傷だらけじゃないですか。応急処置は済ませておきますから」
「感謝、だけどウチよりもフロム様を」
「フロム様は外傷ほぼありませんし、毒も見た感じ強力なものじゃないですから。リーフ様の方がヤバいんですって、このままだと死にはせずとも色々と面倒ですよ」
「………謝意、言葉に甘える」
次にリーフも、その言葉を最後にウトウトとし始め、目を瞑った。
***
ノワールはフロムに血清を打ち、リーフの傷を塞ぎ、ふーっと息をついた。
そして二人が完全に眠っていることを確認すると、スタスタと歩き出した。
少しして止まり、何の変哲もない土壁に手をかざした。
すると壁が開き、中に入れるようになる。
そこからさらに一分ほど歩き、開けた場所に出ると。
「………ちっ、お前かよ」
「こっちのセリフよ、なんでリンクがあんたなんかのために骨を折らなきゃいけないの?」
「あんたが一番働いてないからでしょ」
「はーあ!?なに、死にたいの!?」
「あんたごときがあたしを殺せるならねー」
「やってやろうじゃないの!」
そこには一人の先客がいた。
自分をリンクと呼ぶその少女は、誰が見ても可憐とわかる美少女だったが、その髪色は―――紺色だった。
一見青色に見えるが、やはりよく観察すれば一瞬で違うと分かる。
そしてその態度から、ノワールと非常にそりが合わないのがうかがえた。
「あー、やめやめ。こんなところでまでやることじゃないわ」
「ふんっ、それもそうね。命拾いしたことを感謝してよね」
「へいへい、あんたはいつかアタシが殺してやるから」
「リンクのセリフなんだけど?」
振出しに戻った。
二人は睨み合い、しかしやはり理性を取り戻して互いにそっぽを向くだけで済んだ。
「で、何の用?ていうかなんでメロッタじゃないわけ?」
「メロッタはもう帝国にいる。お姉様に言われてね」
「なるほどね」
「で、用なんだけど。お姉様から伝言、『プランBの次の段階に入る』ってさ」
「うへえ」
メロッタのいう『主君様』、ノワールのいう『ご主人様』、リンクのいう『お姉様』。
それが彼女たちの主であり、ノワールが真に忠誠を誓う存在。
そしてプランBとは、ノアマリーと彼女たちの、全面対決に発展しかねない計画だった。
「確かに伝えたからね。じゃあリンクもう行くよ、これ以上あんたの顔見たくないしい」
「こっちのセリフだわ、さっさと死ね」
「お前が死ね」
リンクは踝を返して戻ろうとするが、もう一度振り向いた。
「そーいやあんた、なんでフロムとリーフを助けたワケ?」
「そうするしかないでしょ、潜伏している人間として。どっちも助けなけりゃ最悪ノアマリーに二人が取り込まれてたし、フロムだけ助けたらリーフとノアマリーが意気投合したりするかもだし。
かといってリーフだけ助けたら、なんでフロムを助けなかったんだーってアタシが殺されかねないじゃん。これ以外の選択しなかったんだよ」
「いっそ殺されればよかったのに」
「リーフ様ー、この女の首スパっと跳ねちゃってくださーい」
互いに憎まれ口を叩いているものの、二人は割とリラックス状態だ。
それはこの二人が互いを認め合ってはいる証拠。
いや、だからこそ互いが気に食わないというべきなのかもしれない。
「ま、もうすぐお姉様がノアマリーを何とかするんでしょ。あんたもへまするんじゃないわよ。へましてもお姉様の情報は死んでも売るなよ」
「誰に向かって言ってんの、アタシがそんなことすると思う?あんたの情報は高値で売りさばいて道連れにしてやるけど」
「………ふん」
そして二人は同時に背を向け、不機嫌そうにそれぞれの出口へ向かっていった。
ノワール(ホルン)とリンクは、互いを認め合ってはいるけどそれはそれとしてお互いが気に食わない、そういうケンカップルを見るみたいな目線で見てください。