第143話 光vs雷
時は少し遡り、街の遥か上空。
リーフとノアは、地上で戦っていれば天変地異と見紛うほどの高密度の大激戦を繰り広げていた。
「《落雷》」
「《聖光》」
「《突風一斬》」
「《鏡面反射》」
「《降り注ぐ轟雷》!」
「《降りかかる陽光》!」
「《疾風迅雷》!!」
「《光陰流転》!!」
勝負はほぼ互角。
しかし、強いて言えばどちらが劣勢か、と聞かれれば。
「くぅっ………!ふふっ、やるわね!」
僅差だが、ノアだ。
(落雷魔法を発動している間でも、風魔法は今まで通り使えるのね。実質二属性使えるようなもの。これは厄介だわ)
どちらも、戦闘が再開されてからただの一度も攻撃が直撃していない。
時に躱し、時に防ぎ、時に跳ね返し。
だがしかし、ノアは少し状況が違った。
雷による感電。
近くで雷が発生するせいで、周囲に拡散する電気が体を僅かに走る。
それのせいで、光魔法の精度と速さが少しずつ鈍っていく。
許容できなくなれば回復魔法で一瞬で全快するが、その分魔力を消費する。
このまま勝負がつかなければ、ギリギリでノアの魔力がリーフよりも先に底を突くだろう。
何せノアの最大魔力が620であるのに対し、リーフは610。
数字の上ではほぼ互角。
長期戦になれば、魔力を僅かにでも多く使った方が負ける。
とはいえ、リーフも余裕があるわけではない。
徐々に光魔法で捕捉される頻度が高まり始めたことを、リーフは察知していた。
それはつまり、リーフの動きがノアに読まれ始めたことを意味する。
(このまま戦えば、わたしの魔力が先に尽きる―――やることは一つね)
(このまま戦えば、ウチの攻撃より先に光魔法が当たる―――最善策は決まってる)
状況は違えど、二人の思惑は一致した。
((こっちが力尽きる前に、速攻で決着をつける!))
「《勇者の聖剣》」
「《雷鳴の魔剣》」
互いに自らの剣を魔剣に変え、そして打ち合った。
さっきまでの急ごしらえの魔剣と違い、高位魔法を纏った剣のぶつかり合いは、一撃で天に雷鳴を轟かせ、雨雲を消し去った。
この短時間で幾度となく魔法戦を繰り広げてきた二人が最後に選んだのは、単純な剣の戦い。
高密度かつ速すぎて、他の魔法を差し込む暇がないほどの、シンプルなスピード&スキルの対決。
しかしこの短期間で千を超える打ち合いをしてきた二人は、互いの動きを既に見切っている。
つまり、相手の予想を上回った方が勝つ。
「あははは、楽しいわねえ!」
「同意、最高の悦楽………!」
これほどまでに戦い、傷つき、消耗してなお、認識不可能の光速戦闘。
―――ガキィィン!
「あっ」
「もらった!」
そしてついに、リーフの剣がノアの剣を弾いた。
防ごうとするノアだが、一瞬リーフの方が早い。
この二人にとって、『一瞬』は剣を数十回振れる時間だ。
決まった。
リーフは確信した。
「―――なんてね」
「っ!?」
しかし。
ノアは、そのリーフの攻撃を剣で防いだ。
「困惑、どうやって………!?」
「腕の動きを一瞬だけ本当の光速にさせただけよ。基本的に認識できるように速度を絞っているけれど、狙われている箇所さえ把握していればこうやって防げるわ」
ノアはリーフの拳を掴み、自分の腰辺りまで下げた。
リーフは脱出しようとするが、腕に意識を集中させてしまえば別方向から光魔法が飛んでくるとわかっているため、上手く振り払えない。
「ようやくわかったわ、あなたの異常なスピードの正体。いくら風魔法が全魔法第二位の速度とはいえ、光魔法とは絶対的な壁がある。なのになんであんなスピードが出せるのかと気になっていたけれど」
ノアは互いに剣を持っている腕でリーフを確保しながらも顔をグイっとリーフに近づける。
「あなた、私に風を纏わせているのね?」
「っ!?」
「あなた自身も尋常な速度ではないのでしょう。風どころか雷まで操れるあなたなら音速なんて簡単に超えるだろうし、それはオトハとオウランを倒した時の速度を見ても明らか。だけど、さすがに光魔法の速度に付いてくるってのは無理があるわ。だからあなたは、自分と私の周囲に吹く風を連結させた」
「………………!」
「私が移動したときの速度を感知、瞬時に計算して、その速度を瞬間風速として再現したのね。剣の打ち合いくらいがあなたの本当の最大速度かしら?相手の速度に合わせる魔法、ね。しかも自分の体への負荷は風で和らげてガードできる。素晴らしいわ、芸術とすら思える魔法の完成度よ」
「………嘲笑、それが分かったところで何のアドバンテージにもならない」
「まあそうね。けどあなたがもったいぶって隠してたみたいだから、見破ってみたわ」
「絶句。あなた、性格悪いって言われない?」
「言われるし自覚してるわ、治す気もないけれど。でもあなたも私と波長が合う辺り、案外似ているんじゃないの?」
「ふふっ」
リーフは答えず、代わりに抑えられた手に力を込めた。
「ふっ!」
「おっと!」
ノアが腕を離し、そのままリーフは迷わずノアの首を狙う。
しかしノアは間一髪で回避し、少し距離を取る。
「迂闊、話に夢中になって腕を離すとは」
「あらあら、私がそんな迂闊な人間に見えるかしら?」
リーフをようやく捕らえたのに離してしまったノアは、しかし不敵な笑みを崩さず、剣を上に持ち上げた。
「あなたが私と同じ速度なせいで、こういう魔法を放つ余裕がなかったけれど―――」
「っ!!」
ノアの剣に、光の粒子が集まってきている。
少しずつ大きくなっていくそれは、リーフにはもう一つの太陽にすら見えた。
「あなたさっき、『わかったところでどうにもならない』って言ったわね。けどそれは違うわ、その移動法には一つ弱点がある。いたって簡単、私がこうして止まっている以上、あなたはあのスピードが出せないということよ」
「質問、何故そう言い切れる?」
「だって、わざわざ私と貴方の周囲の風を連結させたってことは、あなた自身ではあのスピードを出せないんでしょう?私が使った移動で起こった風を集結させ、それをすべて向かい風に変えることで、あなたはようやくあのスピードが出せていたんだから。なら私が移動しなければ、あなたのスピードは半減するわよね」
「………………」
リーフは動かない。
ノアの推測が、すべて正しかったからだ。
「さて、あなたの種明かしは終わりね。そして、勝負もそろそろ終わりよ」
ノアの剣先に灯る光は、その巨大化を止め、やがてゆっくりと剣先を離れた。
直径はノアと同程度だが、魔力を感知するという概念がないこの世界でも、リーフは本能で『あれはまずい』と悟った。
「うちの子たちとそちらのフロムの戦いも、そろそろ決着がついていることでしょう。名残惜しいけれど、もう決着を付けましょう」
「………面白い!」
リーフはその顔を狂喜に染め、ノア同様剣を上に構えた。
すると一瞬で小さな雷雲が現れ、帯電を始める。
その輝きは、時間をかけるごとに増していった。
「互いにこれで魔力はほとんど底を尽きるでしょう。これで私が勝ったら、私のものになってもらうわよ」
「苦笑、確約はできない。でもフロム様を説得できるなら、考えてもいいかも」
「じゃあ、そうするとしましょうか!」
「失敬、ウチが負ける前提で話を進めるな!」
そして。
二人の最大魔法が、ぶつかり合った。
「《焼き尽くす者の神光》!!」
「《雷司る主神の雷霆》!!」
そして。
空が、光に包まれた。