第142話 美味しいところ
「オトハ、オウラン!?お前らリーフにやられたんじゃなかったのか!?」
「恥ずかしながらな。けど」
「お嬢様があの攻防の際に、遅延型の回復魔法をかけてくださっていたんですわ!」
なるほど、そういうことか。
どうりで体中の傷が消えているはずだ。
「ぬ、ぐぅっ!」
「ふっふっふ、タイプ26は、私の今まで調合した中で致死性のものを除けば最も強力な神経毒ですわ。これを耐えきるなど常人には不可能!もう終わりですわ。さあクロさんこの男を煮るなり焼くなり!そして頑張ったことをお嬢様に褒めていただくんですわ!」
「煮ても焼いてもダメです。あと、なんでいきなりそんな極太のフラグを立てるんですか、これでフロムが立ち上がったりしたらどうするんです」
「そんなこと有り得ませんわ!世界中の毒を観察し、実験したこの私の劇物の性能と調合に間違いなど―――」
「ぬぅぅ、舐める、なああっ!」
「………立ち上がったな」
「だから言ったじゃないですか、オトハのせいですよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ!?これ私のせいですの!?」
なんとなく予感はしていたけど、フロムは何と立ち上がった。
未だ足元はふらつき、顔色は青いけど、それでもわたしたちに向かって構えをとってくる。
「だ、だって!執念とか根性とか、そんなもので軽減できるような毒ではないんですのよ!?本当ですわ!」
「なるほど、人相書きで見たな………君がオトハか………!だがしかし、一か八かの賭けはワシの勝利のようだ」
「賭けってなんの―――オトハ、さっきの毒ってどんなものなのかを具体的に」
「た、大したことはしてませんわよ?食中毒菌をベースに色々と魔改造を施して、それで」
「今、食中毒菌って言いました?」
「言いましたがそれが何か―――あっ」
食中毒菌は、加熱すると死滅する。
この男、魔法で自分の体内を熱で包んで菌を殺したんだ。
それでもまだいくつかの毒物や魔力が込められた毒を完全に中和するには至らなかったみたいだけど。
なるほど、熱することで効果を失う細菌系の毒であることを期待したうえでの「賭け」か。
「オトハ、何か言うことは」
「………迂闊でした、ゴメンナサイ」
「よろしい」
これで完全に中和でもされたら拳骨ものだったけど、ダメージは確かに入っているし良しとしよう。
それに、さっきまでニ対一だった状況が、今は四対一だ。
さらに弱っているフロムなら、十分勝機はある。
「ふむ………ワシとしたことが、油断した。愚かだった。リーフが倒したものだと知っていても、回復魔法というものの存在を、忘れるとは。帝国総大将が、聞いて呆れるな」
「今までイレギュラーも単純な暴力で組み伏せられた、その強さが仇になりましたね。不躾ですが、拘束させていただきますよ」
わたしの魔法《闇拘束》なら、この男の残りの魔力を奪いつつ拘束できる。
「はっはっは………四十年、帝国に尽くしてきた。陛下のご恩に報いるため。ワシの家族を守ってくださった、あの御方を勝利に導くために。しかし、四傑に選ばれてから、負けたのは未だ二度目だ。いや、一度目はワシが勝手に負けたと思っただけか。ならば実質、これが初めての敗北だな」
一度目っていうのは、おそらくリーフのことだろう。
「いえ、まだあなたは負けてないのでは?魔力も残っているでしょうし」
「いいや、負けだ。この状況ではな。君たちがワシの最大魔法を耐えた、ということは、そっちの少年、オウランと言ったか。彼は防御系の魔術師、なのだろう。ならば残りの魔力を費やしても、勝てる可能性は、ほぼない」
まあ、そりゃそうだ。
オウランに《炎耐性》と、煙対策に《毒耐性》を付与させてとにかく攻撃すれば、それだけでフロムは倒せる。
「元々、欲深くも大らかだった陛下が、ここ数年は違った。この王国に攻め込むことに、躍起になっていたようだ。ワシはその姿に思うところはあったのに、従った。あの御方のために。………そのツケが回ってきたのかもなあ」
フロムは独り言を紡ぐように、空を見上げてそう言う。
「話が逸れたな。君たちは、この後ワシを捕らえる気だろう。リーフを手懐ける材料として、また帝国との話を有利に進めるために」
「そうですね。それが我が主人のためですので」
「帝国総大将として―――帝国に不利益を被らせるわけにはいかん」
何を言っているのかと戸惑っていると。
突如、フロムの体から恐ろしいほどの熱が発せられた。
「なにをっ………」
いや、さっき彼はなんて言った。
帝国に不利益を被らせるわけにはいかない?
生け捕りにされると不利益になる。つまりこの場でフロムが取る最悪の行動は―――!
「「「「自爆!?」」」」
全員が同時に同じ結論に達した。
この男が死ねば、おそらく彼を追い詰めたわたしたちは怒り狂ったリーフに瞬殺される。
フロムの顔つきやさっきフロムと話していた状況から、リーフとフロムが互いを信頼し合っているのは分かる。
あの強さで我を忘れて暴れられでもしたら、ノア様でも手が付けられるかどうか。
「ちょっ、おいクロ、あの爆発を消せねえのか!?」
「彼は体内で爆発を起こそうとしています、見えていないものをピンポイントで消すのはさすがに無理がっ………」
「オトハ、毒打ち込め!」
「あの怪物を一瞬で卒倒させるような毒なんてありませんわ!」
「じゃあ沢山打ったらどうだ!」
「そんなことしたら解毒しきれなくなって結局死にますわよ!」
「………貴方の傍で息絶えられないことをお許しください、陛下。そしてリーフ、すまん」
有効策が見つからないまま、フロムの体から発せられる熱は膨れ上がり、ついに―――。
「………なん、だと」
爆発―――しない?
「どうなっている、いきなり魔法が。いや、それ以前に―――ワシは今まで、どうやって魔法を使っていた?」
魔法の使い方を、忘れている?
だから爆発させられなかった?
「普通は、フロムの精神は、強すぎて、干渉が、難しい」
こんな奇跡的な状況を作り出せるのは、一人しかいない。
わたしは声がした方を振り返った。
「けど、オトハの毒で、意識、朦朧としてる今なら、なんとかいける」
水色の髪に、ちょっと個性的すぎる人形。
ノア様の倍以上の最大魔力量を誇る、わたしたちの懐刀。
「ステア!」
「でかしたあああ!!」
「さすがだな!」
「美味しいところかっさらいすぎでは!?」
ノア様の誇る天才少女。
ステアだった。
オトハの言う通り、美味しいところを持っていくなあ。
「何をしたんですかステア?」
「魔法の、使い方を、忘れさせた。剣がなくて、毒で弱ってる今なら、それが一番いいって、思った」
「素晴らしい、さすがです」
常に最善策を導き出すこの手腕、わたしが見習いたいくらいだ。
「ついでに、いろんな、自殺のやり方も、全部、忘れさせた。これで大丈夫」
「いたりつくせりすぎる」
「最後に出て来たのに優秀すぎて怖い」
精神に介入できるようになった瞬間これか。
フロムの指輪の魔法抵抗も、有り余る魔力で無理やり突き破ったんだろう。
「ぬ、ぐ!ここで出てくるか、精神を蝕む魔術師!」
「主役は、遅れて、やってくるもの。ぶい」
「誰に聞いたんですかその言葉を。………あ、わたしか」
何にせよ、ステアのおかげでフロムを止められた。
間違いなく今回のMVPだ。
最後に全部持っていかれた感は否めないけど仕方がない。
あとは拘束して終わりだ。
「《闇拘》―――」
そう、思ったんだけど。
直後、フロムの目の前に、巨大な土の壁がせりあがってきた。
近くの建物よりもはるかに高いこの高度な土魔法。
ただものじゃない。
「まずいっ!?」
「《物質消去》!」
瞬時に魔法で土壁の一部を消し、中に侵入した。
しかし。
既に、フロムの姿はどこにもなかった。




