第141話 焦熱地獄
「おおおおい!?何やってんだクロ!?」
「落ち着いてください、よく見てください」
やれやれ、こっちを責めるのは最後まで見てからにしてほしい。
「!なんだこりゃ、闇が俺の剣に―――」
「《魔王の邪剣》の性質を、劣化から付与に変化させました。あちらが炎の魔法剣なら、こっちは闇の魔法剣です」
「てことは、今のこの剣は―――」
「さっきまでわたしが使っていたあれと同等の効果があります。本来はわたしにしか使えませんが、武器にまとわせれば他人でも使えるんですよ」
「んなことできるなら最初からやってくれよ」
「やりたくなかったんですよ。いくら付与に変化させたと言っても、闇魔法ですから。その本質は変わりません。少しずつですが、剣の寿命を削るんです」
「おいおい!」
「普通の剣ならわたしだってやりません。しかしルシアスの剣は、千年前の希少魔法が込められた遺物です。不壊属性を宿しているため、劣化しても後で治せます」
「おお!」
ルシアスの顔が晴れやかになり、納得してくれたのが見て取れる。
闇魔法で『消した』ものは絶対に元には戻らないけど、時間を消したことによる副産物の『劣化』であれば、やりようによっては元に戻せる。
「ふむ、恐ろしい剣だな。炎で剣を創っても即時消され、鎧で受け止めれれば鎧が脆くなる。なるほど、確かにこれはまずい」
触れればアウト、近接戦特化の人間の天敵のような剣だろう。
「しかしなんつーか、炎の魔剣使いに邪剣使って挑むとか………とてつもなく悪いことをしているような気分だな」
「帝国兵を四桁単位で殺しておいて何をいまさら。戦争中じゃなければわたしたち、前代未聞の大悪党ですよ」
「はっはっは。その理論で言ったら、五桁以上殺してきたワシは空前絶後の極悪党だな」
そう言うとフロムは、何かもぞもぞとやり始めた。
何をしだしたのかと思えば。
あろうことか、彼の鎧がガシャンと音を立てて落ちた。
「は?」
「え、何を?」
「む?いや、どうせあっても一度食らえば使い物にならなくなるからな。それならば身軽になった方がいいだろう」
いや、おかしいおかしい。
いくら一度しか防げないとはいえ、それでも一回は防げるなら、普通はそれを捨てたりしない。
なにせ、あらゆるものを劣化させるわたしの剣が、人体にどんな影響を与えるのかは考えるまでも無いだろう。
いくら彼が『恩寵の指輪』でガードしているとはいえ、継続ダメージ型の《魔王の邪剣》は少しずつでも劣化する。
残りの寿命が二十年もないであろう彼は長く持たないだろうし、劣化させるこの剣は当たるたびにフロムの肉体を蝕む。
それを一回だけとはいえ防御できる術を、重いという理由で捨てるなんて。
「………あなたも結構イカれてますね」
「そうでなければ、侵略国家の総大将など務まらんよ」
フロムは剣と鎧を捨て、身軽さを試すようにジャンプした。
「しかしこの状況では、少々戦法を変えねばならんようだ。こちらは少し不得手なのだがな―――《大爆発》」
「「!?」」
直後、フロムの唱えた魔法が周囲一帯を包み込んだ。
わたしは闇魔法でガードしたけど、ルシアスは分からない。
「ルシアス!無事っ………」
「ふんっ!」
「きゃっ!?」
煙の中を、フロムが突っ込んできた。
炎魔術師の熱耐性があるとはいえ、この男正気か。
まさか、自分ごと爆発に巻き込むとは!
「《炎熱衝》!」
「ダ、《漆黒の大楯》!」
咄嗟に触れたエネルギーを消し去る魔法を展開して直撃は免れた。
けれど側面からの熱で腕に火傷を負う。
生体感知で一瞬早く察知しなければ死んでいた。
「くっ!」
まさか、わたしの間合いに入ってくるなんて。
いくら指輪があるとはいえ、死を操るわたしに正面から近づいてくるなんて正気じゃない。
この男、やっぱり頭おかしい!
「ルシアスーーー!」
「どらあああっ!」
「むっ」
一か八か、大声で仲間の名前を呼んだ。
案の定、空間魔法で爆発は防いでいたようで、無傷のルシアスが転移と同時に剣を振った。
フロムはギリギリで回避し、再び煙に紛れた。
「大丈夫かクロ」
「なんとか。しかしわたしを狙ってくるとは思いましたが、まさかあの状況でなお近づいてくるとは」
「しっかり頭おかしいなあの爺さん」
フロムがわたしを狙ってくるのは当然だ。
わたしさえ殺せば、《魔王の邪剣》は解除される。
策としては理にかなっているんだから。
しかし、闇魔術師に剣も無しに飛び込んでくるとか、何の冗談だ。
予測できるかそんなもの。
「とりあえず、この煙を消しましょう」
闇魔法で煙を消していき、徐々に視界が晴れていく。
フロムの居場所は、ルシアスもわたしも空間把握と生体感知で分かっている。
「上だ!」
「分かってます、《連射される暗黒》」
「むっ!」
広範囲に闇魔法をばらまく。
この魔法の属性は《死》と同じなので、今のフロムには通らない。
けど、攻撃を中止させる効果は十分にあった。
あと一秒攻撃が遅れていたら、再び爆発が起こっていただろう。
「面白い。気配は消していた筈なのだが、どちらもワシの居場所をずっと把握していたようだ。それも君たちの魔法なのか?」
「答える義理はありませんね」
「それはそうだな」
フロムは苦笑いし、手に炎を纏わせた。
「やはり君たちの力は凄まじい。帝国に欲しいくらいだが、このわずかな攻防でも君たちが今の主人に変わらぬ忠誠を誓っているのは分かる。名残惜しいが、そろそろ終わりにしよう」
「………?」
「ここまで戦った君たちに敬意を表し、ワシの最大魔法で葬るとする」
フロムが纏った炎は徐々に彼の掌に集中し、やがて一つの丸い球体となって浮かび始めた。
悪い予感がする。
「ルシアス!」
「ああ!」
ルシアスが即座にフロムの後方に転移し、斬りかかる。
しかしフロムはそれを予期していたようで、後ろも見ずに躱した。
やがて小さな火の玉はフロムの手を離れ、地面に落ちた。
「不発か?」
「いえ、そんなはずは」
「―――《焦熱地獄》」
直後。
わたしの足元が熱くなり、気づいた時には全身が炎に包まれていた。
***
「ワシの最大魔法、《焦熱地獄》。ワシの魔力を集約した炎の球体が落下した場所を中心とし、半径百メートル以内のすべてを焼き焦がす地獄の業火だ。さらに高密度の魔力によって、内部ではあらゆる魔法の発動が著しく乱される。防御も回避も不可能」
なるほど、反則だ。
防御不能回避不能、唯一受けない方法は発動前に百メートル以上離れることか。
「良き戦いだった。………さて、他の側近たちを片づけに行くとするか。ルクシア・バレンタインもフェリが仕留めそこなったようだし、この際―――」
だけど、それなら。
(………なんでわたしたち、生きているんでしょうか)
(わからん。絶対死んだと思ったんだけどな)
まだフロムの魔法は発動している。
いや、超熱いし、現在進行形で体中火傷だらけだ。
でも、それで済んでいる。
致命傷には程遠い。
(なんとなく察しはつきますが)
(ああ、こんなことできんのは一人しかいねえ)
わたしたちが頷き合うと、それに合わせたように炎が消えた。
周囲は完全に黒く染まり、焼けた街と汚れた空気、それに唯一無事なわたしたちが後に残った。
大分一酸化炭素やその他諸々のダメな奴も吸ったと思うんだけど、それもあまり効いていない。
これはつまり。
「………ルシアス」
「ああ」
ルシアスが自分の剣をわたしに差し出した。
わたしはそこから闇魔法の魔力を再度離して、それを思いっきりフロム向かって投げた。
「!?」
フロムはなんとそれを気配で察知して回避したけど、その顔は驚愕と焦燥に包まれている。
「何故………!?」
これでいい。
回避させることと、動揺させることが目的だ。
「タイプ26―――《劇毒針》」
「《耐性弱化・毒》」
「ぬっ!?」
わたしたちが生きているという混乱で、背後への反応が遅れた。
咄嗟にフロムは腕で防いだが、鎧を脱いだことがここで仇となった。
針はフロムに深々と突き刺さり、その体に毒が侵入する。
「あっ、殺してはダメですよ!」
「分かってる。ステアが読んでたよ、『お嬢は多分、リーフを自分のものにしようとする。だからフロムを生け捕りにしたいはず』ってさ」
「ただの麻痺毒ですわ。この世界ではまだ存在していない未知の調合なので、解毒も耐毒も不可能ですが!」
ここで初めて、フロムが膝をついた。
「勝利を確信した瞬間が人間一番油断するってクロさんが言ってたけど、本当だな。そっちに耐性魔法が間に合ってよかったよ」
わたしたちを守ったのは、彼の耐性魔法のおかげだ。
魔法が乱される前に、咄嗟にわたしたちにかけたんだろう。
それがなければ間違いなく、わたしたちは黒焦げになって転がっていた。
「助かりました、ありがとうございます。オトハ、オウラン」