第140話 邪剣
「ってわけよ」
「どういうわけですか」
かいつまんだ話は聞いたけど、本当にどういうわけだろう。
この人の自分勝手と気まぐれと強欲は、一体いつになったら治るんだろうか。
一生無理かな。
「あら、嫌なの?」
「どの道嫌と言ってもあなたは聞かないでしょうに」
「よく分かってるじゃない」
「はぁ………。まあ、リーフをこちらに引き入れるために、フロムを生け捕りにする必要があるのは分かりました。ですがその後どうするんです?ステアに操らせるんですか?」
「まさか。知っているでしょう、私は気に入った子には真摯に向き合う主義なの。そんな物騒なことしないわ」
「たった今、俺らのど真ん中にお気にの娘を吹っ飛ばした物騒の化身が何を言ってやがんだ」
「まあ、捕まえればいくらでも方法はあるわ」
ルシアスの言及を華麗にシカトしたノア様は、手に持つ光の剣を再び構える。
直後、雷を纏ったリーフが、土煙を破って飛び込んできた。
一瞬姿を見せたかと思ったら、次の瞬間にはわたしの横を通り過ぎ、ノア様と剣を打ち合っていた。
それを見た瞬間に、鈍い不快な音が耳をつんざく。
「さて、どうやって私のものにしようかしらね?時間はあるしゆっくり考えましょうか」
「呆然、普通はウチを味方にしようなんて考えない」
「普通なんて知ったことではないわ、私が気に入ったんだから私のものにする。自然の摂理よりも単純な流れよ」
「………苦笑。聞きしに勝る強欲っぷり」
「ええ。一度ほしいと思ったら、地獄の果てまで追いかけるわよ」
ノア様とリーフは再び飛翔し、どこかへ飛び去って行った。
本気で戦うために空中に戦場を移したんだろう。
「分かっちゃいたが、姫さんの身勝手はとどまることを知らねえな」
「この程度で呆れているようでは、あの御方の従者としてこの先やっていけませんよルシアス」
「いや、むしろあれくらいじゃねえと、俺の目標としちゃ不足だ」
「あなたも大概ですね」
わたしがいろいろと込めてため息をつくと、リーフの激突で起こった土煙が一気に晴れた。
一瞬、とうとう十年でつきすぎたわたしのため息が覚醒したのかと思ったけど、残念なことに違った。
「まったく、互いに問題児を抱えると苦労するな。どちらもすっかり目的を忘れている」
「同感です。なんというかすみません、うちの主が」
「姫さんもそっちのリーフも、メチャクチャ生き生きした顔をしてやがったな」
「リーフめ、『懇願、フロム様、邪魔はしないで。これからもっと楽しくなるところだから』だと?心配せんでも、ワシではあいつらの戦いについて行くことなどできんわ」
「ノア様はリーフをいたく気に入ったようですね。ああなると意地でも自分のものにするまで止まりませんよ」
土煙を払って現れたのはフロムだった。
しかしさっきまでの勇ましい顔は少し崩れ、なんというか―――孫のいたずらにやきもきする祖父のような顔をしていた。
なんだろう、このどことなく感じるシンパシーは。
「まあですが、あの御方の命令を聞くことが我々の仕事なもので。不躾とは存じますが、あなたを拘束させていただきます」
「ふむ、ワシを拘束………か」
フロムは生やした白い髭を困ったように撫で。
直後、手に持つ大剣に炎を纏わせた。
「出来るかね?君たちに」
「難しいですが、ノア様の期待を裏切るような真似だけはできません」
「ま、やるだけやるしかないわなあ」
炎のフィールドこそ再び張る気はないみたいだけど、あの炎の剣も相当厄介だ。
フロムを最強たらしめる超火力と、その剣技の合わせ技。
近づいただけで火傷しそうな熱気がここまでくる。
「リーフは規格外としても、ワシもまたあの娘が現れるまでは帝国最強と自負していた男だ。それなりのプライドはある。若い衆にそうやすやすと捕らえられるほど、このフロムの首は軽くないぞ」
「おーこわ。どうするよクロ、ただでさえ馬鹿みてえに高かった難易度が一気に跳ね上がったぜ?」
「殺していいならまだやりようはあったのですが、まさか捕まえろとは。我が主ながら無茶を言う」
でも、よかった。
自分と同格のリーフと出会ってしまったことで、何かが変わってしまうんじゃないかと思ってしまったけど。
あの様子、完全にいつものノア様だった。
あの御方は、これくらい無茶ぶりしてくるのが丁度いい。
「《魔王の邪剣》」
「ほう。クロと言ったか、君も剣を使うのかね」
「ええまあ、ルシアスやあなたほどではありませんが」
「なんだ、お前剣士だったのか?」
「まさか。剣士ではありませんよ」
むしろ、剣士からはもっとも離れた存在だ。
「じゃあ始めます、か!」
「むっ?」
わたしは一気に踏み込み、フロムの間合いに入る。
当然フロムは、剣を振るってわたしの剣を受け止めた。
それでいい。それが狙いなんだから。
「何を不用意な、そんな無策では………!?」
「無策な特攻をするほど、命を粗末にはしませんよ」
わたしの剣を弾き、簡単にわたしの首を狙ってきたフロムは、突如攻撃を中止して飛びのいた。
「炎が消えて、しかもなんだこれは、剣に錆が………!?」
「あなた自身に闇魔法が通じないのであれば、少しずつ外側から削っていきます」
《魔王の邪剣》は、対個人用の高位魔法。
この魔法の性質は、時間を奪う力。
物質・生物に関わらず、物理的に干渉したものを、強制的に急速に劣化させる。
大抵のものは腐り、炎は消え、そして剣は錆びる。
剣士の正々堂々の剣術を全否定する、当てれば終わりの卑怯な魔法だ。
「それじゃあ、もう使い物にならなそうですね」
「ぬぅっ、こんなことまで出来るとは………!」
フロムはさっきまでの攻防から、闇魔法を『殺す』ことと『消す』ことに特化した魔法と思ったはず。
だからこそ、自分への被害を避けるために、わたしの魔法を剣で防いでしまった。
しかし残念、わたしの魔法はどんなものにでも、触れた瞬間に何らかの被害があると言っても過言ではない、悪意の塊のような魔法なのだ。
フロムの危険そうなものは全力で防ぐという意思と、あえて隙をさらすことで次の攻撃で殺せるという意識がせめぎ合い、結果として受けるという選択をフロムにさせた。
長年の勘を逆手に取ったわけだ。
「はっはっは………ワシの心理を読んで騙くらかしてくるとは。ノアマリー・ティアライトの右腕、少し見くびっていたかもしれぬ」
「正面から相手を打ち負かすなんて、一部の天才に任せますよ。わたしみたいなのは、上手く欺いて天才を殺してこそなんです」
「よく言う。君だって十二分に天才の部類だろう」
だけど、ぶっちゃけここまでだ。
特殊系の魔法に強耐性を持つ指輪をしているフロムはわたしと相性が悪すぎるし、あとは影とかを操ってルシアスのサポートに回るしかない。
最後のあがきとして、出来ることはこれくらいか。
「ふっ!」
「!?」
手に持った邪剣を、勢いよく振りかぶってフロムに投げつけた。
その力を身をもって知ったフロムは、全力でそれを回避した、が。
「《歪む空間》」
「!?」
闇魔法のもう一つの特性によって、空間を捻じ曲げた。
空間魔法のようにうまく操作はできないけど、剣のベクトルを反転させるくらいはできる。
フロムは全力でそれを回避したけど、そこにすかさずルシアスが飛び込んだ。
「おらああっ!」
「ぬぐうぅっ!」
ルシアスの剣を、唯一錆びがない剣の根元で受ける。
しかし、後ろにはすでに再び向きを変えたわたしの邪剣が迫っている。
「舐めるなああっ!」
「んなっ………」
しかし、フロムはなんと、それすらも回避した。
わたしの剣の速度を見切り、ギリギリで首を曲げて躱したのだ。
そしてその剣はその勢いのまま。
「おいおいおい!?」
ルシアスの持つ剣に当たった。