第139話 覚醒
ノアの放った光線が、リーフの頬を掠める。
リーフが周囲一帯に吹かせた豪風が、ノアを下がらせる。
ノアが光の刃をいくつも投擲する。
リーフは全て躱し、ノアを風で包み込んで攻撃する。
ノアの体が切り刻まれるが、瞬時に回復する。
リーフが再び風の弾丸を乱射する。
ノアが回避しつつもリーフに近づき、腕を狙って剣を振る。
リーフが寸前で気づいてガードする。
ノアが追加で何度も剣を振り下ろす。
リーフがそれを受けるが、一発だけ肩を浅く斬られる。
ノアが距離を取って再び光線。
リーフはギリギリで躱して近づき、風で射程を広げた刃がノアの胴体を少し斬る。
ノアは慌てずに回復しようとするが、リーフの猛攻で回復に魔力を回す余裕がない。
―――この攻防、僅か三秒。
空中でなければ既に高速移動による衝撃波で周囲が吹っ飛んでいるほどの神速の戦いが、クロたちの頭上で繰り広げられていた。
「あははははは!!」
「ふふふっ………!」
かつてない強敵に二人は狂喜し、互いの本気をぶつけ合っていた。
いつの間にか舞台の空中は街から遥か遠くまで離れ、下を見ると山々が見えている。
「《光の輝弓》!」
「《風精霊の吐息》!」
二人の攻撃が、いよいよ地上にまで影響を及ぼし始めた。
二人の攻防の下で、流れ弾を食らった盗賊団が一つ壊滅したのはご愛嬌である。
「はあああっ!」
「くうううっ!」
ノアの剣が、遥か上空からリーフを叩き落とす。
三百メートルほど落下したところでリーフは止まる。
しかし、止まってしまったのがまずかった。
「しまっ………」
「《収束乱反射》」
「くっ!」
音すら置き去りにする超高速での戦いで、停止は攻撃してくださいと言っているようなもの。
ノアの容赦のないレーザーが、リーフを貫いた。
急所は意地で回避したが、数ヵ所に風穴が空く。
「………文句。あなただけ回復できるというのは、少し面白くない」
「あら、卑怯なんて言わないわよね?光魔法にのみ許された治癒能力を、正々堂々ではないなんて理由で使わないのは愚か者のすることだと思うけれど」
「無論。卑怯だなんだと言うつもりはない。だけどそちらだけがアドバンテージを持っているという状況は少し不満」
リーフは血を流しながらも、笑みを一層濃くした。
「だから―――ここからは、本気の本気を出す」
「………?」
ノアは訝し気な顔をしながらも、回復魔法で傷をすべて癒す。
その間も、リーフは攻撃してこなかった。
(何を………)
―――バチッ。
「―――っ!?」
「誇示。そっちがあらゆる傷を回復するアドバンテージなら。ウチは防御不可の最強の攻撃力を用いる」
ノアの目が見開かれた。
それは、ステアの膨大すぎる最大魔力量を見た時に匹敵するほどの驚愕。
それほどまでに、彼女にとっては衝撃的な光景だった。
「あなた………いえ、そんな、嘘でしょう―――!?」
「―――《雷光一閃》」
リーフの手から、風魔法すら比較にならない速度の―――雷が放たれた。
ノアは驚愕で反応が遅れ、咄嗟に防御魔法を展開したが、付け焼刃の結界で完全に防げるような代物ではなかった。
放電でノアの体はところどころ焼け焦げ、体も麻痺する。
「《超回復の光》………!」
体は治癒するが、ノアは俯いたままだった。
「自慢、これがウチの奥の手。使うほどに追い込まれたのは、あなたが初めてだったけれど」
「………………」
「?」
「………ふふっ」
「何を笑って―――」
「ふふっ、あはははっ、あはははははあああっははは!!」
「!?」
ずっと俯き、そのあまりの威力と痛みに戦意を削がれたのかと思ったリーフだったが、その心配は不要だった。
ノアはいきなり笑い出し、その顔はまるで探し求めていたものを見つけだした悪の帝王のような、無邪気と邪悪が入り混じったようになっていた。
「素晴らしいわリーフ!普通に超強いとは思っていたけれど、まさかよ!?あなたが『覚醒』してるなんて思わないじゃない!」
「覚醒?疑問、あなたはこのウチの力が何かを知っている?」
「知っているわ、直接見たことは無かったけれどね。これは思わぬ収穫だわ、まさかここまで期待以上とは考えもしなかったわよ!」
受けた傷を完全に消したノアは、リーフを今までの数倍、面白いものを見るような目で見つめた。
「《落雷魔法》―――覚醒した風魔法。その領域に至った人間は、私すら初めて見たわ」
しかし、ノアが喜ぶのも無理はない。
世界の人口の九割九分九厘以上を占める四大魔術師。
千年前は希少魔術師たちが幅を利かせていた中、それに匹敵する力を持つ四大魔術師というのは当然少なかった。
格上殺しの術を編み出した四大魔術師もいるにはいたが、圧倒的格上だった当時のノア―――つまりハルや、その天敵ルーチェによって成すすべなく殺されるのが常だった。
無理もない、サンプルが多すぎて研究されつくした四大魔法は、いくらでも対策が出来たのだから。
生まれ持った才能、希少魔術師に産まれてこなかった負け組だと、当時の四大魔術師は嘆いていた者も少なくなかった。
しかし、四大魔術師が希少魔術師になる方法は存在する。
それこそが、リーフが到達した『覚醒』の領域。
四大魔法を本当の意味で完全に極めた者のみに起こる、魔法のネクストステージと言えばわかりやすいか。
最高位魔法を含めるすべての魔法を修め、宿した魔法の範疇では不可能が消えた四大魔術師だけが見ることのできる、四大魔法を超えた先の力。
四大属性の延長線上にある、上位の現象を引き起こすことが可能になる。
炎魔法は《太陽魔法》に。
水魔法は《氷雪魔法》に。
土魔法は《重力魔法》に。
そして。
風魔法は《落雷魔法》に。
しかし。
これらの魔法はあまりにもその領域に辿り着いた者が少ないために、『理論上は存在するが至るのはほぼ不可能』と結論付けられた、あまりにも高度な御業だった。
最高位魔法を使いこなす必要があるため、まず魔力量が400を超えていることが最低条件。
さらにそこから、複雑な数々の魔法を追求し、そのすべてを知り、習得し、真髄に至らなければならない。
そのあまりの難易度から、光魔法や闇魔法すら優に超える希少価値を持つ希少魔法とされ、魔法全盛期だったハルの時代ですら、そこに辿り着いた者はいなかった。
《時間魔法》に次ぐ珍しさの希少魔法と言われた、習得難易度MAXの魔法。
しかし習得に至った者は、例外なく並の希少魔術師を遥かに超える強さを手にしていた、最強クラスの魔法。
それこそが、リーフの使った《落雷魔法》なのだ。
「その力を手にするまで、あなたがどれほどの苦難と努力を乗り越えてきたのかは想像に難くないわね。この時代では落雷魔法のことは知られていないはずだから、風魔法を完全に極めた時に発現したんでしょう。まさか無意識で落雷魔法を習得できる人間が現れるなんて、思ってもみなかったわ」
「疑惑、なぜあなたはこの力についてそんなに詳しい?」
ノアはその質問には答えず、代わりに光の剣をもう一本作りだした。
二刀を構え、ノアはゾッとするほどの―――クロやステアが見れば「あ、欲しがりの時の顔だ」と察する―――笑みを浮かべた。
「決めた、もう決めたわ。あなた本気で気に入った」
「………?」
「絶対に、私のものにする」