第138話 最強vs最強
ルシアスとクロがフロムの元に向かった直後、ノアは一瞬たりともリーフから目を逸らさずに光魔法の剣を構えていた。
リーフもノアも、もう言葉を発しない。
しばらくの沈黙と、静止。
嵐の前の静けさという言葉がまさに似合う状況だった。
そして。
二人は、同時に動いた。
―――ギャイイイン!!
鼓膜が破けそうな二つの音。
ノアの武器は光魔法で生み出したものだが、実体がある上に常時光が高速で動いているため、その振動によって見た目以上の切れ味を誇る。
一方リーフのレイピアは、見た目こそ細いが超高密度の風魔法を纏っているため、並みの剣なら近づけた瞬間に風化する。
原理は違えど、高速で動く剣同士の衝突によって、周囲には鼓膜が破れそうな奇音が鳴り響いた。
しかし二人はそれをものともせず、傍から見ればまったく目で追えない速度で剣を打ち合う。
「………脅威。ウチの速度についてきたのは、人生であなたが初めて」
「そっくりそのまま返すわ。全魔法ダントツ最速であるはずの光魔法とここまで打ち合うなんて、どんなからくりなのかしらね」
「黙秘、それを言ったら面白くない」
「それもそうね。じゃあ、頑張って暴くとするわ」
一秒につき二十回以上の速度で打ち合い、もはや速すぎて周囲に衝撃波まで生んでいる二人の攻防。
しかし、いくらリーフの速度が異様と言っても、さすがに光の速度にいつまでもついて行くことは出来なかった。
数秒打ち合ったところで、徐々にノアの攻撃が増え、リーフが攻撃できる頻度が少なっていく。
「くっ………」
「ほら、そんなものかしら!」
「《風精霊の舞》」
「っ!」
しかしリーフは、なんとノアの超スピードに『回避』を取り入れ始めた。
切り返しによるカウンターで再びノアが防御をせざるを得なくなった。
(この子、気づいてるわね。光魔法の弱点に)
ノアは少し歯噛みした。
光魔法の弱点、それは速すぎることだ。
秒速三十万キロメートル、三秒かからずに星と月を往復するという絶対認識不可の速度を誇る光魔法は、しかしその速度がゆえに術者にすら認識しきれない。
だから誘導性能も無く、魔法を放てばそれで終わり。
『いつ、どこに、この角度で、ここから放つ』ということを事前に決めてから発動しなければならない。
逆に言えば、どこに撃つかが予測できれば、その場所にいなければ絶対に当たらないのだ。
さらに光魔術師は、その特性として常人の百倍近い動体視力を持つが、それでも光は追いきれない。
だからこそ、剣などで戦う時は自分が目で追えるギリギリまで速度を落とさねばならない。
それでも世界で知覚出来る人間は片手で数え切れるほどの速度だが、残念なことにリーフはその数少ないうちの一人だった。
「《光の収束》」
「《破壊の竜巻》」
「《星々の輝き・斬》」
「《風切弾》」
「《英雄の聖剣》!」
「《風神の猛り》!」
ここに至るまで、僅か十秒。
互いに剣では勝負がつかないと判断し、魔法勝負に出た。
普通は一生到達できないはずの高位魔法のオンパレード、さらに最後に至っては、互いに滅多に使わない、対個人用の最高位魔法まで披露した。
衝撃でティアライト邸は完全に吹き飛び、周囲にも被害が及ぶ。
しかしそこまでやっても、二人に届いた攻撃は互いに僅かだった。
「感服。ここまで強いとは思わなかった」
「もう一度言葉をそっくり返すわ。最高位魔法まで平然と使えるとはね」
二人とも最高位魔法によって、魔力は半分近く消耗した。
しかしこうして会話している間にも、二人の膨大な魔力はどんどん回復していっている。
「提案、地上で戦っていては互いに本気が出せない。場所を変えるべき」
「同感ね。さっきの最高位魔法、威力を絞らなければもう少しあなたにダメージを与えられていたもの」
互いにこの街に仲間がいるために、本気の本気で攻撃が出来ない。
その思惑が、二人の中で一致した。
「《上昇気流》」
「《光の上昇》」
互いに魔法で上空に向かい、ドンドン上がっていく。
高度二千メートル程度の場所で二人は停止した。
普通ならば高山病になるところだが、リーフは風魔法で気圧と空気を操れるし、ノアは事前にオウランに付けさせた状態異常耐性が未だ機能している。
互いにハンデはない。
「これで互いに本気で戦えるわね。もう少し高度があってもいいけれど、これ以上はお互いにデメリットがあるし、この辺りが限度かしら」
「同意。これで思う存分力を振るえる」
二人の顔は、いつの間にか笑っていた。
というか、元々は互いに互いを殺す気だったはずの二人は、いつの間にか「戦う」ことそれ自体が目的になっていた。
無理もない。この二人は、本当に最強だった。
ノアは面倒くさがりだが、戦いは嫌いじゃないし、むしろ負けず嫌い。
そしてリーフも、自分の魔法と自分の強さを確かめるための相手を、心のどこかで探していた。
だが二人ともなまじ最強だったために、本気で戦える人間に今までであって来なかった。
ノアは前世では幾度となく強敵とぶつかったが、光魔法で戦うのは新鮮な気持ちでいる。
速い話、二人とも今この戦いを楽しんでいたのだ。
頭が良いはずの二人が、目的を忘れてしまうほどに。
「懐古。昔フロム様から聞いた話がある。『長らく戦った互いを認め合った人間とは、初めて剣を交えたはずなのに、心置きない親友のように感じる時があった』と」
「さすがは英雄、面白いことを言うわね」
「追言、特段親友とは感じないどころか、仲良くなった気もしない」
「そうね」
台無しである。
しかし確かに、フロムのような生粋の戦士であればともかく、ノアやリーフのような目的のためには手段を選ばないタイプの人間なら、感じないのも当然か。
「でも、面白い子だとは思うわよ。出来ればこれからは味方としてお付き合いしていきたいとすら感じるわ」
「拒否、それはできない」
「あなた、そんなに帝国に忠誠を誓っているの?そんな風には見えないけれど」
「否定、ウチは別に帝国云々はどうでもいい。ウチの上司はフロム様だけ。あの人が皇帝に忠を尽くしているから、ウチも付き合っている」
「なるほどね、そういうこと」
ノアの頭には、かつてクロに教えてもらった異世界の言葉、『将を射んとする者はまず馬を射よ』という言葉が浮かんでいた。
(フロムを寝返らせられれば、この子が付いてくるのね。だけどフロムは帝国を裏切ったりしないだろうし。いっそ人質にでも取ろうかしら?あら、我ながらいい案ね。これなら労せずして中から帝国を潰せるわ)
例によって、ノアは下衆な作戦を思いつく。
つまりこういうことだ。
ノアはリーフの戦力が欲しい。しかしリーフはフロムに忠誠を誓っていて、フロムは帝国に忠誠を誓っている。
つまりフロムをこちらで確保して人質にしてしまえば、リーフはフロムと帝国を天秤にかけることになる。
そうなれば、帝国に特に思い入れがないらしいリーフは、迷わず皇帝の首を斬り落としてノアに差し出してくるだろう。
帝国さえ滅ぼしてしまえば、あとはどうとでもなる。
(いっそフロムをステアに洗脳させるのもアリね、いくら精神力が強くても、あの子の常軌を逸した魔力なら時間をかければ操れるわ。フロムを操れればリーフを手に入れるのと同義。ただ問題は、リーフほどじゃないにしろフロムもあの子たちを超える強者ということかしら。操ったりするのが勿体ない気はするわね、どうにかして私に忠誠誓ってくれるように仕向けられないかしら―――)
「忠告、よそ見厳禁」
「おっと!」
リーフの不意打ちの魔法をノアはすんでのところで躱す。
「失礼。続けましょうか」
「………面白い」
そして再び、二人は剣をぶつけ合った。