第137話 フロムvsクロ&ルシアス
「おらああっ!」
「ふんっ!」
ルシアスの一撃。
フロムは余裕で防いで鍔競り合いになる。
「ぐ、む………!」
流石に純粋なパワー勝負では、ルシアスに軍配が上がるらしい。
「ほう、これほどとは!」
「はぁっ!」
フロムがルシアスの剣に吹っ飛ばされ、噴水に体がたたきつけられる。
鎧のせいでノーダメージだけど、一瞬の隙が出来た。
「《影落とし》」
「ぬぅっ!?」
影の世界に相手を引きずり込む闇魔法。
特殊系というわけではないから、抵抗はできない。
しかし流石というべきか、フロムは飛びのいて回避し、ルシアスの次の攻撃も弾いた。
「ならこれはどうだっ!」
ルシアスは飛びのき、一気に剣を空振らせた。
しかしその瞬間、ルシアスの腕が消え、フロムの背後に現れた。
ルシアスのお気に入り魔法《部位転移》だ。
「はあっ!」
「んなっ………」
完全な初見殺しのはずである、ルシアスの部位転移。
しかしフロムはなんとそれを躱し、あまつさえ返し刃でルシアスの腕を斬ろうとまでしてみせた。
ギリギリ引っ込めるのが間に合ったけど、わけがわからない。
なんで完全な死角から放たれたはずの攻撃を躱せるんだ。
「バケモンか、あんた………」
「よく言われるな。しかし一つ言わせてもらうならば、そのような殺気を纏わせている攻撃は、ワシには丸わかりだと言っておこう」
フロムは、長年の経験による殺気や気配の感知に加えて、反射神経が頭おかしいんじゃないかと疑いたくなるほどに高い。
だからこそ、ルシアスのほぼ回避不可能なはずの空間魔法すら躱してしまえる挙句、そのまま攻撃に転じてしまえる。
何が帝国最強と名乗っていたことが恥ずかしいだ。どう低く見積もったって、ランドの五倍は強い。
むしろ彼ほどの男が『規格外』と断じたリーフが一体どれほどのも恐ろしい存在なのか。
加えてもう一つ、厄介すぎるものがある。
「………暑っちい」
「今、何度くらいなんでしょうね」
「ざっと六十度といったところか。まだ上がるぞ」
この、わたしたちを囲っている炎。
直接的な攻撃力はないものの、内部の気温を著しく上昇させる効果があるらしい。
「クロ、このままだと脱水症状か、最悪丸焦げにされんぞ。お前の闇魔法でどうにかならねえのか?」
「そうしたいのはやまやまですが、こう言う継続ダメージ系の魔法は術者と魔法の繋がりを断たないと阻害できません。しかし、フロムは七倍の魔法抵抗力を持っているので―――」
「断ち切れないってか。なんて厄介な爺さんだ」
「余所見をしている場合ではないぞっ!」
「うおおお!」
「くっ!」
フロムの容赦のない剣が、わたしたちを猛追してくる。
ルシアスが受ける。
しかし、体術で剣を捌かれ、その剣がルシアスに迫った。
間一髪で横にずれて回避したものの、若干首を掠って血が噴き出た。
「うぐおっ!?」
「パワーは凄まじいが、技術はまだまだだな若造」
「くっ、《次元移動》!」
「甘いわ!」
フロムの背後に転移したルシアスだけど、簡単に見破られて対応される。
「おらああっ!」
「むっ………」
ルシアスの猛攻。
ルクシアさんとの戦いで掴んだ空間魔法のコツを取り入れた無間攻撃。
流石のフロムも防戦に回る。
「《消える存在》」
その隙にわたしは気配を遮断し、こっそりとフロムの後ろに迫る。
首を掻っ切れれば御の字。無理でもせめて、腕にハンデくらいは負わせる。
懐の短剣を取り出し、フロムに近づいていく。
「むっ………あの少女はどこだ?」
「さてね!頼れる俺らのリーダー様のことだ、あんたを殺す算段をこうしている間にも付けてくれてるんだろうぜ」
「ふむ、『死神』の異名は伊達ではないということか」
その呼び方はマジでやめて。
「消す魔法………まさか、自分の気配を消したのか?そんなことまでできるとは。しかし、さすがに実体がないわけではないだろう。ということは―――」
「はあっ!」
ルシアスが鍔競り合いに移った。
チャンス―――!
「《火炎爆撃》」
「「!?」」
わたしとルシアスが一気に近づいた瞬間、フロムを中心として大爆発が起こった。
瞬時に闇魔法を前方に展開して防御したけど、さすがに周囲の熱までは防ぎきれずに多少の火傷を負う。
「いっつ………!」
「見えないのであれば周辺に対して全方位攻撃をすればいい。単純だが、それ故に効果的だ」
しくじった。
あまりに正統派のように剣術のみで攻撃を仕掛けてくるから、彼が炎魔術師として最上の領域にいる存在でもあるということを失念してしまっていた。
「ルシアス、無事ですか!」
「ああ、なんとかな」
「これは驚いた、炎の高位魔法を受けてその程度のダメージとは。君たちの魔法、やはり侮れん」
よくいう。
こっちはどちらも浅いとは言えないダメージを負ったのに対し、フロムは未だ無傷だ。
さすがは帝国準最強、思わず笑ってしまうほどに強い。
「しかしそれ故に惜しい、君たちが味方であったならば、どれほど心強かっただろうか」
「その言葉、そっくり返すぜ」
「同感です」
間違いなく、今のわたしたちよりも強い。
いや、待て。
『恩寵の指輪』とやらがなければわたしの闇魔法で一撃のはず。
だからこそ、あの指輪を奪う―――つまり彼の指を斬り落としてしまえば、闇魔法でいくらでも対処可能だ。
単純に魔力が高すぎて効かないリーフとはそこが違う。
しかし、フロムもそれを分かっているからこそ、一貫してルシアスの攻撃を完璧に受け続けている。
「おいクロ、あの爺さんから指輪をかっぱらうのは無理そうだぜ」
「二人では無理そうですね。あれさえなければ、《死》で一撃なのですが」
「そうであろうな。しかしこれをくれてやるわけには―――」
フロムはそこまで言って上空に目を向け、慌てたように全速力で後方に飛びのいた。
わたしたちは何事かと思い上を向いて、直後に意図を理解した。
「ルシアス、空間魔法で防御を!早く!」
「《断裂空間》!」
ルシアスがわたしと自身に防御を展開したのとほぼ同時に、有り得ないほどの速度で上から何かが降ってきた。
着弾と音が一致しない。つまり、音速以上の速度で上からたたきつけられたことを意味する。
衝撃で周辺の建物は吹き飛び、フロムの高温フィールドも一緒に吹き消えた。
降ってきたのは人間だった。
普通なら即死。原型すら残らない。
なのに土煙が晴れ、落ちてきた中心部には、平然と起き上がる人影があった。
「………愕然。ウチがここまで戦って仕留められないなんて初めて」
「リーフ!?おい、無事か!」
「当然。フロム様こそ大事なさそうで何より」
「ああ、お前が降ってこなければもっと大事なかったがな」
「謝罪。しかし文句ならば彼女に言ってほしい」
降ってきたのはリーフだった。
超音速で地面にたたきつけられて尚、五体満足で生き延びている。
地面との衝突の瞬間に風魔法をクッションにしたんだろうけど、それにしたってありえないほど精密な魔法編纂だ。
そして上空から一瞬で地面に降り立つ、もう一つの影。
「ちょっと嘘でしょう?あの速度で吹き飛ばしてノーダメージなんて」
「挑発、あの程度の速さでウチを仕留められると思っているなんて、光魔法も大したことない」
「ふふっ、言うじゃない」
「………あの、ノア様」
「あら、クロとルシアスじゃない。フロムはまだ仕留め切れてないようね」
「あんたがリーフを吹っ飛ばさなけりゃ、もうちょい時間短縮になってたかもなんだけどな」
不利なフィールドが解けたのはまあいいとして、もう少しルシアスの魔法展開が遅れてたら死んでたかもしれないんだけど。
流石に勘弁してほしい。
「悪かったわよ、もうやらないわ。でも丁度良かったわあなたたち」
「なんですか?」
「計画変更よ、フロムは殺さないようにしなさい」
「いや、この極限バトルで殺さないって殺す以上に難しいだが」
「これ以上難易度を跳ね上げて、どのような意図があるんですか」
げんなりしてわたしが質問する。
いや、回答は分かってる。ノア様の顔を見た瞬間に何となく察した。
だけど聞きたくない。
でも聞くしかない。
「リーフ・リュズギャル。あの子気に入ったわ、私のものにするわよ」