第136話 騎士道
わたしとルシアスはノア様と一旦別れ、街を走る。
ティアライト領に敵が進軍してきている時点で、街の人間は全員避難している。
遠慮する必要はない。
「おいクロ、居場所の目星はついてるのか?」
「はい。まず、何故彼が姿を現さなかったのかということですが」
「考えられるとすりゃ、何かを仕掛ける必要があったとかだよな」
「ええ。つまり、罠などを仕掛けやすくて、かつ見晴らしがよくて見つけられやすく、さらに障害物が少ない場所―――」
ルシアスはハッとした顔をする。
「街の中心の広場か!」
「おそらくは」
皇衛四傑筆頭にして準最強、最強の炎魔術師フロム。
四十年以上帝国に仕えてきた歴戦の猛者にして、最強の剣士でもある男。
今まで戦ってきた中でも、ダントツの強敵であることは間違いない。
「生体感知に反応あり、予想的中ですね」
「空間把握にも引っかかったぜ。それでどうするよ」
「どうもこうもありません、遠くから闇魔法で殺せれば良し、無理でもかけ続けます。ルシアスはわたしの護衛を」
「お、おう。なんつーか、騎士道とかのへったくれもない作戦だな」
「騎士道?ご立派で大変結構なことですが、生憎わたしはそんなもの掲げている暇があったら主人の敵を殺せ系の人間推奨派です」
「んな系統の人間、お前らしかいないと思うがな………」
屋根の上に飛び乗り、わたしたちは広場を見下ろした。
見た瞬間、なんというか、圧倒された。
赤黒い鎧を着こみ、使い込んだ大剣を地に突き立てる、六十代いっているかいないかくらいの男。
しかし彼の周りにいるだけで暑さを感じてしまうほどの、鍛え抜かれたオーラ。
ここから見ただけで分かる。
同じ四傑でも、かつて戦ったランドとは別次元の生き物だ。
「………こんな出会い方じゃなかったら、武人として是非手合わせ願いたい爺さんだな」
「勝てる自信あるんですか、あれに」
「いやあ無理だな、魔法無しでも有りでも、一人じゃ勝てる気しねえわ」
このルシアスがそこまで言うというのは、やはり余程の実力者か。
「射程ギリギリですが、相手は一人。外すことはありません」
「ああ、これで殺せりゃ御の字だがな」
ルシアスはその後の言葉を続けなかった。
わたしもまた、おそらく彼が思ったことと同じことが頭をよぎったけど、頭を振って追い出す。
「《死》」
闇の魔力が、フロムを包み込んだ。
フロムは少し目を見開き、そして前のめりになって―――
倒れなかった。
「まあ、そんな気はしました」
そして、わたしたちがいる場所にグリンと首を向ける。
バレた。
「《噴射脚》」
しかも、凄まじい速度でこっちに飛んできた!
「うおっ!?」
「くっ!」
恐ろしい速度と威力の大剣が振り下ろされた。
間一髪で避けたけど、屋根に当たったその家が、崩れた。
「マジかぁ!?」
「ちょっ………」
足元が崩れ、さらに狭い家の中に入ってしまう。
「ふんっ!」
「《威力殺し》!」
攻撃から威力という概念を消す闇魔法で防御するけど、間髪入れずに再び攻撃がくる。
「《転移》!」
だけど剣が当たる前に、広場のところまで視界が変わった。
ルシアスの空間魔法か。
「な、なんだあのおっさん。俺みてえな先天的な超人じゃねえ、ただの生身の人間が、一発で木造建築ぶっ壊しやがった!」
「膂力が強いとか、そんな次元の話じゃないですねあれ。本当に人間かと疑いたくなります」
崩壊した家の中から、フロムがゆっくりと歩いてくる。
こちらを舐めてくれていたりすれば助かったんだけど、生憎一切の隙が無い。
「まずは、君たちに最上の賛辞と敬意を。ワシら帝国に対して一歩も引かないその姿勢、そして未知なる魔法。生半可な努力では到達できないであろうその強さ。もし君たちが弱ければ、今の攻防で勝負はついていたであろう」
「ははっ、あんたほどの武人に賞賛してもらえるとは、俺たちも偉くなったもんだ」
「最も、それがノア様を狙ったことを許す理由にはなりませんが。《強制経年劣化》」
一瞬で削れないなら、じわじわと削るだけ。
いくらフロムほどの武人と言えど、もう六十前後の老人だ。
寿命もそう長くはない、すぐに消し去れるはず。
「ふむ、何かを仕掛けられている感覚はあるが。しかしそれではワシは倒せんぞ」
「………《強制経年劣化》は抵抗が難しいはずなんですけどね」
「すまぬな、ワシはリーフのように魔力がそう多いわけではないのだ。だからこそ、こういった小細工をさせてもらっている」
わたしの自信をさらりと打ち砕くフロムは、右手に嵌まった指輪をわたしたちに見せてきた。
「ディオティリオ帝国が国宝の一つ、『恩寵の指輪』。あらゆる状態異常や特殊系魔法に対する抵抗力を七倍にするという魔道具だ」
「おいおい、クロの天敵みてえな道具だな」
「まあ、殺すのみが闇魔法ではないので、一概にそうは言えませんが」
わたしの闇魔法は、厳密に言えば即死の魔法じゃない。
あくまで即死は『消去』の力の一端で、それ以外にもあらゆる魔法がある。
だから、決してリーフのような魔法抵抗力が高い人間が相性最悪とは言い難い。
ただ、リーフの場合はあまりに速すぎて、闇魔法でとらえきれない故に相性が悪すぎるだけ。
同じ速度系でも、互いに相殺できるノア様の光魔法よりよっぽど厄介だ。
「何百年か何千年か、恐ろしく魔法が発達していた時代に作られたとされている幻の魔道具だ。しかし、ふむ、見たところ、そっちの君のその剣も、これに匹敵する性能を秘めているようだ」
その時代って絶対ノア様の前世、黒染の魔女ハルや光魔術師ルーチェがいた時代だ。
「こいつは姫さんに貰った代物でな。生憎やるわけにはいかねえよ」
「ノアマリー・ティアライトはそんなものまで引っ張ってこれるのか、まったく末恐ろしい存在だな。リーフを連れてきて正解であった」
「リーフに、ノア様が負けると?」
「さてどうだろうな。ただ君たちが自身の主が負けるところを想像できないように、ワシもまたリーフが負けるところを想像できん。それだけだ」
最強vs最強、ってわけか。
こうして話している間にも、こんなに離れていても、有り得ないほどの音が後ろから聞こえてくる。
「リーフと君たちの主人の戦いは、正直ワシも全く行方が予測できん。リーフの強さを知っているワシだからこそわかるが、リーフ自身も、それについて行っているあのノアマリー・ティアライトも規格外だ。帝国最強と慢心していた自分が恥ずかしいわ」
「ははっ、気持ちは分かるぜ。俺もあの姫さんにボコボコにされたクチだからな」
「ノア様は勿論、リーフが恐ろしく強いのは認めましょう。わたしたちでは手も足も出ないということも」
しかし、だからこそ。
わたしはせめて、このフロムだけは、ノア様の元に行かせるわけにはいかない。
もしノア様がリーフを倒せたとしても、消耗したノア様ではフロムに負ける可能性がある。
そんな極小の可能性でも、せめて取り除いておかなければ。
「では、そろそろ我々も始めよう」
フロムはニヤリと笑い、剣を掲げ。
直後、わたしたちの周囲を、まるでバトルフィールドのように炎が取り囲んだ。
「―――っ!?」
「これは………」
「クロ、といったか。君が例の死の魔法でワシを攻撃したように、ワシもまた、勝利のためには手段を選ばない人間だ。こうして自分の有利な状況に君たちを誘導するくらいにはな」
………誘い込まれてたか。
何が騎士道だ、鬼畜道の間違いだろう。
「さて、最低限名乗っておかねばな。フロム・エリュトロンだ」
「ルシアスだ」
「………クロです、短い間ですがどうかお付き合いを」
お互いが名乗り合った瞬間、ルシアスがフロムに斬りかかった。