第134話 不意打ち
「かしこまりました」
ノア様は、御父上の前に覆いかぶさるように立っている。
これはつまり、彼だけはまだ生かしておけという合図。
ということは、周りのノア様暗殺に加担した連中を殺せばいいだけか。
「そこの御三方」
「え………?」
「ですから、そこの計画に関与していなかったあなたたち三人はこちらへ。巻き込みますよ」
困惑しながらもおそるおそる三人がこっちに近づいてきて、オウランに保護されたのを確認し、わたしは魔法を発動した。
「《抹消空間》」
わたしを中心とした半径数メートルに闇魔法の魔力を展開し、命を奪う高位魔法。
わたしに迫ろうとしていた残りの人間が、言葉すら発せずに死んだ。
「終了いたしましたノア様」
「へっ………?」
「ご苦労様。クロ、ステア、あなたたちだけ残りなさい。オトハ、ルシアス、オウラン、あなたは屋根から四方を見張ってきてくれるかしら」
「見張り、ですか?」
「ええ。予想が正しければ、そろそろ敵が来るわ」
重要なことをサラッと言った。
「敵?どういうことですか?」
「帝国の連中、何故わざわざわたしたちをおびき寄せたと思うかしら?答えは簡単、私たちがいると都合が悪かったからよ。つまり敵は元々、この屋敷に父の手引きで潜み、わたしたちが帰ってきたところを不意打ちで一人ずつ暗殺する予定だったのよ。最も、父はその作戦を知らされていなかった辺り、信用されてなかったみたいだけれどね」
そりゃそうだ、国を裏切った人間が自分たちを裏切らないなんて保証はない。
わたしだって警戒するし、重要な作戦なんて伝えない。
「だからこそ、勘と頭が良くて邪魔なルクシアをフェリに殺させようとしたのでしょうね。だけどそう何十人も屋敷に忍び込んでたら、さすがに怪しまれるわ。入れるとしたら二人か三人くらいが妥当よ」
「二人か三人?その程度の人数でわたしたちを殺せると思うほど、敵もバカじゃ――――まさか?」
「ええ」
なるほど、ノア様が急いでいた理由が分かった。
つまりノア様は、是が非でも先手を取りたかったのだ。
「来るわよ。帝国最強の二人が」
ディオティリオ帝国の守護者、皇衛四傑の上位二人。
四傑筆頭、炎魔術師フロム・エリュトロン。
四傑最強、風魔術師リーフ・リュズギャル。
「近くまで来ているって言うんですの、その二人が!?」
「十中八九ね。わたしたちを少人数精鋭で殺せるとしたら、彼ら以外ありえないもの」
「だから早いとこ戻りたがってたのか。不意打ちで殺せりゃ御の字だもんな」
「そういうこと。だから早めに色々終わらせるわよ。はい、各自散開」
ノア様が手をたたき、わたしとステアはその場にとどまり、他の三人は一瞬で仕事に移った。
間もなく、遠くでどさりという音が聞こえたから、おそらくステアが頑張っているんだろう。
「さーてさて、最後にやることが残ってますよお父様?」
「え、あ………」
御父上は顔面蒼白だけど、なんだか落ち着いているように見える。
いや、多分まだ、理解が追い付いてないんだろう。
希少魔法のことなんて、ノア様は御父上に教えてなかったんだから。
「ステア、この男の情報を読み取って」
「どれくらい?」
「有益なものは全部よ。領主になってから起こした汚職についてや、繋がりがあった帝国の人間、その他諸々。あなたの判断に任せるわ」
「ラジャー」
この辺りでようやく、御父上の脳が状況に追いついてきたらしい。
「な、な、なにをっ、何をする気だノアマリー!?」
「理解も判断も遅いわね。どうしてこの男から私が生まれたのかしらね」
「ノア様は転生者ですので、生まれは関係ないのでは」
「にしたってもうちょっとこう、マトモな人間から生まれたかったわ。利用価値が今まであったのは誉めてあげるけれど」
御父上はそれを聞いて顔を赤くしたが、ノア様の目を見て一気にそれが青くなった。
もう既に、ノア様の目は御父上を見ていなかった。
失望とか、怒りとか、そんなレベルを超えた無関心。
父親の命に微塵も興味のない娘の姿がそこにあった。
「ま、待てノアマリー。裏切ったことについては謝罪する。だが聞いてくれ、私は考えあってこその―――」
「お嬢、終わった」
「クロ、殺していいわよ」
「ひっ!?」
「よろしいんですね?」
「ええ、ぱぱっとやっちゃいなさい」
「ま、待ってくれ!おいお前たち、見てないでっ」
「では、《死》」
涙を流して助けを求めたゴードン・ティアライト伯爵を、わたしの魔法が包み込んだ。
彼はその場に糸の切れた操り人形のように倒れ、動かなくなった。
ノア様の裏切りに関与していなかった三人は、それを見て体を寄せ合い、震えている。
「先代は、不慮の事故でお亡くなりになったわ。ここからは一人娘である私がここの領主ってことになるけれど、いいわよね?」
「異論を挟む人間などいないでしょう」
「ん、お嬢、偉くなった」
ノア様は三人に近づき、不自然なほどの笑顔を見せる。
「私を裏切らない限り、あなたたちも殺さないわ。このままここで働いても、屋敷を出て行っても私は咎めない。好きにしなさい」
三人は震えたままコクコクと頷いた。
「ノア様、遺体を消しますか?」
「待ちなさい、あの二人が近くにいるかもしれないのに無闇に魔力を使うのはダメよ。屋根の上の三人からの情報を待ちましょう」
ルシアスの空間魔法やオウランの視力、オトハの勘があれば、見つけるのはそう難しくないだろう。
「あなたたち、見えたかしら?」
「いえ、まだです」
「見つけ次第報告いたしますわ!」
まだ見つからないようなので、わたしたちは庭に残したルクシアさんたちの所に戻り、状況を説明した。
「なるほどー、確かにフロムとリーフが来る可能性は高いですね。ワタシもそう思います」
「にしては、なんだか遅いわね。もう来ていてもいいはずなのだけれど」
なんだろう、何かを見落としているようなこの違和感は。
フロムとリーフは、こっちを侮っていない。
そして、こちらの希少魔法に関しても、カメレオンを使って知っている節がある。
そんな彼らが、待ち伏せくらいでノア様を仕留められると、本気で思うだろうか。
しかし、現に陽動のための兵は用意されていた。
やっぱり、杞憂―――?
「………しくったわ」
「え?」
「お嬢?」
「やらかした、そういうことね。待ち伏せ作戦なんて最初からなかったんだわ。あの兵士たちは、彼らが私たちの魔法を確認するための生贄?ということは、つまり―――」
ノア様はさっきまでの笑顔から一転して、少し焦ったような表情をした。
「もうすぐ来るじゃない。もう来ている。私たちが彼らを探している時に、彼らは既に私たちを―――!あなたたち、降りてきなさい!」
「んあ?どうしたんだ姫さん」
「いいから早く!」
言っている意味はよくわからなかったけれど、あの三人のピンチ?
わたしがそう思った瞬間、上空から凄まじい速度の生体反応を感じた。
「あぶっ―――」
そう言いかけたけど当然間に合わず、三人の生体反応とその一つの反応が重なった。
直後、恐ろしいほどの風が屋敷を包み込む。
「ぐっ………!?」
屋敷は壊れ、竜巻のような風に抵抗するのが精いっぱいだ。
ノア様たちは咄嗟に闇魔法で守ったけど、屋根の上にいた三人は離れすぎていて無理だった。
「オトハ、オウラン、ルシアス、無事ですか!?」
返事がない。
けど、生体感知でどこにいるかは分かる。
いや、ルシアスだけ反応がない―――?
「あ、あぶねえっ………!」
「ルシアス、無事でしたか!」
「なんとか空間魔法で防御したんだが、すまん、オトハとオウランの方は展開が間に合わなかった!」
わたしの後ろに転移してきたルシアスは息を切らし、膝をついた。
オトハとオウランは吹っ飛ばされてこそいるけど、感覚からして命に別状はなさそうだ。
「一体何が?」
「上からなんか降ってきた。気づいた時にはもう攻撃されてた」
「風魔法………ですが、こんな高魔力での風魔法なんて、初めてですね」
「つか、姫さんたちはどこだ?」
「ここよ」
「おお、無事だったみたいで何よりだ」
「クロが闇魔法で風の魔力を消してくれたおかげでね。さて………こんなことが出来る人間、一人しかいないわね」
ノア様は少し苦笑を見せ、風の発生源、上空を見た。
それに合わせて、わたしたちも上に視線を向ける。
そこには、一人の人間の姿があった。
緑色の髪に、白くて動きやすく改造された軍服。
相当な美少女だが、手に持つレイピアと、飛行するという風魔法の中でも非常に難度の高い力を使っている辺りが、彼女の強さとその正体を確信させた。
「意外、今ので半分は殺すつもりだった。しかし誰も死んでいない。非常事態時における対応能力も高水準と判断」
ゆっくり少女は下りてくる。
やがて私たちと同じ場所に降り立ち、レイピアをノア様に向けた。
「明言、やはりあなたたちは危険。ここで殺す」
「やれるものならやってみなさいな」
ノア様はその殺意を、笑いながら受け止めた。
「リーフ・リュズギャル」