第132話 最強の矛と最強の盾
フェリ・ワーテルとルクシア・バレンタイン。
激情的で他人を見下すフェリと、理性的で常に人を対等に見るルクシア。
性格的には正反対。とはいえ二人とも水魔術師であり、そして実家が国元の名家であるという共通点もあった。
だがしかし、この二人はやはり、正反対と言った方が正しいだろう。
「《迸る水柱》!」
「《威力中和》」
「《大蛇の襲撃》ォ!」
「《水面反射》」
「くっ、このガキぃ………!」
「なるほど、なるほど。なんとなくわかってきました」
フェリが水魔法による猛攻を仕掛けるスタイルを確立しているのに対し、ルクシアは真逆。
相手の攻撃を躱し、いなし、防ぎ、跳ね返す。
極限まで突き詰めた防御型の魔術師。
その精度は、着弾ギリギリでの展開によって、魔法を維持するための魔力を最低限に抑える完璧なタイミングでの防御、さらに不規則なタイミングでの反射魔法。
「超攻撃型。しかし防御に関しても保険のために周囲に水をためておくことを忘れないよう周到さ、さらにはこの魔力編纂の精度。特に超高圧での水圧カッターの魔法が素晴らしい。こと攻撃系魔法に関しては、同じ水魔術師でもあなたに分があるようですねー」
フェリは強い。
攻撃系の水魔術師としては、間違いなく現在では世界最強だろう。
しかし、防御系水魔術師というカテゴリでは、間違いなくルクシアが上だった。
「最強の水魔術師―――ワタシの水魔法での本気を試すため、一度お手合わせ願いたいとはずっと思ってました」
「へぇ………?それで、どうかしらぁ?」
その質問に、ルクシアは防御を展開しながらも、少し困ったような表情で唸って、
「正直、あんまり強くありませんね」
「………あ゛?」
「水魔術師最強の矛であるあなたが、おそらく最強の盾であるワタシを貫けるか、ちょっと気になってたんですけどねー。
一撃も掠ってないではないですか。期待外れです」
苦笑しながら、心底もうしわけないとでも言いたげな表情でしれっと毒を吐くルクシア。
フェリのこの時の心情は、当然。
「………ざっけんじゃないわよ、クソガキがああ!!」
プライドの塊のごとき存在であるフェリを最も侮辱するような言葉。
怒り心頭という言葉すら生ぬるい憤怒が、フェリの心を塗りつぶしていた。
しかし流石は腐っても四傑というべきか、本能は怒り狂っていても、頭の中はしっかり戦略を練っている。
(悔しいけど、このガキの防御は侮れないわあ。一瞬で何重にも発生する水の盾、しかも高位魔法すら平然と跳ね返してくるあの反射魔法の精度!普通に戦っていたら、十中八九こっちの魔力が先に尽きる………!)
当然と言えば当然だが、魔力は一部の例外を除き、防御よりも攻撃に回した場合の方が圧倒的に消費率が高い。
さらに言えばルクシアとフェリでは、魔力量ならルクシアに分がある。
長期戦は不利。フェリはそう判断した。
「そこまで言うなら見せてあげるわぁ………このあたしの最大魔法!」
フェリは周囲の被害を顧みず、自らの最大魔法の発動を決めた。
半年前、リーフと戦った際には、発動すら出来ずに右腕を斬り落とされて追い詰められたが、ルクシアの水魔法はリーフほどの速度はない。
失った右腕をローブの中に隠しつつ、フェリは魔法の編纂を開始した。
フェリ・ワーテル最大の魔法、その名は《大海の誘い》。
性能は最高位魔法に匹敵するその魔法の能力は、自らを中心とした半径一キロメートル以内の空間を、強制的に水と同質に変化させてしまうというものだ。
さらに、その空間すべてをフェリは知覚可能、しかも水流を自在に操作できる。
代償としてその他の魔法をすべて使えなくなること、フェリの魔力の八割を持っていく燃費の悪さがあるが、それにしたって恐ろしい性能だ。
これに捕らわれれば、クロたちですら苦戦は免れないほどの力を持つ、彼女を四傑たらしめた最強の魔法。
「さあ、死になさぁい!」
それが、今―――。
―――ズプッ。
「………え゛?」
「不躾かとは思いましたが、申し訳ございません。我が主の危機でしたので」
フェリの最強の魔法は、放たれることなく霧散した。
それどころではなかった。
フェリの胸に、短刀が突き刺さっている。
「ゆっくりでいいって言ったじゃない。もう少し後でよかったのよ、ケーラ」
「差し出がましい愚行をお許しください。しかし、今の魔法が放たれれば、ルクシア様がお怪我をしてしまうかもと心配になってしまい」
「対処法はいくらでもあったのに。でもありがとう」
「な、え………?ダレ………」
「これは申し遅れました、自分はルクシア様の専属の従者をさせていただいております、ケーラと申します。お見知りおきを」
―――ありえない。
フェリの心は、その言葉で埋め尽くされていた。
いくらリーフに圧倒されたとはいえ、四傑に選ばれるほどの実力者。
たかが従者の気配一つ、掴めないわけがない。
なのに、フェリは刺されるその瞬間まで、ケーラの存在に微塵も気づかなかった。
殺気には人一倍敏感なはずの自分が、どうして。
ありえない、痛い、苦しい、死にたくない。
だがフェリの心境に反し、既に彼女の傷は致命傷だった。
この状況で、ルクシアを殺すことは不可能。
なら、せめて―――!
「お、おまえ、だけで、も………!あ、あれぇ………?」
「どうかなさいましたか?」
フェリは振り向き、ケーラに残る最後の魔力をすべて振り絞ってぶつけようとした。
しかし。
「なん………まほう、が………?」
何故かフェリの魔法が発動せず、そして彼女はとうとうその場に倒れた。
最後に、自分を殺した人間を何か苦しめる方法はないかと、薄れゆく意識を無理やり覚醒させて、ケーラを視界に納め。
そして、フェリはその眼を飛び出さんばかりに見開いた。
「なん………きさ、ま………さ、まで………か………ちが………」
言葉は最後まで続かず、フェリの体から完全に力が抜けた。
フェリがケーラに言った言葉の意味は分からないまま、彼女の頭の中を、走馬灯が埋め尽くす。
皮肉にも最後によぎったのは、怖くて憎くて仕方がない、自分をこんな場所に追い込んだ帝国最強。
リーフ・リュズギャルの姿だった。
(ふ、ふふふ………ざまぁみろだわぁ、リーフ………あんたごときが、こいつらに敵うはずがない………!)
その、最後まで人を蔑んだ思考を最後に、フェリ・ワーテルは死んだ。
***
「おめでとうございますルクシア様、四傑の一人を仕留めてしまわれましたね」
「仕留めたのは貴方じゃない。まったく、美味しいところ持っていくんだから」
ルクシアは少し不完全燃焼といった風に、ケーラの肩に手を置いて少し揺さぶった。
「ところでルクシア様、この遺体はどのようになさいますか?」
「あー………考えがあるから、部屋に運んでくれる?」
「かしこまりました」
ケーラはフェリの遺体を抱え、ルクシアの後ろにつく。
ルクシアの青い髪と、ケーラの赤い髪が、夕焼けに照らされてどちらも違う色に見えた。