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第127話 あだ名

 わたしたちは帰って来てから、一日の大半を魔法の研鑽と蒐集に費やした。

 半年もの間その日々を続けていれば、嫌でも全員強くなる。

 ルシアスが上位魔法である長距離転移を覚えるまであと一歩というところで、ノア様から再び戦地に赴くという話が出た。


「今回のあなたたちの任務は、エルムス砦跡地に陣取っている帝国軍の殲滅よ」

「エルムス砦ってティアライト領の外れにある、二十年くらい前に超大型魔物によって潰されたっていうあそこですか」

「ええ。砦があっただけあって、資源や獲物も豊富だから、帝国にとっても都合が良かったのでしょう。ここにいるのは総勢二万人、群青兵団の連中よ」

「群青兵団、フェリ・ワーテルの兵たちですの?ですがフェリって、半年近く前から行方不明だったのでは?」

「ええ、だから今は頭がいない状態なの。ここを強襲する。今回は私も出るわ」

「ノア様自らがですか?危険とは思いませんが、万が一が有り得るので本心を言えばご遠慮いただきたいですが」

「たまには戦わないと勘が鈍るのよ。それに、私が行った方が早く終わるわ」


 それはその通りなんだけど、しかし腑に落ちない。

 なんで帝国軍は、フェリがいない状態の群青兵団をわざわざ投入した?

 四傑がいない兵なら、奇襲してくれと言っているようなものだ。

 考えられる中で可能性が一番高いのは。


「ノア様、これは」

「十中八九、私をおびき寄せる罠でしょうね」


 わたしの言葉を遮ってノア様が放った言葉は、わたしが思い浮かべた可能性と同じものだった。


「罠だと?」

「ええ、フェリがいないという情報をわざと流して、強襲させるための囮役として群青兵団を使ったのよ。おそらく向こうには、情報以上の敵が待ち構えているわ」

「それはまずいのでは?わざわざ乗ってやることも無いでしょう」

「だけどこのまま放っておくのもまずいわ。どの道ティアライト領まで侵攻されている時点で、私が出るしかないし。既に父の兵が連中に挑んでいるみたいだけど、完全に劣勢だって話よ」

「まあ、ティアライト領はわたしたちがいろいろと問題解決してきたせいで、兵の練度低いですから」

「そこでルシアス、あなたの伝手で腕利きの傭兵を三百人ほど雇ってきなさい。お金に糸目は着けなくていいから」

「たしかに、二万人となればいろいろとイレギュラーもあるかもしれねえし、保険は打っとかなきゃな。よしわかった」


 ノア様はため息をついて、椅子にもたれかかった。


「ああもう、もう少し待ってくれれば、守りが薄くなってる帝都に長距離転移で移動、城をぶっ潰して皇帝の首を獲って終わりだったのに、空気読んでほしいわ」

「ゼラッツェ平野での戦い以降、ノア様は本気で目を付けられていますから。最短距離でここまで進行してきましたし。まあ問題ないでしょう、わたしが最初に一気に最上位魔法で殺して、残った連中をみんなで叩けば」

「あらあら、『死神』は言うことが違うわねえ」

「その呼び名本当にやめてください」


 わたしは頭を抱えた。

 それだけは本当にやめてほしい。


 ゼラッツェ平野での戦い以降、わたしたちの存在が帝国のみならず王国にも広く知れ渡った。

 あの場にいたのは帝国兵だけじゃない。王国兵も数多くあの場で、わたしたちの戦いを目撃していた。

 それを広く伝えてしまったため、わたしたちの存在が公になった。

 それだけならまだよかった。

 一番の問題は、わたしたちの戦いを見て、誰が考えたのか妙なあだ名がつき始めたことだ。


「いいじゃないですの死神、かっこいいですわよ?」

「わたし、中二病なんて発症したことないんですよ………」

「死神なんてまだいいじゃありませんか、私など『殺人姫』ですわよ?」

「オトハが『姫』ねえ」

「その前に物騒な枕詞がついているではありませんの」

「俺は何だっけか?『巨王』?マジでこっぱずかしいな、誰が考えたんだ」

「僕は『強王』だってさ。あーやだやだ………」

「オウラン、なんか、嬉しそう」

「はあ!?ベ、べべ別に!?」

「ちょっと、かっこよくて、嬉しい?」

「おいステア、心を読むのはやめろ!そんなだから『狂姫』なんてあだ名がつけられるんだぞ!」

「今は、別に、読んでない」


 本当に勘弁してほしい。

 恥ずかしい、中二くさい、面倒くさい。

 今度わたしを死神なんて呼ぶやつがいたら、マジで殺そう。


「というか、あなたたちは恥ずかしくないんですか?」

「まあちょっとは複雑な気分はあるが、別に」

「ネーミングが気に入らないですが、姫というのは悪い気がしませんわ」

「まあ、うん。別にあって困るものでもないしな」

「どうでも、いい」


 あ、この恥ずかしさ、異世界転生者特有の気持ちなのか。

 この世界の元々の住民にとっては、そこまでのものでもないらしい。


「むしろ俺は、姫さんが『聖女』って呼ばれてるのが信じられねえよ」

「前にステアが、『お嬢は聖女じゃなくて悪女』って言ってましたね」

「ん、合ってる」

「言い得て妙とはこのことだな」

「あなたたちはっ倒すわよ」


 ノア様の性格を知っている人間は、この御方が聖女なんて何の冗談だとつっこみたくなる。

 しかし国内最強の光魔術師、存在だけで国単位の大きなアドバンテージとまで言われる金髪を、聖女と言いたくなる気持ちは分からないでもない。

 この御方の本性を知らない人間にとっては、さぞノア様が美しく清らかな人間に見えることだろう。


「お嬢は、聖女から、一番遠い人」

「ステア、あなたの悪意のない悪口は一番人を傷つけるからやめなさい」

「大丈夫ですわお嬢様、そのお嬢様のいかなる汚いことも平然とやってのける容赦のなさも私は大好きですわ!」

「あなたたち、私を傷つけてそんなに楽しいかしら?」

「傷つけるというか、普通に事実ですから」

「事実ってこんなにも人を傷つけるのね」


 まったく傷ついた様子がないので、面白がっているだけだろう。

 いや、というよりはなんというか、話をこっちに合わせているような。

 まるで別のことを考えながら受け答えをしているようだ。


「ノア様、なにかございましたか?」

「別に何でもないわ。ただ、ルクシアをここに置いて行って大丈夫かと考えていただけよ」

「ルクシアさんですか。ノア様、彼女と何か揉めたりしましたか?前から彼女の距離が僅かに離れた気がして」

「なんでもないわよ」


 何か隠しているのは分かったけど、これ以上話したくないのだろう。

 なら、これ以上深く追及するのはやめておこう。

 最近、ノア様がちらちらとルクシアさんをどことなく警戒するような目で見ているのも何か関係があるのかもしれない。


 いずれにしろ、わたしがかかわる問題ではなさそうだ。

 わたしは魔導書を開いて、再び勉強を始めた。

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