第124話 凱旋
「おかえりなさいませ、ノアさん!ご無事で何よりです!」
「ただいま、ルクシア。何か変わったことは無かったかしら?」
「はい、おかげさまで穏やかな休暇を送ることが出来ました」
「あなたは一応亡命者という扱いなのですから、休暇も何もないんですが」
ゼラッツェ平野から数日かけてティアライト領に戻ると、門を開けた瞬間にルクシアさんが満面の笑みで駆けてきた。
「細かいことは気にしないのが長生きのコツですよ、クロさん。ところで戦果の方はどうだったのでしょうか?」
「完璧よ、四傑のランドを殺して赤銅兵団もほぼ壊滅させたわ。赤銅兵団は四つの兵団の中では小規模とはいえ、これで帝国の戦力の一割くらいを削ったことになるから、戦果としてはバッチリね」
「まあ、さすがノアさんたちです」
ニッコリと笑ってルクシアさんはノアさんに抱き着く。
「あああああああ!?何をしてますの私というものがありながら浮気ですかお嬢様ああああ!!」
「浮気も何も、お前ノアマリー様と付き合ってるわけじゃないだろ」
「むしろ仮初とはいえ許嫁っつー関係なんだから、ルクシアさんの方がオトハの百倍姫さんに近いんじゃねえの?」
「あっちょっ、それはオトハのNGワード………」
時すでに遅し。
「ふふ、わかりました、わかりましたわ。いいでしょう!こうなればどちらがお嬢様にふさわしいか有史以来の決着を」
「ステア、お願いします」
「《思考遮断》」
ステアの魔法でオトハが前のめりになって倒れた。
「お見苦しいところをお見せしました」
「いえいえ、もう慣れてしまいましたし、これはこれで面白いので構いませんよ」
嘘はついていない。
なんておおらかな人だろうか。
「ステア、ありがとうございます」
「ん」
「さて、ここで立ち止まってても仕方がないわ。軽くお茶でもしながら、今後の流れについて考えていきましょうか」
「そうですね。ルシアス、オトハを持ってきてくれませんか」
「おう」
「………実の姉が物のように運搬されている光景に慣れている僕って、人としてもうだめなのかもしれないな」
「安心してくださいオウラン、あなたがおかしいんじゃありません、あなたの姉が非常によろしくない頭をしているだけです」
「そうか、その一言で僕は救われるよ。ありがとうクロさん」
「それで救われるあなたもどうなの?」
珍しいノア様直々のツッコミが聞けた、今日は何かいいことがあるかもしれない。
それはともかく、わたしたちは久しぶりのノア様の部屋に集まり、わたしとルクシアさんでお茶を淹れた。
すると全員気が抜けたのか、だらりとし始めてしまった。
「じゃあ、今後の方針とかいろいろ考えるわよ~」
「もう少し気合を入れて喋ってください」
「え~、めんどくさいわよ。それにしばらくは帝国も動かないだろうし………」
だからといって、貴族令嬢らしからぬ格好でだらけるのはやめてほしい。
「って、帝国がしばらく動かないってどういうことですか?」
「別に、言った通りよ」
ノア様は体を持ち上げ、仕方がないというように体を引きずって立ち上がった。
「まず、私たちが赤銅兵団を壊滅させたという知らせは絶対に帝国に届くわ。そしていくらなんでも、それを隠し通せるレベルの事件じゃないわよね」
「はい、いくらなんでも万を超える人間が殺されたんですから、遺族問題とかいろいろあるでしょう」
「そうね。さて、次に帝国で起こる問題は何かしら。はいステア」
指名されたステアはボーっとした顔を崩さず、ゴラスケを握りしめながら。
「派閥が、わかれる」
そう即答した。
「正解よ」
「なるほど。つまりこのまま戦争を続けたいという人間と、降伏するべきという人間に分かれるということですか」
「最も、帝国はやられたらやり返すの精神だから、後者は少数派でしょうけどね。だけど無視できる人数ではないはずよ。一刻も早く死んだものを弔いたいという遺族もいるだろうし、なによりあのなかには貴族の親族も結構いたわ。そうなるとその説得、あるいは鎮圧にかなりの時間を要する」
「そうでなくとも、ノアさんたちの脅威は国に広まっているでしょうからね。派閥云々以前に、王国に攻め込むこと自体を躊躇う兵士も多いと思います」
「同意見よ。そしてその躊躇は正しいわ。正直、今のこの子たちを物量で殺すとなれば、少なくとも三万人の雑兵が必要だもの。その九割は死ぬでしょうし、割に合わなすぎる。帝国としても、私たちとこれ以上争うのは全力で避けたいところでしょう」
「しかし、向こうはクロさんたちを劣等髪と蔑んでいるのですし、生き残りの証言も見間違いとか錯乱状態になっているとか、そういう風に捉えるのでは?」
「でしょうね。だけど、帝国最強のリーフが私たちを警戒しているとなれば話は別よ。彼女の権限なら、多少は戦略のために帝国軍を撤退させて、人的被害を最小限に抑えるくらいやるでしょう」
リーフ、帝国最強の風魔術師か。
帝国による小国の併合と王国との小競り合い、戦果はたったこれだけ。
しかしどちらの戦争でも、単騎で五千人以上の兵を一人で殺戮した怪物。
実力はおそらく、伝え聞いただけでもわたしたち側近クラスより上だと思う。
「帝国総大将、フロム・エリュトロンもリーフと同意見だとなお嬉しいわね、帝国兵を一時止めてくれるかも。私たちの出番が減るということはそれだけルシアスが訓練に専念できるわ」
「ルシアスさんの訓練、ですか?」
「ルクシア、戦争の究極の勝ち方ってわかるかしら?」
ルクシアさんは腕組みをして少しうなり、そしてピーンという効果音が似合いそうな顔をした。
「王の首を取ってしまえば勝ちなのですから、直接皇帝を狙う?」
「ハイ正解」
「となると、ルシアスさんの空間魔法が火を噴きますね。しかしルシアスさんは、まだ遠くには移動できない。だからその長距離転移のために時間を必要とすると」
「大正解。この戦いって要するに、ルシアスが長距離転移できるようになった瞬間に終わるのよ。フロムとリーフが出払っている時を見計らって、帝都に奇襲をかけ、周りの人間ごと皇帝を亡き者にしてしまえば戦争は終わるわ」
「おいおい責任重大じゃねえか、しかも聞いてねえぞそんな話」
「当たり前でしょう、今話したんだから」
「さよか」
ルシアスはもう慣れたとでも言いたげに、苦笑しながらノア様の話を聞いていた。
まあノア様の無茶ぶりは今に始まったことじゃないし、今更だ。
「イレギュラーな存在は、皇衛四傑の残りの三人、それに隠密部隊カメレオン。それとその首領のノワール。何者なのかもわからない帝国の影、用心に越したことは無いわ」
「お嬢、私が、みんな、操ろうか?」
「頼もしいけれどやめておきなさい。フェリはともかく、多分フロムとリーフに精神魔法は効かないわ。ノワールという未知数の存在も危惧しなければならないし、やることはまだ山積みね。ルシアス、あなたはとにかく一刻も早く長距離転移を習得なさい。多少は中位魔法をすっ飛ばしても構わないわ」
「あいよ」
「さすがにもう少し帝国の戦力を削っておきたいから、半年くらいすればもう一度戦争に出るわよ。それまでは各自、やることを済ませておきなさい」
ノア様はそう言って、再び全身の力を抜いてしまわれた。
ノア様自身もまた、相当に気を張っていたんだろう。
「ノア様、暇も出来たことですし、お菓子でも作ってきます」
「あら、ありがとうクロ~」
まだ帝国との戦争は終わらない。
だけど、この御方について行っていれば。
この王国―――もはやノア様の王国だが、その勝利は確約されていると言えるかもしれない。
(しかし、イレギュラーもいくつかある。消えた死体、情報の漏洩、カメレオン、そして帝国最強、リーフ………)
考えることはまだまだある。一つ一つ解決していかなければ。
「まあ、戦争が再開されるまでは、少し気を緩めていいでしょう。ノア様もお疲れのようですし」
作者体調不良につき、数日お休みをいただきます。
次回更新日は未定ですが、一週間以内には書き上げたいと思っています、楽しみにしていただいている方には本当に申し訳ない!
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