第123話 天才vs天災
「このガキがぁぁぁ!!」
フェリは吠えた。
今まで被っていた最低限の女としての仮面を捨て、自分のすべてを解放した。
帝国でも屈指の攻撃力と容赦のなさを併せ持つ天才水魔術師フェリ・ワーテル。
二十歳で皇衛四傑に選抜され、歴代で類まれな天才として名を馳せてきた女。
性格はともかく、その実力は非常に高い。
「このあたしをコケにしやがって、斬り刻んでその顔ズタズタにしてやるわぁ!」
フェリの周囲に直径三十センチメートル程度の水円が十ほど浮かび、それが高速回転を始めた。
フェリは、リーフが強いことを知っている。故に最初から全力だ。
水圧カッターというものがあるように、水は高圧さえもっていれば鉄すら切断するほどの攻撃力がある。
しかしそれほどの密度の水を作り出すには、大量の魔力と編纂能力が必要になる。
しかしフェリは生まれつき、そのどちらも非常に優れていた。
魔力量は数値にして約120。そして魔力編纂に関しては、なんとその部分だけならばクロたちにすら匹敵していた。
ノアと千年前の英知が詰まった魔導書を用いているクロたちに「なんとなく」で迫ることが出来るほどの編纂能力、それがフェリの有能さを物語っている。
その力を利用し、本来なら一つ生み出すだけでも秀才と言われるほどの高圧水円を、最大で十まで作りだし、自在に操ることが出来る。
ノアが認めた天才にして共和国連邦最強の水魔術師、ルクシア・バレンタインすら、この魔法を同時に操れるのは七つが限界だ。
それを凌駕する彼女は、この時代では世界最強の水魔術師と言っても過言ではなかったかもしれない。
「死ねえええ、リーフうううう!!」
十の魔法が、同時にリーフに飛ぶ。
全方位からの同時攻撃。回避不可能。
フェリは勝利を確信した。
しかし。
「………《風精霊の舞》」
リーフの魔法は、その不可能を可能にした。
不可避と思われたすべての魔法を躱し、あまつさえ局所突風とレイピアですべて破壊した。
一瞬で。一切の無駄なく。目にもとまらぬ速さで。
「………は?」
「賞賛、魔法はさすがの一言。四傑に選ばれるだけのことはある」
フェリは確かに、水魔術師としては凄まじく強い。
天才だ。
だが。
「苦言。だけど、ウチには通用しない」
四大魔術師として、最上の領域すら突破した『天災』には敵わない。
「そ、そ、それがどうしたってのよぉ!《深海の襲撃》!」
「《静かなる暴風》」
深海クラスの水圧が込められた水弾を複数放つ水の高位魔法。
しかし、自分の皮膚近くに超風速の向かい風を展開する防御魔法によってあっさりと弾かれる。
「くるな、くるなぁ!《水の連槍》!」
「………………」
次々とリーフに水魔法が浴びせられるが、リーフは魔法を唱えない。
先に唱えた《静かなる暴風》だけですべてガードしてしまっている。
「挑発、もう終わり?」
「な、舐めるんじゃ、ないわよぉ………!」
「警告、じゃあここからはウチも手を出させてもらう」
「くっ………!?」
それを聞いてフェリは瞬時に防御魔法を展開する。
すさまじい水圧で身を守り、万が一破られたとしても水なので瞬時に再生できる。
ランドの巨人からインスピレーションを受けた、フェリの奥の手の一つだったのだが。
「ギャアアアアアア!?」
「宣告、無駄なあがきはやめた方がいい」
防御はあっさりと破られた。
何をされたのかは分かる。
リーフは風の刃で水を無理やり切り開き、再生される前に何発も中に魔法を撃ち込んだのだ。
何の捻りも策も無い強引な方法。
しかしその強引さも、魔法を発動してから一秒も経たずに行われたとなれば十二分に神業の領域だ。
それは裏を返せば、リーフがフェリを制圧するにあたって、知恵を働かせる必要すらないという、圧倒的な実力差の表れでもあった。
(じ、冗談でしょお!?ここまで強いなんて聞いてない!ここまで実力差があるなんて聞いてない!この女、ランドと戦った時よりもはるかに強くなって………!?)
「勧告、これが最後。大人しく投降すれば命は取らない」
「ぐううううう!!」
フェリの理性は囁いている。このまま戦えば殺されると。
あまりにも強すぎる。逆立ちしたって勝てるはずがない。
だが、彼女の本能が、プライドが、それを否定してしまった。
「そういう舐めた口は、これを見てから言うのねえええ!!」
フェリは最後にして最大の魔法を構築し始めた。
発動してしまえばここにいる全員だけでなく、周囲一キロメートル四方にまで被害が及ぶであろう、最高位魔法に相当する力を持つ奥の手中の奥の手。
その性質故に、いくらリーフの速度でも避けきれない。
その技は。
「《大海の》―――え?」
魔法を発動する前に、中止された。
中止せざるを得なかった。
「………ぎいいいいい!?」
「自業、警告も最終勧告も行った。無視したのはあなた。ならば容赦しない」
魔法構築中に、フェリの右腕が斬り落とされた。
誰も反応できない速度で、リーフが風魔法で落としたのだとは誰もが分かったが、それに誰も気づかなかった。
まさしく神速。全魔法中、速度では光魔法に次ぐ二位である風魔法ということを踏まえても、その速度は常軌を逸していた。
「終了、これでとどめを刺す」
「ひっ………ま、待って!待って、ねえリーフ!分かったあた、あたしが悪かったわ罪も償う!だからお願い待ってええ!」
後ろにいた元フェリの側近たちは、あまりのその元上司の惨劇に開いた口がふさがらなかった。
リーフは強い、それは帝国民すべてが知っていることだ。
かの英雄フロムが推薦するほどの実力者、それだけで強いということは分かる。
だが―――同じ四傑であるはずのフェリが、こうも一方的にやられるなど、想像したことがなかった。
「さようなら」
「あああああああ!!」
リーフの無慈悲の剣が、フェリを貫こうとした。
「待てい、リーフ!」
しかしその直前に後ろから声がして、リーフの手が直前で止まった。
その声の主に心当たりがあったからだ。
「フロム様?」
「ああ。まったく、ここを探し出すのに苦労したぞ」
「フ、フロム、フロム殿おおおお!!」
もはやフェリは美しさの面影も無く、涙と汗と崩れた化粧でぐちゃぐちゃの顔になっていた。
「疑問。フロム様、何故邪魔をする?」
「邪魔をしたわけではない。ノワールからその女の所業を聞いてな、慌ててここまで来たというわけだ」
「………?疑問、何故そんなことを?」
「フェリにはまだやってもらうことがある。まだ死なれては困るというわけだ」
フロムはフェリに近寄り、無理やり立ち上がらせた。
それを見てリーフも、仕方なくレイピアを鞘に納める。
「フェリ・ワーテル。ノワールから渡されたこの紙束に書かれている悪行の数々、これは事実か?答えろ」
「は、はい、事実でございます………」
「本来であれば家督剥奪、軍人としての除籍処分の後、極刑に処さねばならぬほどのものだ」
「わかっています、いかなる罰でも受けます………で、ですから、一刻も早く、この悪魔から離して………!」
「苦言、先にウチに手を出したのはあなた。やり返されて悪魔というのは、いささか頭に来る」
「ひいっ!」
「やめんかリーフ。というか、この短時間でどれだけトラウマを植え付けたのだ」
「不明、ウチは普通に戦っただけ」
「まったく、お前は無自覚で人を傷つけることがあるのだから気を付けろとあれほど言ったであろうに。まあいい、今回は好都合だ」
フロムは怒りの形相でフェリの髪を掴んだ。
「フェリ、貴様はワシの見込んだ存在であるリーフを殺そうと企てた。帝国軍人としても、市民としても、個人としても許すことはできん」
「ひっ………」
「しかしだ、貴様のその強さは役に立つ。だから取引だ」
「と、取引?」
フロムは懐から一枚の紙を取り出した。
「この者を殺せ、手段は問わん。そうすれば極刑はないことを保証してやる」
「こ、この女は………!?」
その紙に描かれていたのは―――。