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第122話 フェリ・ワーテル

 フェリ・ワーテルは皇衛四傑の一人、帝国最強の水魔術師にして、帝国屈指の名家であるワーテル伯爵家の当主。

 今年で三十歳になるが、その美貌は確かに普通は息をのむほどのもの。

 妖艶という言葉がまさにふさわしい美女だ。

 扱う水魔法は見た目に反して攻撃的なものが多く、高圧の水で敵を切り裂く、水圧で圧殺するなど、非常に攻撃力が高く、防御に関しても高水準に達している、まさに水魔術師としてはこの世界で五指に入る実力者だろう。

 だが彼女には問題があった。

 それは、彼女の生来の性格だ。

 基本的には表に出さず、彼女自身はぼんやりとしたつかみどころのない魔女を演じているが、その内は非常にどす黒い。

 自分より醜いものを蔑み、自分より美しいものを憎み、下階級の奴隷を買い付け、虐げる。

 特に劣等髪に関しては彼女は同じ人間だとすら思っていなかった。


 そんな彼女は今までは四傑という地位で好き勝手なことが黙認されていたが、数年前、そんな彼女の気分を一気に損ねることが起きた。

 リーフの皇衛四傑就任だ。

 四傑の紅一点、美しすぎる最強の軍人として帝国民に担がれていた彼女の地位が奪われた。

 それだけならよかった。だがフェリにとって最も業腹だったのはそこではない。

 リーフが若く、そして美しかったこと。

 彼女が父親を殺して四傑入りしたことを知らない一般庶民たちは、最年少にしてフロムが太鼓判を押すほどの実力を持ち、なにより可愛らしいリーフに傾倒した。

 長年の自分の苦労を、キャリアを、奪われた。

 フェリはリーフに対してそんな感情を持っていた。

 ランドのようにそれ相応の理由があるわけではない。

 ただ純粋に、リーフが気に入らないという理由で、フェリは激情にかられ、彼女の暗殺などを企ててしまった。





「フェリ様、本当に実行なさるおつもりですか?」


 フェリの側近の一人が、恐る恐る彼女に聞いた。

 フェリは不快そうに眉を曲げて、側近をじろりと睨む。


「なぁにぃ?あたしの意見が間違っているとでも?」

「い、いえ!そのようなことは!」

「あの女は生かしておいては危険よぉ。いずれ皇帝陛下すら脅かす化け物になるかもしれない。高すぎる杭は打っておかないと、後々帝国が滅びかねないわぁ」


 それらしいことを言っているが、当然フェリ自身は微塵もそんなことを考えていない。

 後ろに控える十数人の群青兵団の上階級の者たちは、うすうすそれを感じてはいるが、それを口に出すことは無い。


「とはいえ、現時点でもあの女は超強い。どんな方法をもってしても、不意打ちは不可能と考えていいわあ。となると、手はこれしかない」


 フェリは机に会ったボードの二つの女性型人形をくっつけ、そしてどちらも倒した。


「間違いなく、フロム殿はリーフをノアマリー・ティアライトにぶつける気よぉ。帝国であの光魔術師に対抗できる人間はリーフとフロム殿しかいない。しかしフロム殿よりもリーフの方がノアマリーとは相性がいいからねぇ。二人が戦った隙をつく」


 フェリは暗い笑みを浮かべ、二体の人形を眺めている。


「どちらが勝っても構わなぁい。生き残った方を殺せばいいだけよぉ」

「さ、さすがはフェリ様ですな!」

「しかり!賢明な頭脳に感服いたします!」


 彼女の側近たちは全員、フェリに対して邪な感情を持っていた者。

 あるいは、彼女の家柄にすがってきた人間だ。

 だからこそフェリを全肯定するし、これまで彼女に手を貸して汚いことをいろいろとやった手前、抜けることも出来ない。

 つまるところ、フェリは人気はあるが、人望はないのだ。


「さて、出来ればリーフがノアマリーを殺してくれることに期待しましょうねぇ。あの光魔術師は、消耗していたとしても厄介そうだしぃ」


 フェリは手に持っていた暗殺の計画書をろうそくの火に近づけた。

 証拠を消すため、その場で燃やすつもりなのだ。

 計画書は端に火が付き、そこから燃えようとしていた。


 ―――フッ。


「え?」


 しかし少し焦げただけで、紙全体に火がいきわたることはなかった。

 それどころか計画書はフェリの手を離れ、宙を舞い、不自然に遠くへ向かっていく。

 そして紙が行きついた先には、一つの人影が。


「………失望。こんな杜撰な計画を立てる程度の人間だったとは」

「「「!?」」」


 フェリとその側近たちは、その声に聞き覚えがあった。

 ありえない。何故ここにいる。

 ここはワーテル家の隠れ家、そう簡単に見つかるはずが―――!


「詰問、これを企てたのは貴方で間違いない?フェリ」

「リーフ………!」


 そこにいたのはリーフだった。

 今の今まで、彼女を殺す方法について嬉々として語っていたフェリの顔が真っ青になった。


「な、なんのことかしらぁ?あたしはたった今、ここにいる連中からその計画書を受け取ったところよぉ!」

「フェリ様ぁ!?」

「あんたなにをっ」

「うるさいわねぇ、あたしの同僚を殺そうとした罪はここで贖ってもらうわぁ!」


 最悪の女だ。

 ここにいる全員がそう思った。

 しかしその最低さに比例するように、彼女の魔法は魔術師十数人程度じゃ、到底太刀打ちできるものではない。


「う、うわあああ!!」


 フェリの魔法が、群青兵団の彼女の部下たちを飲み込もうとする。


 しかし、魔法が届くことは無かった。

 すさまじい風速の風魔法が吹き荒れ、水を拡散させてしまった。

 帝国最強の水魔術師であるフェリの水をガードできる人間など、この場では一人しかいない。


「あらリーフ、邪魔するのかしらぁ?四傑には個人の裁量で罪人を断罪する権限があることは知っているでしょぉ?」

「肯定、それは知っている。だからウチはここに来た」


 リーフはフェリに近づき、一つの紙束を見せた。


「これはなにかしらぁ………?」

「説明、カメレオン首領のノワールが調べていた、あなたの今までのウチに対する秘密裏の攻撃、今回の殺人計画、その他の汚職に対する決定的証拠」

「はぁ!?」

「警告、言い逃れは不可能。そこにいるあなたの部下を殺しても罪をなすりつけることはできない」


 そしてリーフは、先ほど守った群青兵団の面々を見た。


「沈着、あなたたちに関しては、フェリに無理やりやらされていたということで罪には問われないように細工をしてあげる」

「なっ………ほ、本当でございますか!?」

「肯定。その代わり、この場においてウチが彼女を粛正した理由に正当性があったということの証言と、これからは帝国にしっかり忠を尽くすこと、翡翠兵団で誰もやりたがらないような雑務の処理をすることをこの場で誓うこと。守れなかった場合、即時殺す。肝に止めておいて」


 フェリの側近たちは顔を見合わせ、リーフに頭を下げた。


「無論でございます!我ら一同、これからはリーフ様と共に!」


 これに怒りをあらわにしたのは、当然フェリだ。


「ふっざけるんじゃないわよぉ!お前たちはあたしの部下でしょぉ!?」

「ええい、うるさい!今までは貴様の家の力が恐ろしくて抜け出せなかったが、今回ばかりは貴様も終わりだ!挙句の果てに我らに罪をなすりつけて自分は白々しく逃れようとするなど、もううんざりだ!」

「そうだそうだ!」

「若い頃、あんたに惚れて入団した自分をぶん殴りたい!」

「ああ、やはり女は顔ではない、中身だ!」

「リーフ様!リーフ様万歳!」


 あまりの掌返しぶりにさすがのリーフも少し呆れたが、フェリはそれどころではない。

 四傑であるリーフにはフェリ同様、正当な理由があれば裁判を通さずに国民を断罪できる権限がある。

 同じ四傑とて例外ではない。


「推奨、大人しくついてくることをおすすめする。そうすれば命は取らない」


 リーフのその言葉に、フェリは。


「ふ、ふふふふふ………!」

「………?」

「リーフぅ、確かにその書類があればあたしは終わりよぉ。用心深いあなたのこと、当然既に、別の場所に書類の写しを保管しているんでしょぉ?」

「肯定、最もウチが持っているわけではなく、ノワールが持っているのみ」

「ええ、そうでしょうねぇ。だけどこの場を切り抜ける方法が一つだけあるわぁ」


 フェリは周囲に水を作り出し、構えた。


「疑問、どういうつもり?」

「あなたを殺して逃げればいいのよぉ。あたしほどの魔術師なら、別の国でもやっていけるわぁ。この家を手放すのはもったいないけど、捕まってすべてを失うよりはましぃぎゃぶぁ!?」


 フェリの言葉は最後まで続かなかった。

 彼女の体は一瞬で吹き飛び、壁にたたきつけられた。

 リーフの風魔法だということは誰もが悟ったが、その威力と状況に誰もが目を疑った。

 まったくのノーモーション。

 魔力を定めることも、魔法を唱えることもせず、本当に一瞬で、同格であるはずの四傑の一人すら察知できないほどの速度の魔法を放った。


「な、なに、なにがおこって!?」

「通告、フェリ・ワーテル。帝国軍規定第122条に則り―――」


 リーフはフェリに近づき、腰に差していたレイピアを引き抜いた。


「断罪する」

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、名ばかりのフェリでは実力隠しのリーフと勝負すら成らないでしょう。やはり一般人より強くて有名だからといって強者という訳じゃないですね。 ノアさん達にとっては、二人共も戦わなくて済むですけ…
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