第120話 消えた死体
「初陣、大成功ね。おめでとうあなたたち、素晴らしい働きよ」
その日の夜、わたしたちは天幕で満面の笑みのノア様の前で膝まづいていた。
戦争と銘打ったものの、戦い自体はわたしたちの圧勝で一日で終わった。
ランドを殺した後は非常に簡単だった。
というのも、あの直後、生き残った帝国兵千五百人余りが降伏してきたのだ。
涙を流して命乞いをする者、下唇を噛んで悔しそうにしている者、絶望の表情を浮かべて今にも死にそうな顔色をしている者。
色々いたけれど、なんだかんだ最終的には全員武器を捨てて頭を下げた。
たった五人で九千人近い兵士を殺したわたしたちに、どうあがいても勝てないことを悟ったようだ。
「ノア様、あの捕虜たちはどうなさるんですか?」
「え、殺すわよ」
「殺すんですか。あっち命乞いしてますが」
「だから?」
キョトンとした顔でえげつないことを言うノア様だったけど、正直わたしも同意見だ。
だって、あいつらを生かしておくメリットがない。
ここまで快進撃を続けてきた帝国だ、当然王国兵もあちらの捕虜にされている。
となるとこっちの捕虜の使い道は人質交換だけど、ノア様は別にあっちの捕虜を取り返す気はないし。
それどころか、こちらの帝国兵に『カメレオン』の構成員が紛れている可能性もある。
その場合、ノア様の情報があちらに漏れる可能性すらある。
捕虜を抱えるのは、メリットがないどころかデメリットだ。
「明日の朝辺りに、クロが最高位魔法をもう一度放つか、オトハの毒ガスで全員殺しておきなさいな」
「かしこまりました」
「それと、逃げた帝国兵は?」
「途中で確認した限りでは、七人ほど逃げたようです。正確には逃がした、ですが」
「そう。そこから情報が伝われば、連中は私を殺そうと躍起になってくれるでしょうね。そうなれば好都合よ、来る敵を返り討ちにして、帝国の防衛が脆くなったところを一気に侵略するわ」
ノア様はもう見慣れた悪い顔を浮かべて嗤っていた。
その顔を見て変態が若干一名涎を垂らしていたけど気にしないことにする。
「何か気になったこととかはあるかしら?あるなら遠慮なく言ってちょうだい」
「お嬢様、私から一つ」
「はい、オトハ」
「実は、私たちが希少魔法を使う、という話が、断片的に帝国に漏れている可能性がありますわ」
ノア様は微笑を崩し、少し表情を硬くした。
「どういうことかしら?」
「ランドが独り言で呟いていたのですが、リーフが私たち側近に気を付けろとランドに忠告していたようですわ。彼は気にも留めなかったようですが」
「ふぅん。どこから漏れたか、っていうのは簡単ね。カメレオンの連中が嗅ぎまわったのでしょう」
「いかがなさいますかお嬢様、対策を考えますか?」
「そうね………」
ノアは顎に手を当てて少し考え、再びその顔を笑ませた。
「いえ、問題ないわ」
「問題ないんですの?」
「ええ、理由は二つ。一つ、あなたたちが魔法を使えるという話を、そもそも一部を除いて多分ほとんどの人間が信じない」
「ああ、たしかに」
帝国の劣等髪への差別は大きく、惨い。
人間としてすら見ていない節がある劣等髪、蔑みと嘲笑の対象であるわたしたちが魔法を使えるなんて話は、七人ぽっちが話した程度じゃほぼ誰も相手にもしないだろう。
勿論、過信はよくないけど。
「二つ、信じた人間がいたとしても、対処法が相手にはわからないでしょう」
そう、それだ。
わたしたちがどんな魔法を使えるか、というのは知っていても、魔導書があちらの手持ちにない以上、明確な対抗策を練る術が相手にはないのだ。
つまり情報漏洩自体はそこまで気にしなくていい。
むしろ、それを聞いて敵討ちに無謀な戦いを挑んでくるような連中がいれば万々歳だ。
だけど、それを踏まえても厄介な問題がある。
「ランドに忠告した者が、リーフ・リュズギャルだというのが少し引っかかりますね」
「ええ。忠告する、という以上、少なくとも彼女は私たちを警戒しているということでしょう。帝国最強がこちらを侮っていないというのは面倒だわ」
リーフ、帝国最強の風魔術師。
わたしたちが帝国を堕とす際、最大の障害となるであろう敵。
「こっちに関しては対策を考える必要があるかもしれないわね。リーフ、フロム、フェリ、そしてノワール。帝国にはまだ強者が残っているわ。これからはそのレベルが油断を捨てて襲ってくるわよ」
「はい」
「面倒くさいけど、そうとても面倒だけど―――ここから先は、最悪私も出るわ」
怠惰を絵にかいたような存在であるノア様が、ため息をつきながらも「出陣する」と言葉にするとは。
それほど帝国、というよりは、リーフとフロムを警戒しているんだろう。
「さて、じゃあこの話は終わりね。あと何かある子はいる?」
ノア様がそう言うので、今度はわたしが手を挙げた。
「はい、クロ」
「実は先ほどの話なのですが―――」
わたしはさっき、戦場で起きた奇妙な出来事をノア様に話した。
「ランドの死体が消えた?」
「はい」
「実は生きてた、とかじゃねーのか?」
「それはないです、死んだこと自体は確認しました。わたしの闇魔法は抵抗されればされたとわかりますし、確実にあそこで仕留めたはずです」
「てことは、死体が一人で歩いて消えたってことか?」
「そんなことあるわけないでしょう。魔法で帝国兵が回収したのでは?」
「逃がした兵の中にはそれらしきものを持っている者はいませんでしたし、他の兵は全員捕虜になっていますので、考えづらいですね。それに、目を離したのはほんの数秒だったんです。その隙に跡形も無く」
そこまで重要視することでもないのかもしれないけど、なんとなく気になってノア様に聞いてみた。
するとノア様は、さっき以上に険しい顔をして、椅子に座られた。
「可能性としては、カメレオンの構成員が回収したとかかしら。けどそれならクロの生体感知に引っかかるはず。一億歩譲ってランドが生きながらえていたとして、地中に潜ったのなら可能性は無くはない、けどそれも生体感知で感じ取れないはずがないし………」
「お嬢、そんな、考える、こと?」
「考えることよ、さっきのオトハの話よりもよっぽど。未知ほど計算を狂わす不確定要素はないわ」
ノア様は数分黙ってしまった。
目を閉じてリラックスするように背もたれに体を預け、そしてぱちりと目を開いた。
「可能性は三つ。一つ、ランドが死に際に自分の身に残るなんらかの情報を消すために、死後に土に体が埋まるようにトリガー式の魔法を仕掛けていた。
二つ、第三者、例えばさっき言ったようにカメレオン辺りが数人がかりで、遠隔操作系の魔法で一瞬で死体を移動させた」
そしてノア様は立ち上がり、腕組みをした。
「そして三つ目。まったく別の何者かが、何らかの目的で死体を未知の方法で回収した」
「何者かって、誰だよ」
「わからないわよ、そもそも三つ目の可能性は限りなく低いし。ただその万が一そうだった場合」
「そうだった場合?」
「この戦争、ちょっと面倒が多そうよ」
***
「あ、メロッタ?ランドの死体回収出来たよー」
『そうか、お疲れ。ノアマリーに見つかってないだろうな?』
「このリンクちゃんがそんなへまするわけないでしょ?ホルンのボケナスじゃあるまいし」
『ボケナスって………。まあいい、しっかり保存してこちらに運んでくれ。主君様の御命令だ』
「うえー、超絶美少女なリンクが死体持ってる絵面ってどうよ?ホルン呼んでよ、あいつならぴったりじゃん」
『いや、あいつも忙しくてな。だからわたしが受けとるんだ』
「なんでメロッタなの、せめてお姉様直々に来てくださればいいのにぃ」
『主君様も現在は表立って動けないんだ、仕方が無いだろう』
「はぁ、わかったわよ。お姉様に会いたいなぁ、しばらくお顔を見れてない」
『わたしもだ、我慢しなさい。早くそれを届けてくれ、そうだな、明日の正午に落ちあおう。場所は―――』