第118話 復活
『なっ………なんだこの力は!?』
「おうおう、どうした?蔑んできた劣等髪にのされてプライドが傷ついたか?」
ルシアスの凄まじい膂力で、岩巨人の左手が吹き飛び、腹の部分辺りまで斬撃が食い込んだ。
瞬時に再生されるが、今のでかなりの魔力をランドも使った。
「まだ再生するんですの?面倒この上ないですわ」
「さすがは四傑、実力は油断できねえってことだな。下の実力でもこのレベルとは、最強のリーフってのはどんだけ強いんだ?」
再生した岩巨人の腕を空間魔法で躱し、再びルシアスが攻撃を加えようとする。
しかし岩巨人の肩から石柱が飛び出し、慌ててルシアスは地面に転移した。
「おいおい、形状も変えられるのか!」
「私たちの地面を操ってこないのを見ると、おそらくあの巨人を出している間は他の魔法が使えないんですわ。ですが形はある程度変えられるとなれば、少し厄介ですわね」
「だがあれは多対一戦闘向けの魔法だな。強者を相手にするには向いてねえよ」
「ええ、たしかに」
そう、ランドの土魔法は極めて雑魚狩り向きの魔法だ。
岩巨人は普通は破壊できないのだから、一度発動してしまえばあとは狩り放題。
高位魔術師にさえ気を付けていれば絶対に負けることは無い。
しかし、オトハ相手に岩巨人を出してしまったのが愚策だった。
オトハを侮り、圧倒的な質量で踏み潰してしまえばいいと考えたランドだったが、オトハは岩を溶かすわ攻撃はドーピングで避けるわで、まったく攻撃が当たらない。
オトハを倒した後、ノアも巨人で倒そうと考えていたランドの失敗だ。
これならば、普通に戦った方が勝機があった。
毒にさえ気を付ければいくらでも不意打ちが出来たのだから。
かといって、今から解除してしまえば、使った魔力が完全に無駄になる。
(クソッ………見くびった)
人は一定の怒りを超えると逆に冷静になるというが、ランドは今まさにその状態だった。
手塩にかけて育てた赤銅兵団を潰された怒り、死ぬほど嫌っているリーフの忠告が間違っていなかったというむかっ腹、攻撃が全く当たらずこちらには全弾命中している苛立ち。
それらすべてが、どうやったら復讐できるかという思考をフル回転させていた。
『仕方がねえ、か』
「あん?」
「何か言いました?」
『認めてやる。てめえらは強い、俺より強い。どんな裏技使ったのかは知らねえけど、劣等髪って今まで馬鹿にしたことは謝る。
………だが、俺も四傑の端くれ、帝国の守護者だ。こんなところで、つまずくわけにはいかねえんだよ!』
ランドはそう言って、自らの全魔力を解放した。
元々巨大だった岩巨人は、さらに二倍近く巨大になった。
無骨だったその姿は、まるで甲冑を身にまとった騎士のように洗練された形となり、その手には剣と楯を持っている。
『《巨神兵》、俺の最大の魔法だ。リーフを倒すための奥の手だったが、やむを得ん』
ロックナイトと呼ばれた巨人に矢が飛んだ。
オウランが危険を察知し、真っ先に矢を飛ばしたのだ。
しかし、巨人の体には少し突き刺さっただけだった。
『無駄だ。何故矢にこれほどの威力があるのかは知らねえが、ロックナイトの装甲は鉄を遥かに凌ぐ!』
遠くでオウランが歯ぎしりする。
オトハとルシアスは少し呆然としたが、瞬時に思考を切り替えた。
「どうするよ、これ?」
「さ、さすがにこれほどの大きさになられると、溶解液で溶かしきるのは難しいですわね」
「だよなあ。俺もちょっと厳しいかもしれん」
ランドのこの魔法は、彼が長年をかけて最近習得したものであり、彼しか知らなかった。
その消費魔力と威力は最高位魔法にも匹敵する。
「少し見くびりすぎましたわね」
「ああ、ちょっと舐めてたな。どうするよ」
ここまでのサイズになられると、さすがのオトハも相性が悪い。
ルシアスの膂力も、ここまでになると吹っ飛ばすほどの力ではない。
二人とも負けることはないが、決定打がないのだ。
「他の二人を連れてきます?」
「ステアは相性最悪だ、オウランもあそこから狙撃しか攻撃手段はねえ。大して変わらねえよ」
「そうですわね………」
二人がため息をつくと、ロックナイトが腕を振り上げた。
剣による攻撃、オトハとルシアスは直前で躱した。
しかし、その剣の衝撃は避けた先にも及び、オトハは吹き飛ばされ、ルシアスはその場にとどまるのが精いっぱいだった。
それにとどまらず、ロックナイトの剣は地割れを引き起こし、その先にあったクロが殺した千人以上の死体を飲み込んだ。
『許せ。こいつらを殺したら、必ず家族の元に送り届ける』
強い。
オトハも、ルシアスも、ステアも、オウランも思った。
遠目から見ていたノアすら、感心するように目を細めた。
「けほっ、けほっ………まったく、ドーピングがなかったら死んでいたかもしれませんわ」
吹き飛ばされながらも、瞬時に受け身を取って軽症で済ませたオトハだったが、それでもこの戦争が始まって初めてのダメージを負っていた。
「はっ!しかしこの怪我があれば、治るまでお嬢様がつきっきりで………!?あはぁん、そんな、お嬢様ぁ!」
本日も平常運転で体をくねらせるオトハだったが、ノアは傷を治せるということを忘れているようだ。
「しかし、どうするべきでしょうか。このままでは攻撃を避けて溶解液を撃って再生されてまた攻撃されて―――いたちごっこですわ」
オトハは少し冷静になって考えた。
このまま自分とルシアスが同時に戦っても、死ぬことはないと思う。
しかし相手のロックナイトは、いかなる攻撃も再生する。
魔力を使わせるという面で見ればこのまま攻撃を続けるのも悪くはない。
けど、おそらく完全に向こうが魔力切れになる前に、こっちのドーピングが切れる。
副作用は毒劇魔法の特性で完全無効化できるけど、連続して使うとさすがに効果が薄まる。
そうなれば、自分は足を引っ張ってしまう。
そうなる前に決着をつけたい。
短期間であの巨人を倒せる、あの装甲と再生能力をものともせずに対応可能な魔術師。
最もロックナイトと相性が良さそうな者は―――。
「これ、何が起こってるんです?」
「え!?」
突然後ろから声がして、オトハは振り向いた。
そこには、オトハの頭に浮かんだ、最もロックナイトの相手にふさわしい人物。
***
「クロさん!?」
「はい、クロですが」
魔力がある程度回復したので、起きてきたんだけど。
これは一体何だろう。
「オトハ、状況説明を」
「あ、はい。あれはランドの魔法ですわ。すみません、情報以上に強くて仕留め切れませんでした。あの中にランドがいるため、ステアの精神魔法も通用せず、装甲はオウランの弓を防ぐほどで、しかも再生するというおまけ付きで、どうしようかと悩んでいたところでして」
「なるほど」
把握した。
わたしは自分の魔力の調子を確かめる。
最高位魔法一発で随分魔力を持っていかれたけど、寝て回復したおかげで半分以上は残っている。
あの巨人、帝国兵には向かっていない。
ランド自身が仲間をある程度大切に思う気質なんだろう。
ということは、動き自体は結構制限されるか。
「オトハ、ルシアスとステアを連れて離脱してください。わたしが仕留めます」
「あ、はい、わかりましたわ」
最高位魔法は使えないけど、それに準じる魔法であれば魔力を振り絞れば使える。
『なんだ?今度は黒髪か』
「はい、クロと申します。短い間ですが、お見知りおきを」
『金髪の従者が黒髪とは、笑えねえ冗談だ。だが俺はもう油断しねえ。どうせお前も魔法を使えるんだろ。なら、全力で殺す!』
巨人の剣がわたしに向かってくる。
けど、わたしは既に魔法を終えている。
「《魔法削除》」