第117話 オトハvsランド
「なんじゃありゃあ」
帝国兵に囲まれている状態で無双していたルシアスが、凄まじい音に驚いて振り返る。
「なに、あれ?」
操り人形にした帝国兵で周囲を阿鼻叫喚させていたステアが、真正面に見える土煙に首をかしげる。
「なんだあれ」
移動しつつ弓を撃ち、敵兵を順調に殺していたオウランが遠くを見つめて弓を引く手を止めた。
「うおおおおお!!ランド様だ!」
「ランド様!ランド様の巨人魔法だあ!」
「万歳!ランド様万歳!」
唖然としているノアの側近たちと対照的に、混乱と絶望の極致にいた帝国兵たちは一気にその顔に喜色を浮かべた。
「ランド?あれの使い手が皇衛四傑の一人ってか。ほーお、コイツはすげえや」
「ルシアス」
「おお、ステアか。順調そうだ何よりだ。それよりあれ、どうするよ」
ルシアスが巨人に呆気に取られていると、右側を制圧したステアが中心までやってきた。
百人以上の生気がない顔をした帝国兵を引き連れるその姿にルシアスは軽く仰け反ったが、ステアはお構いなしと言うように話を続ける。
「ルシアス、倒せない?」
「まあ、倒せるっちゃ倒せるとは思うぜ。時間かかるけどな」
「私、相性、悪い」
「だろうな、あれじゃあ術者がどこにいるかわからねえ。精神魔術師はきついだろ」
「でも、大丈夫。さっき、チラッと、オトハが見えた」
「なんだよ、アイツもう向こうの相手終わったのか?早えなあ、さすが広範囲殲滅最強だ」
ルシアスは感心するようにつぶやいた。
「は、ははは!お前らもう終わりだあ!」
「何をしてるのかは知らねえが、ランド様に勝てるわけねえ!」
「そうだ!お前らはこれから生まれたことを後悔するほどの屈辱と痛みを」
「うるさい」
ステアが煩わしそうに指を向けた。
向けられた男は近くの他の兵士に抱き着き、自分ごと自らの土魔法で地に埋まっていった。
「ルシアス、あいつ、あそこに」
「ん?あの赤髪を上空に転移させりゃいいのか?」
「そう」
「何を企んでるんだか。まあいいけどよ」
ルシアスはステアを信用し、赤い髪をした男を敵兵の真ん中あたりの上空に転移させた。
「何をしようと」
「ドーン」
―――ドーーン!!
男は自爆魔法で派手に爆ぜ、敵兵も一気に減った。
「ちょっと、静かになった」
「お前、あんな方法で敵倒してきたの?」
「………?そう」
ルシアスはノアに言われた、『ステアはいい子だけど誰よりも容赦ないし、私にとってはいい意味で、他人にとっては悪い意味でイカれてるのよねえ』という言葉を思い出していた。
(まだ十一歳だろ?本気で将来が心配になるぜ)
ルシアスは密かに心の中で、爆発していった魔術師たちに合掌するのだった。
―――ドオオオン!!
―――ズガアアン!!
岩巨人はオトハを潰そうと、見た目とは裏腹に機敏な動きで何度も攻撃を繰り出していた。
『クソッ!いい加減潰れやがれ!』
「お断りしますわ、お嬢様を殺すなどと抜かしたのに私如きも殺せない愚図が、一端なのは口だけですの!」
ドーピングで身体能力を一気に強化しているオトハは、ルシアスほどではないにしろ素晴らしい動きで敵を攪乱し、攻撃し続けている。
オトハの溶解液、鉄すら溶かすほどの威力を持つものを岩巨人にぶつけ、ところどころを溶かしている。
これだけ大きい的だ、当てるのも狙いを定めるのも隙を作るのも容易。
なのだが、一つ大きな問題があった。
『馬鹿が!どんだけ壊しても無駄なんだよ!』
「ちっ………」
思わず舌打ちをするオトハを他所に、岩巨人はなんと削った部分を再生してしまった。
粘土で補強するように傷口が蠢き、補強されてしまうのだ。
『てめえが不思議な力を持ってんのは分かった。それが魔法かもしれないってことも癪だが考えてやる。だがそれでも、俺にとっちゃ取るに足らない存在だったってことを、あの女に知らしめてやらなきゃならねえんだ!』
「何の話ですの?」
オトハが少し戸惑い、その隙をランドが突く。
間一髪で飛来してきた岩を躱したオトハは、そのまま少し距離を取った。
「お嬢様は取るに足らない存在みたいに言ってましたが………」
そのまま憎々し気に岩巨人を見つめる。
「普通に強いではありませんの。どうしたことやら」
ランドは雑魚ではない。
まず、大陸最強国であるディオティリオ帝国で、四傑を務めている時点でシンプルに最強だ。
岩の巨人を作り出し、自分もその中に入ることで攻防一体の自然兵器となるその御業は、土魔術師としては最上の領域に近い存在だと言ってもいい。
しかも岩巨人は地面があり魔力が続く限り瞬時に再生する。
一度でも自分の型に入ってしまえば、あとはほぼ必勝だった。
実力はオトハも一目置くほどではあった。
「まあ、負けることはありませんわ」
『おらあああああ!!』
しかし、オトハを倒すことはできない。
岩巨人が溶解液で再生するのに無駄な魔力を使うことに対し、オトハはドーピングの身体強化で既に魔法が終わっていること、調合が終わっている毒を撃ち込んでいるだけというのもあって、最低限の魔力で冷静に戦っていた。
戦闘時の頭の速さはクロやルシアスも上回るオトハは、状況を少しずつ分析していた。
(この魔力、発動の時間、大きさなどから推測すると、ランドの魔力は数値にして120といったところでしょうか。この魔法もオリジナルの魔法だけあって最高位魔法に近い威力ですが、高位魔法の域は出ていない。ということは残った魔力は半分ちょっと、というところですわね。それと再生の速度が微妙に遅くなっている気がします。以上のことから考えると―――)
オトハは動きを止め、不敵な目で巨人を見据えた。
「要するに、再生できるだけの魔力が尽きるまで攻撃し続ければいいだけですわ」
非常に脳筋な考えだが、間違ってはいない。
最も、それが出来るのはオトハが毒劇魔術師だからこそだが。
ランドの岩の巨人は、創成と同時に外皮の密度が一気に固められるため、並大抵の魔術師の攻撃では傷一つつかない。
炎魔法や同系統の土魔法は勿論、水魔法や風魔法にも耐性があった。
多対一で一点集中攻撃して、苦労して穴をあけてもすぐに再生される、敵にとっては悪夢とも呼ぶべき存在だ。
しかしオトハの毒劇魔法は『溶解』であり、物質である以上それに逆らうことはできない。
「ランドが中に入っているということは、中の一部が空洞になっているということでしょうか。ガス攻撃は望み薄。ということはタイプ14と26を使いますか。あとは試作段階ですが96を液体に」
『死ねえええええ!!』
「おっとぉ!?ちょ、人が考え事をしている時に攻撃するのはマナー違反ですわよ!」
とはいえ、オトハとランドの実力差はそこまで大きくない。
この段階ではまだ、ランドのどんでん返しもあり得た。
だが、ここで状況が変わった。
「おーう。やってるかオトハ」
「あらルシアス、終わりましたの?」
「ああ、まあ若干のこっちゃいるけどな。そっちは今ステアとオウランが対応してるぜ」
「そうですか。じゃあこっち手伝って頂けます?私だけではちょっと時間かかりますわ」
「はいよ」
岩巨人と同等の大きさの魔物、クライマックス・ベアを転倒させるほどの膂力を持った物理の化身、ルシアスがきてしまった。
『増援か。だが俺の』
「うおらああああああ!!」
『どわあああああああ!?』
ルシアスの勢いよく振った大剣の一撃が、岩巨人をバッサリと切り裂いた。