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第116話 土魔術師最強

「………なんだよ、これ」


 ゼラッツェ平野に進軍してきた帝国軍、その最後方でぽつりとつぶやいた男がいた。

 この兵団の大将格、赤銅兵団を纏める帝国最強の一人。

 皇衛四傑の一角、土魔術師ランドだ。


「げ、現在の被害状況は、最初に謎の王国の魔法兵器と思しき黒い光で千二百人余り、さらに三方向からの未知の攻撃で既に三千人以上が死傷していると推定されます。そ、そ、それと、未確認の情報ですが、後方でかの光魔術師、ノアマリー・ティアライトを確認したと………」

「クソッ!なんだ、王国の連中は何をしやがった!?」


 ランドは頭を抱えていた。

 計画では、既に陣取った王国軍を蹴散らし、意気揚々と平野を抜けている頃だったというのに。

 ―――落ち着け、考えろ。なにをされた?


「ふーっ………悪い、少し取り乱した」

「い、いえ!ランド様のせいではありませぬ!」

「それで、敵の数は何人だ?あちこちで爆発が起きてるが、相当な実力の炎魔術師がいるのか。俺が出るぜ」


 ランドは気を取り直し、落ち着きを取り戻すように深呼吸をした。

 ここからはよく見えないが、恐らく相手は少数精鋭の凄腕魔術師が百人くらい来ているんだろう、それくらいならば俺の魔法で圧殺できる、と。

 そう、ランドは考えていた。

 だがその儚い幻想は、簡単に砕け散った。


「そ、それが………」

「あん?どうした」

「その、たわごとかと思われるかもしれませんが」

「思わねえよ。早く言え」

「て、敵の数は、たったの三人………」

「―――あ?」

「た、たったの三人です。それと、おそらく弓使いが後方に一人、計四人。しかも確認されている三人は、全員が」

「全員が、なんだ」


 伝令の男は顔を真っ青にして言い淀み、決心をしたように報告した。


「全員、劣等髪だそうです」

「………はあ?」

「か、監視役の水魔術師が、あまりの惨状に気絶する寸前に必死に訴えかけてきました」

「あのなあ………」


 ランドはあまりの言い分に腰を抜かしそうだった。

 劣等髪が魔法を使えない、その常識は千年近く語り継がれてきた世界の常識だ。

 唐突に『水は液体じゃない』と言われたようなものだ。ランドが呆れるのも無理はない話だった。


「劣等髪が三人で?この俺の誇る赤銅兵団を圧倒?冗談も大概にしろよてめえ」

「ひぃっ。しかし監視の友人が」

「見間違えに決まってんだろ。ったくバカなことを言ってる暇があったら」

「ほ、報告っ………」


 ランドが伝令を叱りつけようとする直前に、天幕に血だらけの男が入ってきた。

 というか全身に大やけどを負い、もう助からないと誰もが見て取れた。


「どうした!」

「ランド様、て、撤退を………!あの、水色の、子供………化け物………」

「落ち着け、何があったか説明しろ!」

「気を付け………劣等髪………あの子供は、あなた、すら………」


 それだけ言い残し、男は力尽きたように倒れ、死んだ。


「………………」

「ラ、ランド様」

「………ざけんな」

「え?」

「ふざけんな!劣等髪が攻めて来てるだと?んなことあってたまるかよお!」


 ランドは劣等髪、圧倒的な実力、ノアマリー・ティアライトという三つの要素で、一年ほど前にリーフが言っていた言葉を思い出していた。


『ノアマリー・ティアライトの四人の従者、彼らには気を付けた方がいい』

『ノアマリー・ティアライトは各地から劣等髪を集め、自らの側近にする変わり者』

『その劣等髪たちは未知の魔法を使うことが出来るという噂が、王国で流れている』


 ランドはリーフが嫌いだ。

 圧倒的な実力差さえなければ、既に殺しているのではないかと自分でも思うほどに。

 そのリーフのあの言葉を、自分が笑い飛ばし、リーフを臆病者だと嘲ったあの時の言葉が。


「あの女が正しかったってか?ふざけるんじゃねえ、俺は認めねえぞ!」

「ラ、ランド様!?」


 ランドの脳裏に、リーフ・リュズギャルの姿が浮かぶ。

 同時に彼女の父親の姿も。


 元々スラム街出身だったランド。

 泥水を啜り、パンを盗み、裕福な人間から金を奪う、そんな生活を続けていた彼を救ったのは。

 リーフの実父、ウェントゥス・リュズギャルだった。

 皇衛四傑としてフロム・エリュトロンと共に長い間帝国に仕えた彼は、ランドの類い稀な素質を見抜き、自らの軍に加えた。

 ランドはその恩に報いるために無我夢中で働き、ついに彼と同じ皇衛四傑の一人に数えられた。

 やっと肩を並べて戦える。やっと恩に報いることが出来る。


 そう思った矢先だった。ウェントゥスが死んだのは。


(リーフ………父親を殺したにもかかわらず、フロムの爺さんと陛下の推薦で四傑になりやがったクソガキっ………絶対に認めねえ!)


 ランドはリーフの事情も、何故父親を殺したのかも知らない。

 ただ、自分の尊敬する人間を殺した。

 彼に取って、リーフを嫌うにはそれだけで十分だった。

 だからこそランドは、リーフに戦いを挑んだ。

 自分が勝ったら四傑の座を捨て、罪を償えと。


 結果は惨敗。

 ランドは一撃たりともリーフにダメージを与えられず、それどころか本気すら出して貰えずに完膚なきまでに叩きのめされた。

 ランドが弱かったわけでも、調子が悪かったわけでもない。

 単純に、リーフが強すぎた。


(フロムの爺さんと互角とか言われてやがるが、間違いなくあの女の方が強え。だからこそ俺は、アイツを今までどうすることも出来なかった。だからこそここで武勲を上げて、陛下にあの女の四傑除名と親殺しの罪の摘発を打診したかったのに、何だこのざまは!)


 ランドはかつてない屈辱に身を焼かれ、もう発狂しそうだった。


「ランド様、ランド様!」

「なんだ!」

「あ、あれ………」


 部下の指さした方向をランドが見ると、そこには。


「ぎ、ぎゃああああ!!」

「げぼっ………ぐ、ぐるじ、だずげ………」

「まったく、人間て無駄にしぶとくて面倒ですわ。どうせ死ぬんですから、最後くらいは潔く眠ったように死ねませんこと?私、人間の苦しむ音の周波数とか苦手なんですの」


 迫るランドの部下たちを、まるで汚物を見るような目で見ながら腕を振り上げ、ただ歩くだけで人を苦しめ殺している、悪夢の具現化のような光景の少女だった。

 ピンク色の髪にあどけない顔立ち、金色の小さなイヤリング。

 来たのはオトハだった。


「あら、私が一番ですの?てっきりルシアス辺りが先に来ているものかと」

「………てめえ、なんだ」

「誰です貴方、人に名を訪ねる時は自分から名乗れと、親に教わりませんでした?」

「教わってねえよ」

「あら奇遇ですわね、私も教わってませんわ」


 ランドはふざけたことを言い始めるオトハに殺意を抱き始めたが、必死に抑えて名乗った。


「俺はランド。皇衛四傑の一人だ」

「ランドって………ああ、あなたが。じゃああなたを殺せば、このウザったい兵士たちをいちいち相手にしなくて済むんですのね?」

「てめえ劣等髪ごときが、この俺に勝てるとでも思ってんのか?どんなトリック使ったかは知らねえが、雑魚がちょっと力を付けたからって調子に」

「タイプ76を調合。《気体化(ヴェノムガス)》」


 前口上や決闘形式などまったく興味を持たないオトハは、不意打ちでランドに攻撃した。

 広範囲に毒ガスがまき散らされ、マトモに吸ってしまった人間は即死。

 オトハが毒使いだと察知し、いち早く口を抑えた人間の中にも、僅かに吸ってしまって全身がマヒし、結果的に死んだ者がいた。


(まあ、四傑クラスならこの程度死ぬとは思えませんが、このガスは皮膚からも浸食する。少しでも麻痺すればあとは簡単ですわ)


 しかし、オトハは少し、ランドを舐めていた。


「調子にいいいい、乗るなあああ!!」

「っ!」


 突如、オトハの元に巨大な投石が繰り出された。

 ドーピング薬で身体強化していたおかげで回避できたが、念を入れていなければ重症だっただろう。

 オトハの毒ガスが霧散し、万が一にもルシアスやステアが吸わないように無毒化させた直後、巨大な影がオトハの眼前に見えた。


 そこにいたのは、全長二十メートル以上にもなる岩の巨人。


「認めねえ、認めねえぞ!ノアマリー・ティアライトの側近がなんだ、光魔術師が何だ!この俺が全員ぶっ殺して、取るに足らない存在だとあの女に証明してやる!」

「言ってる意味は分かりませんが………お嬢様を殺す、ですってえええ?」


 オトハは怒りのあまり獰猛な笑みを浮かべ、体の中でいくつもの溶解液を生成した。


「ぶっ殺すはこっちのセリフですわ、でくの坊が!」

「帝国最強を舐めるんじゃねえぞクソガキがああ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 気のせいです、単純にランドが弱過ぎだと思いますw
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