第113話 最悪の天敵
「よし、命中」
五人の側近の中で最も器用で、かつ五感が鋭いオウランの矢は、彼が狙った場所に寸分違わず命中した。
「十二人貫けると思ったのに、十一人か。届くまでの時間も計算しなきゃならないのを忘れてたな。風に関しては計算しなくていいから、飛距離と秒速を算出して―――」
頭の中で想像と現実の誤差を修正し、再度弓を引く。
次に放った矢は、一気に十五人を刺し貫いて止まった。
「物理耐性が少し甘いか?いや、僕はクロさんやノアマリー様と比べて魔力が少ないから、これ以上込めるとすぐに切れる。これくらいが無難だな」
矢はまだ百本以上ある。
このままの勢いで貫けば、千人以上を殺すことは可能と考えたオウランは、第三矢をセットした。
オウランの矢は、一本一本に《物理耐性》《風耐性》を付与して発せられている。
これにより、強風の中でも真っ直ぐに飛び、敵を貫いても止まらない、異常な威力の矢が生まれる。
速度はともかく、矢の一本一本自体が、ノアの使う中位魔法以下の光魔法の威力を上回っていると言い換えれば、その恐ろしさが伝わるだろうか。
「よし、良い感じに混乱してきているな。これを続ければ、アイツらも楽に仕留められるだろ」
満足そうに頷いて次の矢を準備するオウランだったが、それは一時中断せざるを得なくなった。
オウランに向かって、幾つかの魔法が飛んできたのだ。
矢の飛んできた方向から、居場所を察知されたらしい。
距離も離れている、姿を発見されたわけではなさそうだが、それでも数発はオウランの被弾しかねないところまで来ていた。
「《自己強耐性付与・四大属性》」
しかし、いかに攻撃をしようと、あらゆる耐性を操るオウランには一切通用しなかった。
「こんな低魔力で僕が倒せるか。しかもこの距離だぞ、魔力も萎む。完全耐性を付与するまでもない」
オウランの耐性魔法は攻防一体の万能型だが、どちらかといえば防御でこそ真価を発揮する。
本気で守りに入れば、クロやステア、下手すればノアすら容易には貫けない鉄壁の防御力。
雑兵程度が貫けるはずもない。
オウランはお返しとばかりに矢を放ち、それもまた十数人の命を容易く刈り取った。
「僕はこのまま戦っていれば大丈夫だな。さて、他の三人は大丈夫か?」
***
オウランが遠距離無双をしている間、オトハは考えていた。
(ここで戦果を挙げれば、お嬢様との婚姻を結ぶ良い足がかりになります。ということは私がここでするべき最優先は、誰よりも多く敵を殺し、お嬢様に満足していただくこと!)
こんな時でも平常運転なオトハだったが、さすがに敵が目の前に見えてきたことで頭のスイッチを切り替えた。
オトハの耳にも、帝国軍の混乱が聞こえてくる。
「な、ななな何が起こったんだ!?あの黒いのは何だったんだ!」
「今ので軽く、千人は死んだぞ………!?」
「落ち着け!あのような攻撃が連発できるわけがない、今すぐに体制を整え゛っ」
「え?………う、うわあああ!?」
小隊長と思しき男にオウランの矢が突き刺さったのを見て、オトハは双子の弟の健闘を誇らしく思う一方、乗り遅れたことに歯がゆさを感じた。
「私も負けてはいられませんわね」
「………ん?おい、なんだあいつ?」
「ピンク色の劣等髪?なんで劣等髪なんかがここにいるんだよ」
「どっちでもいいだろ、王国の人間であることには間違いない!殺せ!」
半ばパニックの状態で、オトハに帝国兵数名が迫る。
何もわからない未知の攻撃、だが希少魔法の存在を知らない帝国兵は、それが自分たちが嘲笑してきた劣等髪によってなされたとは毛ほども思っていない。
だからこそオトハを弱者と思い込み、王国に対する報復の第一歩としようとした。
「タイプ72を調合。《劇毒注射》」
だが、彼らは相手にする人間を間違えた。
オトハに迫った人間全員に、一滴にも満たない量の毒が高速で打ち込まれた。
オトハのタイプ72は、キリング・サーペントなどの蛇の神経毒を基に作られた、致死量0.1ミリグラム以下の超猛毒。
それを血管に直接撃ち込まれた兵士は、一瞬で全身が麻痺、呼吸停止の憂き目にあい、数秒で死んだ。
「………は?」
「な、なにしやがったあのガキ!?」
オトハの毒劇魔法の恐ろしさは、戦闘面における燃費の良さにある。
オトハは意識がある時間の多くの場面で、体内であらゆる毒を生成・調合・実験している。
ノアに抱き着こうとしている時も、ステアと喧嘩している時も、魔導書を読んでいる時も、馬鹿なことを口走っているその裏では常に頭を高速回転させ、独自の毒の公式を編み出し、様々な効果がある薬や毒のラベリングを行っている。
そして、一度調合に成功して勝手がわかってしまえば、必要最低限の量のみを生み出して使用できるのだ。
つまり、ほんのわずかな魔力で致死性の毒を連射できる。
広範囲攻撃の場合は大量の魔力を消耗するが、数人相手する程度なら全体の魔力の百分の一も使わない、希少魔法の中でも最大級の燃費の良さを誇る魔法、それが毒劇魔法だ。
「さて、では手っ取り早く行きますわよ。さっさと皆殺しにして、お嬢様にほめていただき、そして罵っていただくのです♡《沼蛇の吐息》」
可愛らしい外見からは想像もつかないような苛烈な発言と魔法。
オトハから発せられた、無味無臭のガス。
しかしそれは、一息吸えば全身から血を噴き出して死ぬ、出血性の猛毒ガスだ。
気づかずに吸い込んでしまった数百人がその場で死んだ。
「な、な、なんだ、なんなんだよお!?」
「これは、まさか毒ガス!?風魔術師は全員っ」
老兵も新兵も関係なく、未知の魔法によって命を奪われていく。
「ま、まさか、お前がやっているのか………?」
「ここまでやってようやく気付く辺り、本当に帝国って差別意識高いですわね。まったく反吐が出ますわ」
「お、おい、コイツだ!コイツが元凶だ!」
「手加減するな、どんなトリック使ってるかは知らないが、魔法みたいなことをするぞ!遠距離から確実に仕留めろ!」
次々に生き残った魔術師が魔法を構築し始める。
しかし、オトハは涼しげな顔だ。
「《火ノ球》!」
一人の魔術師がそう唱え、魔法を放った瞬間。
周囲一帯が大爆発を起こした。
火や爆発に耐性のある炎魔術師と、あらかじめこうなることが分かっていたオトハ以外、爆発に巻き込まれた人間は全員即死だ。
「まあ、可燃性ガスの近くで火なんか使ったら、こうなるのは必然ですわ」
そう、オトハの先ほど放った毒ガスは可燃性。
オトハが頃合いを見て無毒化させたことによって周囲の被害は消えたが、ガス自体は残留している。
オトハは炎魔法を使わせることによって、たった一度の高位魔法でクロに近い被害をもたらしたのだ。
広範囲に対する殲滅攻撃、ことこれに関してはノアすら上回る力を持つオトハにとって、この程度は造作もないことだった。
「ひ、ひい、ひいい………!?」
「な、なんなんだ、なんなんだよおお!」
「なんでこんなことに!」
生き残った炎魔術師も、無傷のオトハの姿を見て完全に状況を察した。
自分たちが見下していた劣等髪が、恐ろしい力を身に付けて自分たちに復讐しに来たのだと。
「クソッ、クソッ!ただで殺されると思うなよ、ガキがあああ!!」
しかし一人の勇敢な炎魔術師が、オトハに向かって意気込んで見せた。
オトハはこの状況で自分に向かってくる男に感心を―――。
(めんどくさっ。こういう暑苦しいタイプが一番苦手ですわ)
するわけがなかった。
「《熱光線》!」
放たれたのは、熱を収束して放つ炎の高位魔法。
広範囲に対して炎魔法を放てば、再び爆発する恐れがある。
だからそのリスクを少しでも減らすため、体積が小さい魔法を放ったのは間違いではない。
だが。
「………レーザー、ですって?」
その言葉が、オトハに逆鱗に触れてしまった。
放たれた光線はオトハの怒りに反応するように掻き消え、オトハの服を焦がすことすらできなかった。
「なっ、なにをした!?」
「クロさんの『異世界の知識』、役に立ちますわね」
オトハの毒劇魔法は、有害なものを操る魔法。
それにクロの知識が加わることで、オトハの毒劇魔法は、魔法の全盛期だった千年前の毒劇魔術師よりも汎用性が高まった。
クロがオトハに教えた異世界の知識とは、すなわち『空気の構成成分』だ。
空気は、窒素、酸素、二酸化炭素、水素などによって構成されているが、これはどれも単体で摂取すればただの猛毒だ。
毒、つまり有害なもの。
オトハはそれを知ったことによって、空気すら操れるようになってしまったのだ。
そして空気を操れる以上、窒素や二酸化炭素を炎にぶつけてしまえば、炎はその燃焼性を失う。
可燃性ガス、空気操作による鎮火。
オトハは、炎魔術師にとって最悪の天敵となってしまった。
「さて、あなたさっきなんて言いました?レーザーですって?」
「カハッ………!?」
魔法を撃った男が首を抑えて苦しみだす。
オトハが空気の含有率を操作し、真空を作り出しているのだ。
「レーザー、光線。あなた如き雑魚が、我が最愛のお嬢様の魔法の名を冠した技を使うですって?」
「がっ………ああ………」
「身の程を知れ、ゴミが。………ですわ♡」
オトハはそのまま男を殺し、迫りくる帝国兵たちを見た。
「ふ、ふふふ………あーっはっははっはあ!いいですわよ、かかってきなさい!世界一尊い存在である私のお嬢様の身を狙う帝国の畜生共、全身から血ぃ噴き出して生まれてきたことを後悔しながらくたばるといいですわぁぁああ!!!」
怒りと満足とノアの妄想でハイテンションになってしまったオトハは、その勢いで敵兵に突っ込んだ!