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第10話 必死の懇願

 洞窟を抜けたわたしは、近くにあった大きな木の枝を杖の代わりにして、亀のような速度で来た道を戻っていた。

 途中、少しずつ自分に芽生えた力を試してみる。

 今のわたしは、どうやら本当に小さな植物を枯らす程度の小さな黒球を出すか、もしくは全身に力を入れて一気にオーラのようなものを放出することしかできないみたいだ。

 ちなみにそのオーラはどれほどの威力なのかというと。


「う、うわっ………」


 自分の周囲、半径三、四メートルくらいの植物が完全に枯れ果てた。

 とはいえ、おそらくこのオーラや球にはキリング・サーペントを殺した時ほどの力は無い。

 なんとなく、この力はあの時ほど大したものではないとわかる。

 とはいえ、おそらく。


「オーラに触れ続けた人間は、多分死ぬよね」


 徐々に生命力が抜けて、最後には衰弱死かな。

 それとも、すごく息苦しかったり、痛かったりするのかな。

 ああ、楽しみだ。わたしを殺そうとしたあの男たちが、わたしに殺される様を思い浮かべるだけで口元がにやけそうだ。


 全身の痛みをこらえながらも、わたしは少しずつ、前へ前へと進んでいく。




 ***




「………着いた」


 一日以上かけて、衰弱死しそうになりながらも、わたしは気力でかつて追い返された街へとたどり着いた。

 時刻は昼。黒いわたしを紛らせてくれない太陽を出してくるなんて、本当に神はわたしのことが嫌いらしい。

 まあいい、そんなこと分かり切っているし。


「ん?なんだあれ………」

「あれ、何日か前に追い返した黒髪じゃないか?」

「なんかすごい怪我してるぞ。さすがにあれを見過ごすのは良心が………」


 門の前に立つ男たちが何か言ってるけど、わたしの耳には入ってこない。聞きたくもない。


「治療してやるか?」

「この街は髪色至上主義者が多い。だからこそあの時は多少強引でも追い返したんだが、あそこまでの傷を負ってるとなると相当の………」


「………どいて」


 わたしは体を引きずりつつ、オーラを展開した。

 わたしの周囲の色が暗くなると共に、近くの雑草が死ぬ。


「う、うわっ!?」

「なんだこれ!」


 門番の男たちは、わたしを不気味がって距離をとる。

 わたしは構わず、開かれている門の内側へと入っていく。


「お、おい待て………」

「邪魔」


 わたしは男に向かって黒い球を放った。

 非常にゆっくりで、ヒョイと簡単に避けられるものの、怖がらせるのには十分だったようで、男たちはもう、わたしを止めようとはしなかった。


 街にはすでに往来があり、わたしのことを全員見てくる。

 黒髪で、しかも凄まじい怪我を負っているともなれば、珍しいだろう。


「おい、あいつだ!」

「あの時逃がした悪魔の髪だ!」


 その声で前を見ると、そこにはあの時、わたしを追ってきたあの連中のうち何人かがいた。

 丁度いい。こいつらも目障りだ。


「なんでこんな怪我してるか知らんが、好都合だ。黒髪らしい報いってところか?」


 にやにやとしながら縄を持って近づいてくる茶髪の太った男に。


「死んじゃえ」


 わたしは、自分のオーラを浴びせた。


「ん、なんだ………うおおっ!?」


 オーラは太った男の体を包み込み、蝕むように男の体に吸い込まれていった。

 だけど男は、咄嗟にオーラから抜け出して、わたしの手から逃れてしまった。


「な、何だったんだ今のは………まさか、魔法?」

「はは、まさか!黒髪が魔法を使えないなんて子供でも知ってるじゃないか。どうせなんかのハッタリだよ」

「そ、そうだよな。………なんだったんだあの、背筋がぞわってして、大切なものが抜けていくような感覚は」


 なるほど、わたしのオーラは思ったよりも弱いらしい。

 おそらく死を与えるというよりは、寿命を短くするとか、そういう類いの力なのだろう。

 まあどっちでもいい。やることは変わらない。

 なるべく多くの人間を、この力で道連れにしてやる。命を奪ってやる。

 そして最後は、あの三人を殺す。

 その時が、楽しみだ。


 わたしが決意を新たに一歩進み、再びこいつらをオーラで包んでやろうとすると、門の方角から大きな音がした。

 反射的にそちらを振り向くと、その音の正体が分かる。

 馬車だ。二頭の綺麗な馬が、綺麗な装飾をされている車を引いている。


(貴族?)


 だとしたら面白い。

 貴族を、生まれただけで人生勝ち組の連中を殺したとなったら、わたしはどれほど満たされるだろう。

 考えただけで笑いがこみあげてきそうだ。

 だけど、さすがにこの怪我じゃ、いや怪我がなかったとしても、馬車には追い付けない。後回しか。


 しかし、なんと。

 馬車はわたしたちのすぐ近くで停止したのだ。

 貴族の戯れだろうか。黒髪の物珍しさ?それとも群衆が集まっていたことに対する興味?

 なんでもいい。どんな奴かは知らないけど、その命を奪ってやる。


「あの紋章、ティアライト家だよな」

「ああ、そして今外に出てて、今日帰って来たってことは………」

「あの方か!」


 馬車の扉が開くのが辛うじて人の隙間から見えたけど、衆愚に囲まれているわたしは、その貴族の姿を知ることはできない。

 だけどもうすぐだ。もうすぐ、わたしに命を奪われる奴がこっちに来る。


「お、お嬢様!なんなのかは分かりませんが、馬車にお戻りください!」

「平気よ、大げさね。ああごめんなさい、ちょっと通してくださる?」


 お嬢様。俗に言う貴族令嬢か。

 一体どんな―――




 わたしの愚かな思考は、その瞬間に吹き飛んだ。




「!………黒髪、ですって」


 わたしの目の前に突如現れ、驚いた顔をする少女。

 見た目はわたしと同じ、五、六歳くらいの年齢に見える。

 まず彼女を見た者は、真っ先にその髪に目を奪われるだろう。


 彼女の髪色は、金色だった。


 赤、青、緑、茶、それ以外の髪色が劣等髪と呼ばれ、差別されるこの世界。

 だけど、四色の髪色と劣等髪のほかにもう一つ、例外が存在する。

 それが『金髪』。黒髪と並んで希少であり、しかし黒髪とは真逆に、吉兆の証とされる色だ。

 それだけではない。金髪は光魔法と呼ばれる、世界最強の魔法を行使することができる。

 炎も、水も、風も、土もひれ伏すその属性は、攻撃に転じれば防御不可能の光線となり、防御に転じれば、全魔法で唯一、『治癒』の力を持つと伝えられている。

 黒髪とはあらゆる意味で真逆の存在だ。


 しかし、今のわたしにとっては、それすら二の次になるほどに、打ちのめされていた。

 自分の愚かさを恥じ、人を殺そうともくろんでいた自分を憎んだ。



 なぜなら彼女は、あまりにも美しすぎた。



 猫のような目、金髪にこれ以上なく合う碧眼、碌に洗えないぼさぼさな自分の髪と違い、非常にきれいでまっすぐな髪。

 だけど、その顔には、子供とは到底思えない力があった。


 絶対的なカリスマ性。生まれながらにして人を惹きつけ、扇動し、すべてを支配するに足る器。

 一瞬見ただけで理解した。

 彼女こそが王だ。この世界の頂点に立つべき、絶対的存在だ。


 きっとそれには、わたししか気づいていない。否、彼女とあまりにもかけ離れすぎている自分だからこそ、気づいたと言うべきなのかもしれない。

 格が違いすぎる。少なくとも彼女は、わたしが………自分の運命に嫌気がさし、自暴自棄になり、結果として人の命を奪おうと、つい数秒前まで考えていた自分が、傷つけていい存在ではない。

 美しすぎる。生物として、人間として完成しすぎている。


 気がつくと、わたしはその場にへたり込んでいた。

 傷の痛みも忘れ、オーラもいつの間にか消えていた。

 そして、彼女に注目されているのだと気づいた時。

 わたしの口から咄嗟に出た言葉は。


「や、やめて………見ないで、ください………!」


 どうしようもなく情けない、懇願だった。

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