第112話 死の星に願いを
どんなものにでも寿命がある。
これはこの宇宙の摂理であり、星だろうが宇宙だろうが無限というのはあり得ない。
例えば元の世界の太陽系の寿命は残り五十億年だとか言われていたし、オリオン座の一番右下の星が近いうちに寿命で爆発するとか、そんな話も聞いたことがあった。
理科の先生がそういう雑学好きな先生で、よく話していたのを覚えてる。
わたしの最高位魔法《死の星に願いを》は、一言で言えば『あと数秒で寿命が尽きる惑星』だ。
大型惑星を強制的に闇魔法で極小サイズで作り出したと言えばわかるだろうか。
勿論、星というのは例えだ。闇魔法は何かを消すことはできても、闇以外の何かを生み出すことはできない。
あれは闇魔法によって生み出したまがい物だし、闇色の星は数秒で消える。
ただしその消える際、まるで超新星爆発を引き起こすかのように、周辺に闇魔法の魔力を放出・炸裂させてしまうのだ。
範囲にして半径数百メートル。
その空間内における全生物の寿命を強制的に消す魔法。
帝国軍の中心部にそれが落とされ、ものの数秒ですさまじい数の生体反応が消えた。
数値にして約一割。
つまりあの一度の魔法で、千人ほどの人間がこの世から消えた。
「………なんじゃこりゃ」
「い、いや、ものすごい最高位魔法を習得したって話は聞いてたけどさ。こんなんある?」
「私、今本当に心の底から、クロさんが味方でよかったと思っていますわ」
「………惨い」
仲間たちが後ろでドン引きしている中、ノア様だけが満面の笑みで拍手をしていた。
「素晴らしい、素晴らしいわクロ。さすがはこの私の右腕ね。魔法の編纂にあの範囲、80点をあげるわ」
「ありがとうございます。参考までに残り20点は何が悪かったのか教えていただけますでしょうか」
「死の魔力を濃密にする分、範囲を絞りすぎたのがマイナスね。もう少し努力すれば、二千人は殺せたはずよ」
「なるほど。精進いたします」
貧血になったかのように少しふらっとする体を頑張って起こし、ノア様にお礼を言った。
魔力を一気に使いすぎた。しかも反動でしばらく魔法が使えないし、今日はもう最高位魔法は使えない。
魔力を半分以上も消耗してしまった。
そもそも最高位魔法は、余程のことがない限り使わない。
引き起こせる現象は恐ろしく大きいけど、高位魔法とは比較にならないほどに魔力を馬鹿食いするし、隙も大きい。一対一ではまず使えない。
だからこそ、こんな不意打ちじみた方法でノア様は数を減らしたかったんだろう。
「あらあら、見てあれ。帝国軍が大パニックよ。そりゃそうよね、さっきまで隣で仲良く行進していたお友達が千人も一瞬で死んだんだもの」
「ノア様、申し訳ございませんが、わたしは十五分―――いえ三十分ほど休ませていただきます。魔力を少しでも回復したいので」
「ええ、寝てもいいわよ。三十分したら起こすから。さて、あとはあなたたちの番ね。あのパニックに乗じて、あの連中をちょちょいと全滅させてきなさい。ランドに気を付けてね」
ふらつく頭を抑えながら、わたしは天幕へと戻る。
その道すがら、下の方から声が聞こえてきた。
「な、なんだ、なんだよあれ」
「まさか、まさかさっき上にいた黒髪がやったのか………!?」
「は、はははは、馬鹿言うなよ劣等髪だぞ。そんなわけ………そ、そんなわけ、あるかああ!」
こっちはこっちで大パニックだったようだ。
少しやりすぎたか。
だけど、これなら出陣も出来なさそうだ。
この魔力なら、三十分あれば半分までは回復する。
あの烏合の衆なら、半分の魔力があれば十分だ。
最効率的に魔力を回復するため、わたしは天幕に入り、ベッドに横たわった。
微かに感じるノア様の匂いに少し顔が熱くなり、慌てて頭を振って今度は仰向けで目を瞑った。
***
クロが眠りについたのとほぼ同時、その場に残った他四人の側近たちは、各々準備をした。
ステアはゴラスケをギュッと抱き直し、オトハは毒の状態を確かめ、オウランは弓を、ルシアスは大剣を取り出す。
「さて、じゃあ指示を頼むぜオウラン」
「え、僕!?なんで?」
「なんでって、このメンツを見てみろ」
オウランは周囲を見渡した。
最高位魔法の反動を軽減するために眠っているクロ、脚が疲れたと言って天幕に戻ったノアを除く全員がここにいるが。
『ミス・マイペース』ステア、『ガチ百合変態ドМな姉』オトハ、『どことは言えないけどなんとなくイカれてる』ルシアス。
「お前以外に指示出せそうな奴、いるか?」
「………僕がやるよ」
「こうしてみると、いかにクロさんが偉大なのかわかりますわね」
「この個性の塊みてえな連中と主人をちゃんと制御してる辺りな」
大事なものは失ってから気づくというが、まさにそれだろう。
いや、失ってはいないのだが。
「といっても、作戦とかはないぞ。全員に僕がある程度の耐性を付与するから、あとは頑張ってつっこんでいっぱい殺せとくらいしか」
「それでいいんじゃありませんの?ともに力を合わせて戦うより、今この状況では各個撃破の方が効率的だと思いますわ」
「ん、同感」
「じゃあオウラン、ちょいと一発頼むぜ」
「はいはい」
―――《物理耐性》《炎耐性》《水耐性》《風耐性》《土耐性》《毒強耐性》。
オウランの耐性魔法が、四人を包んだ。
「なんで毒だけ大きめの耐性を付けるんですの?」
「お前が馬鹿やらかした時、巻き込まれた場合の保険だ」
「仲間を巻き込むことなんかしませんわよ!?」
「いや、僕には見える。お前がノアマリー様を殺そうとする連中に怒りを抑えきれず、毒劇魔法を乱発してこの中の誰よりも容赦なく笑顔で殺戮し、視界が狭まってルシアス辺りを巻き込んだ広範囲の毒をまき散らす双子の姉の姿が」
「「なるほど」」
「お二人とも納得しないでいただけませんの!?」
「想像に難くないとはこのことだな」
「すごく鮮明に未来が見えた」
「そろそろ泣きますわよ!?」
流石にちょっと傷ついたらしいオトハだったが、日ごろの行いが悪すぎるせいである。
オウランは噛みついてくるオトハを無視し、弓の弦の調子を確かめた。
「ルシアス、矢を全部出してくれ」
「ほらよ」
ルシアスが腕を振るうと、突如空中から数十の矢筒が出てきた。
ルシアスの空間収納の魔法、つまりはアイテムストレージのようなものによって、ここまで重さ無く運んできていたのだ。
「僕はここからとにかく敵を撃ちまくる。耐性魔法を付与した矢なら一本あれば数人殺せるけど、攻撃力は君ら三人の方が上だ。とにかく殺して殺して、最後には四傑のランドも殺す。ステアは右側、オトハは左、ルシアスは真ん中あたりから始めてくれ。僕はここから全体的にサポートする」
「おう、了解だ」
「がってん」
「ふふふ、お嬢様の敵共をさっさと血祭りにあげてやりますわ!」
早速血の気の多いことを言い始めたオトハだったが、想定内だった三人は務めて無視し、各自で準備を整えた。
「さあ、行くぞ。僕らの大切な主人を狙ったあの連中を、地獄に叩き落してやろう」
そう言ってオウランは、凶暴に笑った。
オトハの影に隠れ、基本的に五人の側近の中で一番目立たない存在と言えるオウラン。
常識人で、魔法もどちらかといえば防御寄り、希少魔術師という以外はごく平凡な少年、に見えるオウランだが。
その本質はオトハ同様、過激なものだ。
自分を救ってくれた主人に対しての忠誠心、それを害そうとする敵への対処、その過激さはオトハにも負けていない。
そもそもそうでなくては、ノアマリーにとって都合のいい工作をするために、貴族の屋敷にいる人間を皆殺しにしようなどとはしない。
「狩って狩って、狩りまくってやる」
オトハたちが散開し、それぞれの持ち場に向かったのとほぼ同時、オウランの第一矢が発射された。
耐性に対するデバフが付与されたその矢は、直線上にいた混乱が収束しつつあった帝国兵十人ほどの頭を、正確に撃ち抜いた。