第110話 一年後
外に出れば既に厚着が必要な季節。
ルシアスの猛特訓開始あたりから一年と少しが経過した今日、わたしたちは馬車である場所へと向かっていた。
「ルシアスが長距離転移を習得してくれていたら一瞬だったんですけどね」
「無茶言うなや、長距離転移は高位魔法だぞ。中位魔法もそこそこ程度な俺じゃあまだまだ遠いわ」
「しかし、この一年でありえないくらい強くなったよなルシアス」
「普通に試合形式で戦ったら、この中で最強なんじゃありませんの?」
「ははは、ありがとよ。だけど俺もまだまだ、姫さんにゃ勝てねえよ」
「側近の中でという話ですわ、お嬢様に比べればルシアスなんか道端の石ころと同義ですもの!」
「言いすぎだろ。傷つくぞおい」
随分なことを言うオトハだが、ルシアスがこの中で最強というのは一理ある。
ステアすら、長距離からじゃなければ魔法を発動する前に一瞬で倒されかねない。
「まあ事実かもしれねえけどよお」
「あら、そんなことないわよ?ルシアスは本当に強くなったわ。私すらちょっと本気出さなきゃまずいくらいにはね」
「お、そうかあ?」
「ん。ルシアス、やばい」
ノア様も非常に満足そうで何よりだ。
実際、わたしたち側近同士で戦いあったら、最後に残るのはルシアスかステアだろう。
「さて、談笑はこれくらいにして、そろそろこの後の流れについて話し合いましょうか」
ノア様は持っていた本に栞を差し込み、ステアを膝の上に乗せてギュッと抱きながら言った。
「これから私たちが向かうのは、半年前に帝国軍に攻め落とされたローミラー領にある平野、ゼラッツェ平野よ」
「いよいよ初陣だな」
「ええ。ここはローミラー辺境伯に統治されていた街と、他の領との中継地点。帝国軍はここを駐屯地としている可能性が非常に高いわ。だからステアに王を操ってもらって、私たちをここに送るように仕向けておいたの」
「他の王国軍兵士は?」
「さすがに私たちだけ送るってのも不自然な命令だから、カモフラージュで五千人ほど付けてもらったわ。出番は無いだろうけど」
「敵の総数はどれくらいですの?」
「一万人弱、といったところかしらね。来ているのは赤銅兵団。そしてその団長にして皇衛四傑の一人、土魔術師ランドがいるわ」
「土石の巨人を操る帝国最強の土魔術師ですか。厄介ですね」
「大丈夫よ。ここ最近のあなたたちの強さと、ルクシアからもらった情報を重ね合わせても、あなたたちの方が多分強いわ。油断はしてはいけないけれど、そこまで緊張するほどの相手でもないでしょうね」
昔はそのランドすら相手にしてはいけない敵の対象として入っていたというのに、わたしたちもかなり強くなったということなのか。
確かにわたしは最高位魔法を一つだけ既に使える。
ノア様は二つ、ステアに至っては三つも習得済み。
オトハとオウランも高位魔法を習得してきているし、ルシアスは中位魔法までだけど物理でそれを完全にカバーできている。
「今のあなたたちなら、雑兵が何人かかって来たって問題ないわ。私は後ろから見てるから頑張りなさい」
「ノア様自身は出陣する気、ないですよね」
「ないわよ?」
この方の出不精と怠惰も筋金入りだな。
「それと、これ渡しておくわね」
ノア様は持参してきた袋から何かを取り出した。
「これは?」
「プレゼントというかエンブレムというか、まあそんなところね」
出されたのは、髪飾り、チョーカー、イヤリング、弓、大剣と、まったく関連性のなさそうなものだったが。
ただ一つ共通しているのは、金色がどこかに、あるいは全体にあしらわれているということだった。
「髪飾りはクロ、チョーカーはステア、イヤリングはオトハ、弓と大剣は勿論オウランとルシアスにね」
「お、お、お嬢様からの、ププププレゼント!?家宝にいたしますわ!!」
「身に着けなさい。そもそもあなたの家は私の家でしょう」
なるほど、つまりわたしたちがノア様の側近であることを示す証といったところか。
確かにノア様の象徴と言えばその綺麗な金色の髪だし、マークとしてはこれ以上ない色かもしれない。
「えっと、これでいいんでしょうか?」
「あら、似合ってるわよクロ。黒い髪に金色っていうのが映えるわね」
「いえ、そんな」
「クロ、クロ。着けて」
「ああ、チョーカー止められないんですね。ほら、後ろ向いてください」
「ん」
ステアの首にチョーカーを着けると、なんというかこう、ちょっと背徳的な感じがしたのだが、必死に頭を振って煩悩を逃がして装着してあげた。
「苦しくないですか?」
「大丈夫」
「それならよかった。似合ってますよ」
「ん、ありがと」
ステアは顔をほころばせていた。
ノア様からの贈り物が余程嬉しかったのか。
「あいったあ!」
そんなステアの和む光景も長くは続かず、後ろからバチンッという音とオトハの悲鳴が聞こえてきた。
「こ、これで私は、お嬢様の………!ふふっ、ふふふうふふ………」
「痛みをこらえながら恍惚とするのやめてくれませんか」
「絵面がヤバいわよ」
どうやら、オトハが魔法で作った毒の槍で耳を貫いた音だったようだ。
血が出ていないということは、大方毒で爛れさせてそこに薬を生成して治したんだろう。
穴はあけたけど血は出ない、しかも応急処置が適当だから後に化膿することも無い。
最初の痛みさえ耐えてしまえばリスク無しでイヤリングを付けられるってことか、変なところで便利な魔法だ。
「おおっ、良い弓だ」
「この大剣、見た目より軽いなあ」
「どちらも希少魔法によって作られた魔道具よ。弓は『数字魔法』によって命中率に補正がかかる、大剣は『強化魔法』によって丈夫さと切れ味が見た目の倍以上に高いわ」
素手で戦う、というよりかは魔法の都合上武器があまり必要ないわたしたちと違って、オウランとルシアスは実用性重視か。
しかも希少魔法が込められているとは、おそらく国宝級の武器だろう。
「ふふっ、お嬢様にプレゼントをもらったということは、これはもはや結婚と同義!」
「違いますね」
「これで国に残っているルクシアさんにマウントが取れますわ!」
今回の戦いでは、ルクシアさんはティアライト家の屋敷に残っている。
当然と言えば当然で、フィーラ共和国連邦の重鎮の娘であるあの人が他国の戦争に介入した、なんてことが知れたら、本当にまずい問題になる。
ノア様に守ってもらう体で王国に来たとはいえ、実際は四傑クラスでなければ帝国の誰が来てもおそらく勝てるルクシアさんだ、心配はないだろう。
「さて。あなたたちは本当に強くなってくれた。主人として誇らしく思うわ」
「ど、どうしたんですかいきなり。勿体ないお言葉ですが」
「だからこそ、こんなところで負けたら私が許さないわよ。帝国兵一万人如き、あなたたち五人で頑張って倒しなさい」
「一人頭二千人かぁ」
「ねえ、お嬢」
「なに?」
「全員、殺していいの?」
「ええ。どうせ生かしたって意味がないし、殺しちゃダメな人間もいないわ、全滅させてしまいなさい」
「わかった」
いよいよ初陣。
一年ほど前から始まっている帝国と王国の戦争は、現在王国劣勢だ。
ギリギリ持ちこたえてはいるが、帝国兵の数に圧倒され、沈んでいく領も増えている。
帝国に寝返る貴族の数も、もはやわたしだけでは対処できないほどだ。
「翡翠兵団をまだ動かしていないのにこの進行速度、さすがは侵略国家と言われるだけのことはあるわね。だけどそれも今日までよ」
ノア様はわたしたちを見渡し、にこりと笑って。
「あなたたちの手で、後悔させてあげなさい。この私に喧嘩を売ったことを」