第109話 ノワールとメロッタ
「全部覚えた。で、ご主人様の様子は?」
「最近はかなりご機嫌なようだ」
「そ。ならいいんだけど」
引き裂いた計画書に灯りの火を当て、燃えていく紙を見ながら、ノワールとメロッタは雑談し始める。
「あんたと、あとついでにあのクソバカは何やってんのさ」
「わたしは主君様の御命令で、各地から優秀な人材をスカウト中だ。リンクは暗殺業に勤しんでいるぞ」
「失敗して死ねばいいのに」
「こらこら、仲間のことをそう言うものではないぞ」
ノワールはリンクという女の話題が出ると露骨に嫌な顔をする。
リンクもここに来なかった辺り、ノワールのことが嫌いなのが分かる。
「話戻すけどさ、この計画書のプランAで話が終われば、アタシたちもうお役御免だよね。その時はどーしよ」
「主君様は我々の居場所は絶対に確保すると言ってくださっている。それよりもプランBに移行する可能性が高いから、今のうちに牙を研いでおきなさい、とのことだ」
「プランBってのはつまり、ノアマリーとの直接対決だよね。嫌だなー、集めた情報だけでもチート級に強いじゃんあの人。アタシとか相性最悪だし、やるにしてもリンクをぶつけようよ。そして心をへし折られればいい」
「心云々はともかく、リンクはノアマリー殿に対して色々と複雑な感情を抱いているようだからな。初見で思わず『綺麗………』と呟いてしまったのを未だに根に持っているらしい」
「ただの逆恨みここに極まれりだよね、あのナルシストバカ」
ノワールは燃え尽きた計画書を、ポイ捨てされたタバコの火を消すように踏み潰し、降ろしていた灯りを再び手に持った。
「それに、リンクは主君様に犬のようにすり寄っているからな。主君様がノアマリー殿にご執心なのも気に食わぬのだろう」
「アイツを庇うわけではないけど、あんたたまに天然でド失礼なこと言うよね」
「………?何か変なことを言ったか」
「いや、なんでもないわ」
仲間に対して「犬」とはなかなかに失礼だが、メロッタにまったく悪意がないのが質が悪いとノワールは思っていた。
「ていうか真面目な話、あたしたちとノアマリー陣営、どっちが強いのかね。今までアタシたちが上手くやってこれたのは、アタシたちみたいな希少魔術師が知られていなかったからってのも大きいじゃん?あっちは全員希少魔法のこと知ってるし、なんなら六人全員希少魔術師、利が活かせないでしょ」
「数の問題もあるな。主君様、筆頭殿を含めても、今はまだ希少魔術師は五人だ。しかしお前も知っているだろう、主君様の無茶苦茶な強さは。いくらノアマリー殿でも、あれに勝てるとは思えん」
「まあね。それにアタシも、闇魔術師と精神魔術師にとっては一番ぶつかりたくないタイプだろうしねえ。魔法の相性も関係してくるか」
「わたしは毒劇魔術師にはぶつかりたくないな、相性が最悪だ。だがリンクならばあのオトハという少女にも対応できるだろう。わたしはそうだな、空間魔術師と耐性魔術師のどちらかの相手をすることになるだろう」
「ま、アタシたちが相手するまでもない可能性あるけどね」
ノワールは自らの『強さ』という概念の象徴、自らの主人のことを思い浮かべた。
かつて絶望の真っ只中にいた自分を拾ってくれた人。
クロたちがノアを思うように、ノワールもまた、主人のことを命よりも大切に思っている。
「主君様は聡明で、そして強い。それも出鱈目にな。あの御方の配下、我ら四人で同時にかかったとしても勝てるかどうかわからない。希少魔術師、いや人間の限界に到達しているのではないかと思えるほどだ」
「知ってるよそんなことは、何が言いたいのさ」
「つまり、我々がノアマリー殿とその仲間に負けることはほぼあり得ない、ということだ」
「まあねぇ」
二人は主人の強さを思い浮かべ、苦笑し合った。
クロたちは強い。それはメロッタもノワールも分かっているし、侮ってもいない。
ノアに関しては、自分たちでは勝てないと確信すらしている。
だがそれを踏まえても、自分の主人がノアに負けることは絶対にないと、彼女達は絶対の自信を持って感じていた。
「ご主人様に勝てる人間なんて、この世界に存在すると思えないよねえ」
「お前が潜入中の帝国の四傑の風魔術師はどうなんだ。四大魔術師としては究極に近い位置にいると報告にあったが」
「あー、リーフか。あの女も多分、今の段階ではノアマリーより強いよ。ご主人様が言ってた『覚醒』に至ってるみたいだし、マジで戦争の歴史を塗り替えかねないレベル。だけどご主人様に及んでいるかと聞かれれば、答えはノーだね。そもそももう既に最大魔力量まで解放しちゃってるから、あれ以上強くなることは多分無いだろうし」
「ふむ、なるほど。脅威ではあるが、主君様の敵ではないと」
「あー、でもメロッタは絶対戦っちゃだめだね。相性マジで悪いし、そうでなくても秒で負ける。覚醒した力を振るうまでも無くあんた殺されるよ」
「なんと、そこまで強いのか」
「ハッキリ言って無茶苦茶だね。アタシが不意打ちしたって勝てない、筆頭でも無理、バカリンクも論外。まあ二対一なら微かに勝機ありって程度だね」
「おお怖い。近づかないが吉だな」
「ぶつかる時期にもよるけど、下手したらリーフがノアマリーの側近全滅させちゃう可能性すらあるよ。二対一以上ならいざ知らず、各個撃破にあったら、アタシたちと互角かちょっと上くらいのあの連中じゃ絶対勝てない」
ノワールは仲間には嘘をつかない。
メロッタに話した言葉は真実だ。
あくまでノワールの主観ではあるが、それでもリーフは圧倒的に強かった。
他の四傑が可愛く見えるレベルの戦闘力。
ノワールが帝国に主人の命令で潜入した時、リーフを一目見て「あ、この任務死ぬかも」と覚悟したほどだ。
「ま、話すことはこんくらいだわ。ご主人様によろしく伝えといてよ」
「すまんな、今はわたしたちですら主君様に簡単に連絡を取れない状態なんだ。だがまあ、善処しよう」
「んー、無理はしないでいいよ?筆頭に会ったら『大変だろうけど頑張って』って伝えといて」
「リンクにはどうする」
「『恥辱に塗れて死ね』って言っといて」
「あ、それで思い出した。リンクから伝言があったのだ」
「なに」
「『肺に穴空いてめっちゃ苦しんで死ね』だそうだ」
「アイツ次会ったらマジ殺す。じゃあそろそろ戻るわ、帝国に報告とかしなきゃならないし。二つの顔を持つって大変だねえまったく」
「ああ、気を付けるんだぞ、ホルン」
「ちょっと、今は『ノワール』だから間違えないでよ。任務が終わったら戻すけどさあ」
「ははっ、お前の任務への真面目さも筋金入りだな。すまんすまん」
「もうっ」
ノワール―――本名ホルンは、灯りを持って洞窟を出た。
また帝国に戻り、帝国の暗部の長として働く日々の始まりだ。
「あーあ、やる気しない。そろそろご主人様に会いたいよ」
ため息を漏らしながら歩き出し、直後にはもう、ノワールの姿はそこにはなかった。