第107話 限界を超える男
「くっ!」
ルクシアさんばかりに目が行くけど、ルシアスもやはり強い。
まず、体の使い方が上手い。無駄な動きをせず、空間魔法の感知能力で不意打ちにも瞬時に対処し、未だ一発たりとも攻撃を受けていない。
あれほどの魔術師にここまで追い詰められているにもかかわらず、冷静さを失わずに常に考えて行動している。
「勝敗云々はともかく、ルシアスの動きは勉強になりますね」
「ん。参考になる」
「ルシアスは体の使い方が非常に上手いわ。自分の体がどこまでどう動くかっていうのは案外分かっていないものだけど、ルシアスの場合は疲労すらすべて視野に入れてそれを把握している。自分の生まれ持った身体能力に驕って努力を怠った人間には絶対できない動きよ」
ノア様はルシアスを褒めたたえるけど、「でも」と同時にルシアスを酷評した。
「魔法の使い方に関しては、正直私たちの中で一番下ね。空間魔法を応用しきれず、ほとんど自分の身体能力だけで躱しているわ」
「どうやらルクシアさんは逆のようですね。最初の場所から一歩も動いていません」
「あの子はあえてルシアスと真逆の立場をとることによって、彼の成長を促してくれているんでしょうね。それにしたってルクシアは、魔法の使い方が今までこの時代で見てきたどの四大魔術師よりも抜きんでているけれど」
そこそこ魔法を使いこなしてきた今でこそわかるけど。
ルクシアさんは魔法の編纂が凄まじく速い。
しかも一度使った魔法術式をそのまま応用し、別の魔法にリサイクルして使うことによって、次の魔法の発射までのタイムラグ問題を解決している。
あれなら魔法そのものの威力は落ちるけど、効率的に広範囲に対して攻撃が可能だ。
ルクシアさんの周囲には常に水があり、それを攻撃に使用した次の瞬間には次弾が装填されている。
私が今まで見てきた水魔術師が赤子の遊びに見えるほど、彼女の魔法は洗練されていた。
「魔法の上手な使い方、その面から見ればルクシアは私と互角かもね。千年前でもあのレベルの四大魔術師は少なかったわ」
「確かに、私も液体を操れるという面から見ればルクシアさんとは似通った面がある魔法ですが、正直あそこまで自由には操れませんわ」
「予想以上に強い。下手したらオトハや僕よりも上かもな」
ルクシアさんの水の弾丸が再びルシアスに飛ぶ。
ルシアスは咄嗟に躱すが、逆方向からも弾丸が飛び、避けきれずに肩に数発掠った。
ルシアスがダメージを受けているところを、初めて見た。
「今のは片方に小さな空間の穴を作って別方向に飛ばすか、空間を歪ませて軌道を変えれば避けられた攻撃でしたね」
「なまじ傭兵生活が長かったせいで、魔法を戦いに組み込むって考えがそう簡単にできないのよ。でもやってもらわないと、私の側近として力不足と言わざるを得なくなるわ」
ルシアスは一旦後方に引き、部分転移魔法を発動、ルクシアさんの後方に自分の腕を接続した。
だけど瞬時に見抜かれて躱され、逆に右手に水の槍を受けた。
手を引き戻しはしたが、手傷を食らって血が滴っている。
「それでこれ以上戦うのは厳しいでしょう、降参しますか?」
「はっ!この程度、痛みのうちにも入らねえっつーの!」
ルシアスは強がっているが、あれでは右手で本気で攻撃することはできない。
寸止めしろと言われているとはいえ、本当の戦いだったら相当のハンデだ。
これは勝負あったか。
「ノアマリー様、止めますか?」
「いえ、もうちょっと待ちなさい」
「しかし、これはさすがに逆転の目はないのでは」
「お嬢様、私もそう思いますわ」
「もうちょっと待って、それで駄目なようなら、ルシアスはその程度の男だったってことよ」
分かってはいたけど、ノア様は敗者に対してドライだ。
敗者を労わらず、勝者を好む。
敗者にしても、何故負けたのかを考え、強くなり、這い上がってきた者を気に入る。
ノア様は弱者や無能が嫌いなわけではない。
弱者や無能に甘んじている人間が嫌いなのだ。
ルシアスは苦戦している。
未だルクシアさんに近づけてすらいない。
「はぁ………仕方ないわね」
ノア様はため息をつくと、やれやれというようにルシアスに声をかけた。
「ルシアス、言い忘れてたけど」
「なんだ、こんな時に!」
「もしルクシアに負けたら、二度と戦ってあげないわよ」
「!?」
………うわっ、えげつない。
「私を超えるのがあなたの目標なんでしょう?なら証明しなさい、あなたが私を超えうると。ここでルクシアに負けるようなら、あなたは一生私に勝てないわ。勝てると分かっている勝負をするほど暇な人生を送るつもりはないの。ここで私の予想を超えるくらいじゃないと、あなたはずっと私に負けた弱者のままよ」
「うぐっ………!」
「つまらない人間は嫌いよ、私」
正論だけど辛辣だなあ。
でも確かに、このままではルシアスは置いて行かれる。
魔法を覚える年齢としてはギリギリだからというのもあるけど、長年の魔法無しでの戦いがイメージの邪魔をしている。
まずはその殻を破ることから始めないと、ルシアスはずっとあのままだ。
自分でいうのもなんだけど、わたしは常にノア様の期待に応えてきたつもりだ。
闇魔法も、身体能力も、日常的な面も、常にノア様を飽きさせないように努力してきた。
ステアもその才能を十全に生かしてノア様を満足させているし、オトハとオウランも然り。
しかしルシアスはステアによる強制ショートカットがあったにもかかわらず、オトハとオウランと魔法を習得する速度が大差ない。
才能はある。やる気もある。
ただ、長年の自分の常識が邪魔している。
その常識を破らない限り、ルシアスはノア様を満足させられるとは言い難い。
「ルクシア、前言撤回よ。その男、ここで再起不能にするくらいやって構わないわ」
「え?」
「お、お言葉ですがお嬢様、それはやりすぎではありませんの………!?」
「ルシアス」
ノア様の唐突なあまりの言動に、あのオトハすら苦言を呈した。
しかしノア様は止めなかった。
「く、くくくく………!」
「あら、何を笑っているのかしらルシアス?」
「いや、おかしくてよ。つまらない人間は嫌いとか言っておいて俺を追い詰めて才能を開花させようとしてくれるたあ、なかなか優しいところあるじゃねえか」
「なんのことかしらね」
「だけどよ、安心しろよ姫さん」
ルシアスはさっきまでのしかめた表情を変え、かつて見た好戦的な顔になった。
「あんたほどの人間に選んでもらったんだ。期待に応えなきゃ、あんたの目が節穴だったってことになっちまう。俺が超えたい人間の目が節穴だなんて絶対認めねえ。だから頼むぜ、もう少し見てくれや」
ノア様は笑った。
満足とは言わないけど、少し期待したような、そんな笑みだ。
「まあノアさんの言うことです、手加減をやめますけど。本当にやりますよ?」
「構わねえ」
「構わないわ」
ノア様とルシアスが同時に言った。
それを合図にルクシアさんは水の槍を十本以上生成し、ルシアスに飛ばした。
当たれば致命傷ギリギリといったところか。
「おらあああああ!!」
ルシアスはその槍に飛び込んだ。
何の策も無いような無謀な突進に見えた。だが。
「《次元移動》!」
一定範囲、かつ視界内の指定した場所に移動する短距離転移魔法。
今まで一度も成功したことがなかったルシアスの中位魔法。
「成功したわね」
ノア様が顔をほころばせた。
ルシアスは初めて、中位魔法を成功させていた。
しかし。
「本気でと言ったのは、そっちですよー?」
ルクシアさんは、ルシアスが短距離転移を成功させることすら予測していた。
そして、背後に転移してくることも。
既にルクシアさんの背には水の槍が待機していた。
「はっ!」
転移魔法は魔法の編纂が難しい魔法らしく、一度使った後再び転移をするのにタイムラグがある。
これは避けられない。
わたしは、ルシアスの敗北を半ば確信した。
「………え?」
しかしルシアスは。
限界を超えた。
「舐めんな。この中で戦闘経験が一番濃いのは俺だぞ」
ルシアスは背に転移した後、槍が着弾する前に消えた。
あのわずかな時間で転移って、まだ空間魔法を覚えて間もないルシアスには不可能なはず。
なのにルシアスは、既にルクシアさんの死角に転移をしていた。
「やるじゃない」
ノア様は心底満足げな笑顔でそう言った。
わたしはどういうからくりかと目を疑い、少し考えて気づいた。
ルシアスは最初の転移の時、魔法を二重に発動させていたのだ。
最初の転移で使った術式を再び使い、もう一度転移できるように仕組んだ。
つまり、ルクシアさんがやっていたあの技を、初見で模倣した、ということだ。
「俺の勝ち、でいいよな?」
ルシアスはルクシアさんの肩に手を置いた。
この距離ならルクシアさんが不意打ちするより、ルシアスがルクシアさんを握りつぶす方が早い。
ルクシアさんは苦笑して、両手を上にあげた。
「ふふっ、参りましたー」