第105話 黒の調査2
「ステアは側近の中じゃ最年少ですが、クロの次に古参のメンバーですね。出生は分かりませんが、物心ついて間もないころからノアマリーの元にいたみたいです。そのためかは分からないですけど、敵対者に対してはクロ以上に容赦がありません。要注意人物ですね」
「把握。で、魔法は?」
「これがまたヤバいんですよ。どうもステアの魔法は、精神を蝕む力です。記憶や心理、感情に干渉する魔法と言い換えてもいい。つまり指先一つで人間を簡単に操れるってことですよ」
「………恐ろしいな」
「ええ、出鱈目です。しかも部下からの報告なんですけど、その気になれば精神を破壊して、人間を抜け殻みたいにすることも出来るみたいですね」
「恐怖。ノアマリー以上に危険な可能性すらある」
ステアの魔法の影響力は、単身で戦争を動かしかねないほど恐ろしいものだ。
何せ、その気になれば敵兵を操作して味方に変えてしまうことすらできる。
敵兵は突如味方が敵に変わって混乱するだろう。
「そして最後の一人がオトハって子です。同じくノアマリーの側近のオウランって男と双子らしいですね。側近になったのは割と最近ですが、ノアマリーを偏愛していて、その愛情はもうアタシの部下すら『少し身構えた』って言うレベルです。魔法は多分、毒を操る魔法ですね。自分の体で劇物を生成して操れる魔法だと思います」
「毒、か。ある程度の耐性はあるが」
「否定。毒と言っても様々、過信はしない方がいい」
「ふむ、そうだな」
「しかも調べていったら面白いことが分かったんですよ。オトハとオウランは元帝国出身者、それもあのギフト家の長女と次男なんです」
「なんだと?」
フロムは目を見開いた。
ギフト家には長男が一人いるだけで他の兄弟はいないはずだったのだから当然だ。
「どーもギフト家はあの二人が劣等髪だって理由で、存在を隠してたみたいですねー。まあアタシらにはバレバレでしたけど。それがどんなわけかギフト家の没落後、ティアライト家に身を寄せてるんですよ」
「回顧。確かギフト家の長男は以前、ノアマリーと許嫁の関係にあった」
「しかも妙なことに、ギフトの連中がティアライト家に行った時と、ギフト領が内乱で潰れて長男と当主が行方不明になった時の日にちが、かなりの精度で重なるんですよねー」
「まさか………」
リーフとフロムは顔をしかめ、ノワールも声を落とした。
「あの内乱はノアマリー・ティアライトの差し金だと?」
「ありえない話ではないですね。自分のお気に入りである劣等髪を二人も手に入れるチャンス、あの強欲娘が逃すとは思えませんし」
「推定、その双子が劣等髪ということは、かなりの劣悪環境で育てられたと考えられる」
「なるほど、つまりその二人が復讐としてノアマリー・ティアライトにギフト家を潰すことを依頼し、その対価に力を貸していると?」
「肯定、その可能性は高い」
実際は細部が違い、オトハの恋心が暴走したのだが、これはさすがに推測しろという方が無理な話だろう。
「そのオウランという双子の片割れについての情報は」
「それがないんですよねー。いえ、何らかの魔法を使っていたのかもしれませんが、だとすると視認できるタイプの魔法ではないのかも」
オウランの耐性魔法は、五人の側近の中でもっとも分かりにくい魔法。
本人もオトハの毒を防いだ時に使っただけなので、カメレオンすら情報がつかめなかったようだ。
「ふむ。そういえば、もう一人増えていたと言っていたな?」
「そうなんですよ。名前はルシアス、オレンジの髪をした男で、元はフィーラ共和国連邦所属の傭兵です。劣等髪でありながら共和国連邦最強の傭兵と呼ばれるほどに物理攻撃に秀で、その強さはあのバレンタイン家のルクシア嬢がスカウトをするほどだったとか」
「ルクシア・バレンタイン。現在のノアマリー・ティアライトの許嫁か。なるほど、ここが繋がりか」
そういったフロムの顔は、少し笑っていた。
フロムの戦闘を求める戦士の血が、少し騒いだのかもしれない。
同じ物理戦を得意とする者同士、ルシアスに思うところがあるのだろう。
「魔法はさっぱりわからなかったです。ただ、身体能力を強化する魔法、とかの可能性がありますね。動きがガチで人間離れしてたみたいですよこの男。しかも見張りをしていた二人のうち一人が、ルシアスに見つかってやられました。隙を見て逃げたようですけどね」
「脅威、魔法がなくとも魔術師より強い人間とは、やりにくいかもしれない」
ルシアスは未だ、空間魔法をものに出来ていない。
しかし今回はそれが幸いし、情報が知られることは無かった。
「これで集めた情報は全部ですね。リーフ様が睨んだ通り、あの側近たちがガチヤバなのは確かみたいです。ただこの情報は、あなた方の胸の内に秘めておくのが得策でしょうね」
「肯定、劣等髪を警戒しろと言っても兵は信じない」
「むしろ妙な気を起こす可能性すらあるからな。なに、ワシらが各個撃破すればいいだけのこと」
「おーおー、帝国二強は怖いですねえ」
ノワールは持っていた紙を机に置き、
「じゃ、アタシはそろそろ退散しますよっと。これにてドロン」
そういった瞬間、来た時と逆に一瞬にしてノワールがその場から消えた。
透明化ではない。それならばリーフは感知できる。
ノワールは、本当にその場から消えたのだ。
「………賞賛。カメレオンを率いるだけのことはある」
「それにしては顔が固いな」
「当然、顔も髪も性別も隠している者を信用する方が不可能」
「はははっ、当然だな。しかし情報はおそらく確かだろう」
「肯定、カメレオンがこちらに偽情報を流すメリットはない」
フロムとリーフはその後もクロたちの対策について話し合ったが、情報が少なすぎる上に確定情報ではなく、精度の高い作戦は立てることが出来なかった。
しかし、リーフが情報を知ったというのは、ノアたちにとって大きな不利となる。
帝国最強、ノアに匹敵する実力を持つとまで予想される大魔術師。
その実力は、この約二年後、ノアたちは身をもって知ることになる。
***
「ええ、ご命令通り、フロムとリーフにノアマリーたちの情報を話しておきましたよ。ですがよかったんですか、本当にありのまま伝えちゃって。ご主人様はノアマリーを応援してるんですよね?………はーっ、なるほど。相変わらず周到ですねぇご主人様。
………ええ、はい。皇帝の方は手筈通りに。早いところご主人様のお顔が見たいですよ。いえこの通信アイテムに不満があるわけじゃあないんですけどね?
しかしこっちで軽く調べましたけど、やっぱりリーフはヤバいですね。ご主人様の読み通り、多分覚醒してます。
はい、了解しました。しっかし今更ですけどご主人様、『ノワール』はないんじゃないですかね~?完全にご主人様の趣味で付けた名前でしょこれ。
いや、誰かに代わるかって言われても、アタシ以外にこっちでの仕事こなせるような人材そっちにいないでしょ。………も、もうっ、そんな見え透いたお世辞言われても嬉しくなんてないですよ!
………ええ、そろそろアイテムの魔力も尽きそうなんで。じゃあおやすみなさいご主人様。あなたの、想像もできないような長年に渡る計画が実を結ぶこと、心から祈ってますよ」