第103話 国盗り物語、終結
男子共がアホなことをやらかし、女子総出で半殺しにしたその翌日の昼、ノア様とその側近全員で王都の中心、王城に来ていた。
豪華な馬車に乗って城の中まで入ることになったわたしたちは、門が開き、馬が中に入って行くのを見計らい、魔法を発動した。
「失礼。ノアマリー・ティアライト様でお間違いないですね?」
「ええ」
「従者などはいらっしゃいませんか?陛下への謁見は貴方様にのみ認められております」
「途中までいたけれど、そういわれると思って降ろしたわ」
「なるほど。では家紋を提示していただけますでしょうか。………はい、結構です」
現在、ノア様以外の人間全員の姿が見えなくなっている。
わたしは自分の魔法で、他の四人はノア様の魔法でだ。
そもそもこの王城に招集命令がかかっているのはノア様だけなのだから当然といえば当然。
出迎えた男がそのままノア様の前を歩き、ノア様はそれに続く。
こういった透明化系の魔法でこんなに楽に一国の城に潜入できるってどうなのかと思ったが、ノア様曰く。
『あそこの警備は厳重よ、透明化対策だって当然しているわ。だけど透明化の魔法は、今の世界じゃ水魔法にしか確認されてないから』
水魔法による透明化は、薄い水の膜で自らを覆い、風景と同化するという魔法だ。
つまり裏を返せばその膜さえ感知してしまえばいいので、探知に特化した魔術師が常に城に配備されている。
しかし、厳密には透明になっているのではなく存在感を消しているわたしの魔法は探知できないし、それ以前に希少魔法という概念を知らない魔術師ではわたしたちの魔法は感じることが出来ないので、ノア様の魔法もバレない、という理屈だそうだ。
そういうわけでまったくバレることも無く、わたしたちはノア様の後を堂々とついて行っていた。
目に魔力を込めれば、隠されている四人が歩いているのが見える。
光魔法と相反する属性である闇魔法の魔力があればこういうことも可能だと最近気づいた。
ノア様もまた同様だろう、こちらをちらりと見て笑っている。
「こちらでございます」
「案内ありがとう」
案内役はここで退散し、門番のように大きな扉を守っていた二人の男がこちらに近づいてきた。
「ノアマリー・ティアライト、陛下の勅命を受け馳せ参じたわ。通していただけるかしら」
「………確認致しました。どうぞお通りください」
門番が門を開き、中の光景が明らかになる。
中には数十人の有力貴族、そして王族。
王の三人の息子と二人の娘、この国の王子と王女が横並びに並び、こちらを見ていた。
王子の方は、あれは完全に魅入っている。ノア様の美しさが想像以上だったようだ。
そして真正面の高い椅子に座る、王冠を被り、マントを羽織る茶色の髪色をした男こそが。
この国の国王―――。
「よく来た、直接会うのは君がまだ赤子の―――」
「ステア」
「《認識移植》」
………名前を思い出す時間すらもらえなかった。
自分と自分が気に入った人間が全てであるノア様は、王にすら頭を下げたくなかったのかもしれない。
まさに天上天下唯我独尊、自分が気に入るか気に入らないかこそが世界の法だと言わんばかりだ。
ステアの《認識移植》は、精神魔法の高位魔法の一つで、その効果は『一定範囲内にいる人間全員に共通認識を植え付ける』というもの。
共通認識、つまりはここにいる全員が当然と思っていること。
『食事をしないと生物は死ぬ』とか、『火は熱い』とか、そういう常識も共通認識だと言える。
それを無理やり脳に押し込むというのは、すなわち。
「「「何なりとご命令を、お嬢様っ!」」」
こういうことだ。
ステアが植え付けた認識は、『ノア様とその従者には絶対服従』というえげつないもの。
たった一度の魔法で、たったこれだけの労力で。
ノア様は、この国のほぼすべてを手にしたのだ。
「ご苦労様ステア、偉い偉い」
「むふー」
この恐ろしい魔法の弱点は、範囲内にいる人間に対して指定対象外にすることが出来ないということと、一人だけ解除するということが出来ないことだが、その点については問題なかった。
オウランの耐性魔法《耐性付与・精神》によって全員に精神魔法耐性が付与されている。
それに加えて全員が希少魔術師、総じて魔力耐性が高いので、防ぎきることが出来た。
「さて、これでこの国はもう私の手中ね」
「いくらステアがいるとはいえ、こんなに簡単に手に入ってよかったんでしょうか」
「楽に越したことは無いじゃない。範囲系魔法の特性上、単体攻撃よりは一人一人に作用する魔力は低いから、一人くらいステアの支配を耐えられるかと期待したけれど」
ノア様はつまらなそうな目で辺りを見渡して。
「誰も防げなかったようね」
「こんな意思力が低い人間の集まりなら、民にとってはお嬢様に乗っ取られて良かったのでは?」
「あら、良いこと言うじゃないオトハ」
「ノア様、そんなこと言っている場合では。早めに出ないと、怪しんだ門番が覗き込んでくる恐れもあります」
「そうだったわね。じゃあそこの国王」
「はっ!」
国王を『そこの国王』なんてぶっきらぼうに呼んだの、この世界が出来てからノア様が初めてではないだろうか。
「あなたは今まで通り、政治を執り行いなさい。ただ、前々から邪魔だと思っていた法律がいくつかあるから、それ取っ払って。あと毎月の税金の1%を私に回しなさい」
「かしこまりました!」
「時が来ればあなたには暴王としていろいろと問題を起こしてもらうわ。それを私が諫めて、あなた共々一族郎党処刑して堂々と王になるから、それまでいろいろと準備しておいて」
「御意に!」
彼も今まで、色々と汚い手を使って王の座に就いたのだろう。
その苦労をすべてねじ伏せられ、あまつさえ『死ね』という命令にすら当たり前のように頷いてしまうとは、認識操作とはなんと恐ろしい魔法なんだろうか。
「ノア様、そろそろ行きましょう」
「ええ、やることは終わったわ」
「あなたたちも帰ります、よ………?」
「このお城で一番の料理上手に、ホットケーキを焼かせて」
「かしこまりました、おい、手配だ!」
「あら、綺麗なネックレスしてますわね。お嬢様に差し上げるプレゼントの参考にしますのでいただけます?」
「このようなものでよければ喜んで」
「おいおい、良い剣持ってるな。ちょいと見せてくれ」
「はいどうぞ」
認識操作の内容は、『ノア様とその従者に対する絶対服従』。
つまり、ステアやオトハでも命令が出来る。
無論ノア様の命令が優先されるが………。
「やりたい放題ですかあなた方」
オウラン以外、全員が貴族たちに命令してオモチャにしていた。
腐りかけていたとはいえ、今までこの国を支えてきた有力貴族がこのざまとは、なんと惨い光景だろうか。
「ちょっとノア様、止めてくださ」
「さすがあの子たちね、絞れるものはすべて絞る、立派な心意気だわ」
ダメだ、主人が感心してしまった。
モラル的にどうかと思うんだけど。
マトモなのはオウランだけか―――と思ったが、オウランは美人な王女の前を行ったり来たりして、なんだかそわそわしていた。
この思春期男子、昨日ので凝りてないのか。
「はいはい、それくらいにしてください!もう帰りますよ!」
「まだホットケーキ、来てない」
「帰ったら焼いてあげますから!ほら、早くしてください!」
渋々と言った感じで集まる仲間たちを扉の方に追いやり。
「あなたたちはノア様に服従しているそぶりを決して見せないように!あくまで今まで通りノア様や我々に接し、指示があった場合のみそれに従ってください!」
そう言い残してわたしたちは城を後にして、ルクシアさんたちがいるホテルへと戻った。
こんな簡単に、国が手に入ってしまった。