第101話 乗っ取り
「………………」
「………………」
「………………」
「………お邪魔しました」
「ごゆっくり」
「待って待って待って待って」
「ほらオトハ、行きますよ。大丈夫です、初恋は叶わないというではありませんか。愚痴くらい付き合いますよ」
「クロ。オトハ、気絶してる」
「立ったまま気絶とは変なところで器用ですね、弁慶じゃあるまいし。仕方がありません、このまま引きずって」
「待ってって言ってるじゃない、誤解よ誤解!」
従者らしく、主人の情事には干渉しないように気を利かせたつもりだったのだが。
「誤解って、どうやったらそんな体勢になるんですか。けっつまづいてたまたまとか、そんなラブコメ漫画みたいなこと言わせませんよ」
「違うわよ、ちょっとルクシアも何とか言いなさい」
「や、優しくしてくださいね………?」
「ステア、おいとまするのでオトハの脚持ってください」
「ん」
「話をややこしくしないの!ああもうっ、違うって何度言えばわかるのよ!」
そんなことを言われても。
「その体制で、ノア様がルクシア様を性的に襲おうとしている以外にどのような言い訳があるんですか」
「目にゴミが入ったって言うから取ってあげてただけよ!」
「思わず悪乗りしちゃいましたけど、本当ですよ」
ルクシアさんも認めたということは、本当っぽい。
―――ほっ。
………?
何でわたし今、ちょっと安心したんだろう。
「ほらオトハ、起きてください。誤解だったそうですよ」
「うーん、これが、ネトラレ………」
「新しい扉を開こうとしないでください、さっさと起きなさい」
「はっ、私は何を!?」
きょろきょろと周りを見渡して首をかしげているところを見ると、直前の記憶をショックで失ったらしい。
都合良いからこのままでいいか。
「なんでしょう、なにやらお嬢様が凄いことをしてたような」
「気のせいです」
「心の中に奇天烈な門が出現したような」
「気のせいよ」
ノア様も同じ考えに至ったようで、扉を開かせまいとしている。
ガチ百合ドМでその上NTR趣味なんて芽吹かれたらさすがに対処しきれない。
「そ、それよりクロ、来たばかりで悪いんだけれど、オウランとルシアスも呼んできてちょうだい。明日について話したいことがあるわ」
「あ、は、はい」
わたしはノア様に返事をして、これ以上展開しないように早々に話を切りあげた。
オトハとオウランも集合し、ケーラも来て、ノア様とルクシアさんの部屋に全員が集合した。
「さて、話し合いを………と言いたいところだけれど。ルクシア、ケーラ、ちょっと席を外してくれる?」
「わかりました。行きましょうケーラ」
「はい」
「あら、理由を聞かないの?」
「ふふっ、聞かれたら困る話なのでしょう?だったら聞きません」
ルクシアさんは優雅に立ち上がり、ケーラを連れて外に出て行った。
本当に、なんであんな良い人がノア様に惚れてしまったんだろう。
「あの子、聞き分けが良すぎないかしら。ちょっと心配なくらいよ」
「まあ、惚れた女には弱いってことじゃねえのか?」
「そういうことなのかしらね。まあそれは置いておいて、話を進めるわよ」
「しかし、今更集めてどうしたんです?」
オウランが聞くと、ノア様は笑った。
それはしばらく見ていなかった、悪だくみをしている時の顔だった。
「明日、この王国を乗っ取るわよ」
「言うと思いました」
「ん、知ってた」
「まあ、そうですわよね」
「予想はしてた」
「待ってくれ俺だけ話について行けてねえっぽい」
まだこっちに来て日が浅いルシアス以外は、ちゃんと分かっていたようだ。
「………え?この国乗っ取んの?マジ?」
「マジよ。あっちから招き入れてくれるんだもの、陰から操ってくださいと言っているようなものじゃない」
「絶対違うと思うが」
「今までは万が一バレた時のリスクが高かったから見送ってたんですよね」
「ええ、だけど今回は目の前にわざわざ来てくれるのよ?そしてこっちには、フィクサーにはもってこいの魔法を持っている子たちが勢ぞろいだわ」
「最たる存在が、精神魔術師のステアですね」
簡単に精神を掌握してしまう。
偽の忠誠心を植え付けて服従させる。
常識改変で従うのを当然と思わせる。
他人の意識を操る黒幕的な存在として、ステアほど適した人材もこの世界には多分いないだろう。
まあ、その背後にさらなる黒幕がいるわけだが。
「とはいってもノア様、そのまま王座につくわけではありませんよね」
「それはそうよ、政治なんて面倒くさいし、あの屋敷を離れるわけにもいかないわ。せめてルシアスが長距離転移魔法を覚えるまでは、玉座に座る気はないわよ」
「でもノアマリー様、千年前は王だったんですよね?」
「政治は全部部下に丸投げしてたから、形だけだったけどねー」
「本当に、ただ強いってだけで王になったんですね………」
「ルーチェは自分で指揮を執っていたみたいだけど、私は絶対にやらなかったわ」
「ルーチェ………」
千年前、ハルを倒した唯一の光魔術師。
そして、当時のノア様を病的に愛していたヤンデレ。
そこでわたしは、前々から気になっていたことを聞いてみた。
「ノア様、まったく関係ない疑問で恐縮なのですが。光魔法にも転生の魔法が存在しますよね」
「するわ。光魔法の究極地点にね。それがどうかしたの?」
「もしも、もしもですよ。ルーチェが今の世界に転生しているとしたら」
「それはないわね」
「え?」
ノア様はわたしの言葉を遮って断言した。
「何故です?ノア様を異常に偏愛していたのなら、有り得ない話ではないのでは」
「理由は簡単、私が金髪に産まれていることがその証明よ」
「え?」
「あら、言ってなかったかしら。この世界の因果なのかは知らないけれど、光魔術師と闇魔術師は、それぞれ同時期に二人は存在できないのよ。いついかなる時代でも、光魔術師が現れる時は先代の光魔術師が死んでから。だから私が金髪に産まれた時点で、ルーチェはいないはずよ」
「ですが、髪色を変えて転生したという考え方もできるのでは?」
「それもないわね。闇魔法の理を捻じ曲げて行う転生魔法《歪曲転生》に対して、光の転生魔法《再誕の日まで》は自由度が低いのよ。転生の時間指定も大まかにしかできないし、髪色も金髪から変えることが出来ないの。その代わり、転生前の魔力の半分を次の転生先の魔力に上乗せできるのと、成功確率が正しく行えばほぼ100%。だけど裏を返せば、ルーチェは金髪以外で転生することはできないということ。だから私が生きている時点で、ルーチェはこの世界にいないはずよ」
なるほど。
確かにそれなら、ルーチェがこの世界にいることは無さそうか。
「すみません、ちょっと気になって、話を遮りました」
「いえ、心配はもっともだわ。ありがとうクロ。
それで話を戻すわよ。まず明日の動向だけど―――」
その後、明日の動きを確認し、各々が頭に内容を叩き込んだ。
それは、ルクシアさんが大量のお土産を買って帰ってくるまで続いた。