第100話 王都
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ティアライト領から、馬車に揺られること丸一日。
エードラム王国の一番中心部にあり、王国で最も栄えてる街。
エードラム王国首都『リヒト』にわたしたちは着いた。
「この国には十四年も住んでいるはずなのですが、初めてきました」
「私は、この間、来た」
「ここの貴族を操り人形にした時にな」
「ちょっとあなたたち、遊びに来たわけじゃないのよ。しっかりしなさい」
着いた瞬間、わたしは全身に電撃が走ったかのような驚愕を覚えた。
「ノ、ノア様が、わたしにしっかりしろって………!?」
「何を驚いてるのかしらこの子は、私だって公私の区別くらいつけるわ」
「公私混同を絵にかいたような存在であるノア様が何をおっしゃいますか」
「クロ、あなたそろそろグーパンするわよ」
ノア様がしっかりしろと、そう言った。
わたしに。
朝起こす時、嫌いな野菜をこっそり捨てようとした時、本に夢中になりすぎて徹夜した時、エトセトラ。
わたしは幾度となく、ノア様にしっかりしてくださいと言ってきた。
そのノア様に。
ちゃらんぽらんな気まぐれダメ人間を究めんばかりのノア様に。
しっかりしろと、言われてしまった………。
「なんでしょう、この悲しい気持ちは」
「………私、さすがにちょっと生活を改めようかしら」
わたしが予想以上のショックを受けたことで、ノア様に心境にも若干の変化があったらしい。
「お、お嬢………!?大丈夫?具合、悪い?」
「お嬢様が、生活習慣を改める!?く、薬!薬屋はどこですの!?」
「待っててくださいノアマリー様、今すぐ宿をとって、氷枕と医者を!」
「お前ら失礼だなと言いたいところだが、あの姫さんの部屋の惨状を見ているとどうもなあ………」
しかし、ノア様と付き合いの長い三人は本気でノア様の体調を疑い、ルシアスすらそれを庇わない始末。
「あなたたちが私をどう思っているのかよーくわかったわ」
「まあまあノアさん、それだけ愛されているということではありませんか」
「私が私生活を改めようと言うだけで体調を心配してくるような愛って何よ」
ルクシアさんだけがそれを慰めている。
ノア様の婚約者という立場上、ついてこないわけにはいかなかったルクシアさんは、ケーラも連れてラフな格好でニコニコしていた。
完全に観光気分だ。
「まあいいわ、後で全員お仕置きするとして、早く宿に行くわよ。今回は国が取ってくれたみたいだから。どこかしら」
「目の前のこれです」
わたしが指さした先にあるのは、まるで宮殿。
ギンギラギンに光った、周りの建物と比べても異質な雰囲気の宿屋だった。
宿屋というか、ホテル。
前世風に言えば五つ星ホテルといったところか。
「………こんなところに税金使う暇があったら、もう少し兵士の武器待遇を良くしなさいよ」
「同感ですが、今回はここに泊まれるんですから感謝しましょう。ノア様の御要望書の通り、しっかり三部屋用意されているようです」
中に入ると、これまた絢爛豪華な雰囲気で、ホテルマンのような人たちが出迎えてくれた。
あらかじめ割り振られた部屋に通され、ノア様とルクシアさんが一番左、ルシアスとオウランが一番右。
わたし、ステア、オトハ、ケーラが真ん中の部屋だ。
「ごゆるりとお寛ぎください」
そう言ってホテルマンは出て行き、わたしたちは荷を開けた。
「まったく、何故私とお嬢様が一緒ではないんですの!」
「仕方がないでしょう、わたしたちは従者なんですから、同じ部屋に泊まるわけには」
「でもルクシアさんは一緒じゃありませんかっ!」
「あの方は婚約者ですし」
ハンカチを噛み締めて悔しがっているオトハだったけど、こればかりは仕方がない。
「お、お嬢様と密室で一緒って、それって、その………縛っていただいたり蠟燭を垂らしていただいたり罵られたり最後に撫でていただいたり、そういう」
「人類全員があなたみたいなドМだと思わないでください」
「クロさん、それについて前々から考えていた反論がありますわ」
「ほう」
「マゾヒストというのは、痛みや罵倒を浴びせられて喜色を浮かべる、被虐体質者のことを指しますわよね」
「まあ、そうですね」
「でも私はお嬢様以外から罵られるのなんて苛立ちしか感じませんし、普通に痛いのもいやですわ。お嬢様から与えられる蔑みと苦痛にしか興味がありませんの。どうでしょう、これはМとは言えないのではないでしょうか!」
「知ったこっちゃありません」
人生で初めてだ、ここまで興味が湧かない反論は。
「馬鹿なこと言ってないでさっさと荷をほどいてください。王城に行くのは明日とはいえ、王様に会うんですよ」
「分かってますわよ。ほらステア、あなたもやってくださいな」
「分かってる」
「分かってるは返事じゃありません」
「あなたもさっき言ってましたよ」
わたしがさっさと準備を終えて伸びをすると、既にてきぱきと仕事を終えたケーラの姿が見えた。
メイド喫茶のようなメイド服ではなく、よく教科書とかに乗ってたようなメイド服を着ている彼女は、一息ついてわたしたちの分のお茶を淹れてくれていた。
「皆様、どうぞ」
「あら、ありがとうございますケーラさん」
「………ありがと」
「すみません、従者とはいえお客人にやらせてしまって」
「いえ、こちらが押しかけているのですからこれくらいは」
ケーラはどこからどう見ても美人の類いだ。
十八歳だと聞いているが、赤い髪に白い肌、少し細い目、甲冑とか着たら男性より女性にモテるタイプだと思う。
イケメン系女子というやつだろうか。
「ケーラさんは、何故ルクシア様に仕えているんですか?」
「実は自分は、元々この王国の貧民街出身なのです。幼い頃に暮らしに嫌気がさして、平和な国だと風の噂で聞いた共和国連邦まで歩こうとしたのですが、当然途中で力尽き、倒れてしまいました。そこで、たまたま王国に来ていた旦那様とルクシア様に拾って頂いたんです」
「なるほど、わたしたちと結構似た境遇なんですね」
「その恩義に報いるために、自分はルクシア様に仕えています。皆様ほどではないかもしれませんが、主人のためならどんなことでもする覚悟です」
「素晴らしい心がけだと思います」
表情で、さっきの話には偽りないことは分かる。
拾ってもらった人間が違うとはいえ、絶対的なカリスマ性を持つ人間に拾われるというのが、どれほどの幸運か。
そして、それゆえの苦労もあるだろう。
なんだかシンパシーを感じてしまう。
「………………」
「ステア、どうかしましたか?」
「………なんでもない」
だけど、どうにもステアは違うようだ。
やはりケーラを避けている節がある。さっきから目を合わせないし、警戒しているように見える。
ステアは言っていた。ケーラは何かに妨害されるように記憶が読めないと。
ノア様やルクシアさんのように、意思の力だけで精神魔法跳ねのけられるなら、それは感覚で分かるらしい。
しかし、ケーラは違うという。
彼女の場合、魔法をかけられるはずなのに何故かかからない、というのが正しいそうだ。
しかし、噓は言っていないし、ルクシアさんはこちらの味方だし、大丈夫だとは思うんだけど。
「さて!ちょっと隣のお部屋に、突撃してきますわあ!」
「あ、ちょっ………」
わたしの考えは、部屋を飛び出したオトハによって遮られた。
あの子を野放しにしておくと碌なことが起きなさそうなので、わたしも行くしかない。
「はあ………。行きますよステア」
「ん」
「ケーラさんはどうしますか?」
「自分はもう少ししてから」
「わかりました」
部屋の鍵を持って扉を閉め、左隣の部屋に行くと、部屋の中の通路の真ん中でオトハが止まっていた。
「オトハ?どうかしたんですか?」
返事がない。
近づいて、オトハが見ている先をわたしも見る。
ノア様がルクシアさんを押し倒していた。




