第98話 対帝国戦会議
「さて、じゃあ対帝国戦の会議を始めるわよ」
ノア様はどこからか取り出したホワイトボードを掲げ、わたしたちにそう言い放った。
ちなみに書記はノア様じゃなくてルクシアさんだ。
ノア様に「書くのとかめんどくさいからやって」と言われて快諾していた。
「帝国との戦いで邪魔になりそうな連中はほとんど殺して、残した若干名も全員ステアの魔法で洗脳済み。帝国にこっちの情報が事前に流れることは無くなり、こっちはある程度情報を入手可能。これは大きなアドバンテージになるわ」
ルクシアさんが棒人間を数人書き、それにバツを付けた。
多分そのイラストは要らないけど、ノア様は構わず話を続ける。
「だけど、それでも帝国との兵力差は覆せないわ。帝国の兵数は王国の約三倍。練度でどうにかなる域を超えている」
「わたしが元居た世界では、圧倒的に数が劣る敵を少数でやっつけた、という話もあったんですが」
「それはその将、あるいはその参謀が指導者として圧倒的に優秀だったからでしょう。王国の大将クラスなんて、皇衛四傑に遠く及ばないような雑魚よ?」
「一回任務の帰りにたまたま見かけたことあるけど、殺そうと思えば僕でも余裕で殺せそうだったな」
「防御主体のオウランすら殺せるということは、相当弱いですわね」
「あれでも四大魔術師の中では上位の実力者なのよ。一応は高位魔法も使えるみたいだし、この世界基準で見れば弱くはないのだけれど」
「ノア様の目で見ると微妙ですか」
「そうねぇ。千年前は四大魔術師の中にも、『希少魔術師殺し』なんて呼ばれてるほどヤバいのが数人いたわ。私が二人殺したことあったけど、確かに並の希少魔術師より手こずったわね」
希少魔法は、その名の通り『珍しい魔法』。
非常に強力な効果をもたらすものが多いけど、決して四大属性使いがわたしたちより圧倒的に劣っている、というわけではない。
ただ、希少魔術師は先天的に多大な量の魔力を保有していることが多いのと、防御が難しくトリッキーなものが多いから強力とされているだけで、同じ魔力量であれば希少魔術師と四大魔術師の力量差は思っているよりは無い。
「なあ姫さん、その四傑ってのはどれくらい強いんだ?事前情報はあるのか?」
「あるにはあるのだけれど、正直どれも微妙なのよね。情報のガードが固いのよ」
ノア様が珍しく困った顔をしてため息をつく。
するとホワイトボードに奇天烈な絵を描いていたルクシアさんがくるりと振り向いて。
「あ、ワタシ結構詳しいですよ」
と、軽く言った。
「え?なぜ?」
「共和国連邦には、帝国暗部の『カメレオン』から足抜けした人が一人いまして。その人に聞いたんです」
カメレオン、帝国最悪の諜報部隊。
存在こそ知られているけど、誰もその実態を知らないと言われている、帝国の敵対国にとって皇衛四傑に次いで恐れられる暗部組織か。
「へえ、さすがは世界で最も人が集まると言われる共和国連邦ね。教えてくれるの?」
「勿論です。ノアさんたちの勝利のためならば、協力は惜しみませんよー」
晴れやかな、一切嘘のない笑みでルクシアさんはそう言った。
「まず、群青兵団団長のフェリ・ワーテル。三十代前後の女性で、帝国の名家であるワーテル家の当主でもあります。私と同じ水魔術師ですが、得意とするのは限界まで圧縮した水を高速回転させて敵を切り裂く刃をいくつも作り出す、見た目に反して攻撃的な魔法です」
「ふむ」
「次に赤銅兵団団長のランド。元々スラム街出身ですが、その強さと容赦のなさから皇衛四傑に選ばれた実力派。土魔術師で、岩の巨人を作り出す魔法を主に使います。巨人は並の魔術師では破壊できない体と、一撃で鉄を粉々にする攻撃力を併せ持つそうです」
さすがは帝国最強、聞くだけでも恐ろしい実力者だ。
だけどノア様の顔は少し不満気だった。
「ルクシア、その二人は正直後でいいのよ。問題は残りの方」
「だと思いました」
「………?どういうことですか」
「皇衛四傑と呼ばれている四人ですが、そのうち二人の実力は別格とされているんですよ。ランドとフェリは下位で、正直対策次第ではクロさんたちでも普通に勝てると思います」
まあ、フェリは遠距離攻撃が得意みたいだから、オウランが弓で狙撃すれば意外と一撃で倒せてしまうかもしれない。
ランドも、いくら岩の巨人といえどわたしなら足を消して行動不能にできる。
なんとかなりそうではある。
「紅蓮兵団団長フロム・エリュトロン。四傑の筆頭にして、四十年以上帝国に仕える猛者です。炎魔術師なんですけど、最も警戒するべきはその近接戦の実力。伝え聞いた話だけでもその恐ろしさは伺え、現時点でおそらく、ルシアスさんを上回っています」
「おいおい、マジか」
「ルシアスを超える戦士って想像つかないんですけど」
超人体質で他人の数倍の膂力と戦闘センスを持ち合わせ、近接戦に限ればノア様すら勝負にならない、この男に勝る強さ。
それは一体どんな化け物だ。
「さらに厄介なのは、フロムは炎魔法を武器にまとわせて使ってくるそうです。しかも火力が高すぎて、並大抵の武器だと溶けるんだとか。さらに周囲の熱気を操作し、敵の周囲をサウナのように暑くしてくると聞きます」
「うへぇ」
地味だ。
地味で、恐ろしい魔法だ。
サウナで戦うなんてただの命取り、脱水症状と熱中症で数分で動けなくなる。
なるほど、無茶苦茶だ。
「そんなヤバいのと肩を並べるのがもう一人いるんですの?」
「はい。名前はリーフ・リュズギャル。翡翠兵団団長、四傑の地位に歴代最年少の十四歳で就いた天才風魔術師です。今は確か十六歳でしたか」
「十六って、私たちと大して変わらないではありませんか。希少魔術師じゃあるまいし、フロムと同格の強さとか本当ですの?」
「はい。というか集めた情報から推測するに、リーフはおそらくフロムよりも強いかと」
「「「は?」」」
「………へぇ」
ノア様以外の全員が思わず声を上げた。
ノア様は興味深そうにルクシアさんの話に聞き入っている。
「そんなに強いのね」
「はい、なにせ出陣は今まで僅か二回ですが、そのどちらでも数千人の敵兵を一人で壊滅させています。それも半日もかからずに」
「それは、わたしでも無理ですね………」
「そもそも四傑に入った時のエピソードが過激でして。彼女は二年前、未だ学生だった時に、当時四傑の一人だった父親を殺してその地位を奪っているんです」
「あら怖い」
「しかもそれに反発したランドに一騎打ちを申し込まれ、無傷でそれを返り討ちにしたとか。得意としている魔法などは無く、状況に応じて風魔法を使い分けるそうですが、どれもその威力と性能が異次元級だと聞きました。しかも情報を提供してくれた元カメレオンの個人的な意見では、まだ本気を隠しているように見えたそうです」
なるほど、真の怪物はこっちか。
フロムを超える実力者ということはつまり。
リーフが帝国最強、ノア様の最大の障害ということだ。
「ルクシア、情報を精査して教えてちょうだい。リーフと私、どっちが強い?」
「そうですね―――」
ルクシアさんは額に手を当て、数秒考えると。
「互角………いえ、若干ノアさんが上だと思います。しかし先程も言いました通り、仮に彼女が本気を出したことがないのだとしたら、あるいは」
「私を超えるかもしれない?」
「言い難いですが、はい」
ルクシアさんの頭脳は、ノア様と並ぶレベルだ。
その天才が導き出した結論なら、精度は高い。
リーフ・リュズギャル。私の魔法に抵抗するレベルの魔力量がある可能性が高いとノア様に言われた女。
つまり、わたしにとっては天敵だ。
「いいわね、面白いわ。やっぱり戦いはこうでなくちゃ」
「言ってる場合ですか、予想以上に敵が強いじゃないですか」
正直、わたしたちがいればどうにかなると思っていた。
けどダメだ、向こうにはわたしたちを上回るのが少なくとも二人いる。
しかもそのうち一人は、下手したらノア様より上とか。
ここまでなんだかんだ完璧に近いほど順調に事を為してきたわたしたちにとって、最初の大難関といえるかもしれない。