第97話 ステアとルシアスの帰還
オトハとオウランが帰ってきた次の日の早朝、まだわたししか起きていない時間。
わたしが朝の仕事をこなし、洗濯をしていた時、玄関の方から音がすることに気づいた。
もしやと思って外に出てみると、そこには一台の馬車が止まっていて、中から二人の人間が出てきた。
ああ、帰って来たか。
「おいステア、お前もちったぁ金出せよ!」
「私、十歳。子供だから、お金持ってない」
「嘘つけええ!お前を溺愛してる姫さんが小遣いや給料を渡してねえわけねえだろ!子供らしからぬ収入があるだろうが、絶対俺より持ってるよな!?」
「全部、ホットケーキとハンバーグに、消える」
「頭いいならもっと計画的に金を使え!ここ数日の馬車代で、俺の財布はすっからかんだ!どうせ経費で落とすんだからすぐに戻ってくるだろ!」
「戻ってくるなら、全部ルシアスが払っても、問題なし」
「欲しいもんがあるんだよ!ここで全額使ったらしばらく買えないだろが!」
どうやら、共に任務をこなしたことによって友情も芽生えたようで何よりだ。
暫く言い合いをしていたが、途中でステアがわたしに気づいてとてとて早足でこっちに来た。
そしてぽすっとわたしの胸辺りに顔をうずめて、ぐりぐりとやり始めた。
「クロ、ただいま」
「おかえりなさいステア、元気そうで何よりです」
「ん、げんき。寂しかった」
なんだろう、この癒されるような感覚は。
ずっとこうしていたいような。
「クソッ、もう酒一杯分くらいしか残ってねーじゃん………」
「ルシアスもおかえりなさい、どうでしたかステアの仕事ぶりは?」
「仕事は完璧だったぞ、姫さんが同行させた意味がわかる。ただ、コイツは本当に普通の従者か?金遣いが荒すぎるんだが」
「この子、ノア様だけでなくメイドからもお小遣いをもらってますし、普通の大人以上の給金がありますし、何よりほしいものをねだったら大体ノア様が買っちゃうので金銭感覚が若干ずれてるんですよ」
わたしに引っ付いて離れない可愛いステアを撫でながら、わたしはルシアスをねぎらう。
基本的に自分が良ければ大体良しなノア様だけど、ステアのことだけは甘やかすので、わたしもちょっと困っている。
気持ちは分かるけど。
「ほらステア、ノア様に挨拶に行きますよ」
「ん」
「おう、了解。ついでに早めに経費分補填してもらえるように頼まなきゃな、じゃないと破産する」
二人を連れて屋敷に入り、ノア様の部屋に入る。
勿論、まだノア様は寝ていた。
「ノア様、起きてください。ステアたちも帰ってきましたよ」
「んぅ………」
「それにもう朝食の時間です、早くしないと冷めますよ」
ノア様はゆっくりと起き上がり、大きなあくびをしてからトロンとした目でわたしたちをじっと見てきた。
何故かその御姿にドキッとするけど、その気持ちを抑える。
「ステア、おかえり………」
「お嬢、ただいま」
「ちゃんと仕事は、終わらせた………?」
「ん、カンペキ」
「そう………」
そう言ってノア様は寝ぼけた顔で笑みを浮かべて、
「おいでー」
「ん」
「ふふっ、やっぱりステアが一番体温高くていいわねー」
「むふー」
ステアをベッドに引き込んで、そのまま抱きしめて再び布団を被った。
「いや、起きてください。ステアもなにナチュラルに寝る姿勢なんですか」
「まだ眠いのよぉ」
「お嬢と一緒に寝るの、好き」
「健康な生活に健全な精神が宿るんです、さあ早く目を覚ましてください」
その後、不本意そうにノア様は起き上がり、ステアも少し不服そうにしながらベッドから降りた。
ノア様が朝食をとるのを見計らってわたしたちも軽く食事をして、ついでに今日は休暇予定だったオトハとオウランもたたき起こす。
そしてステアたちの帰還から一時間ほど経ち、ノア様と五人の側近が久しぶりに集合した。
「さて、改めてご苦労様。皆よくやってくれたわ」
「ありがとうございます」
「報告を聞きましょう。ステア、どうだった?」
「リストに書いてあった人、三人以外は帝国と内通してた。その三人のうち一人は、魔法で操った。黒だった人も、二人、伯爵級の精神を掌握済み」
「計三人の操り人形ね。他の連中は?」
「全員、精神を壊してきた」
「俺の方でも確認済みだ。一切バレちゃいないぜ」
「さすがねステア。素晴らしい働きよ」
「ぶい。でも、ルシアスがいなかったら、ちょっと危なかった」
「あら、仲良くなったみたいで何よりね。ルシアスもご苦労様」
「おう」
わたしたちの中で最年少であるステアだけど、一番優秀なのはこの子かもしれない。
「ルシアス、空間魔法については鍛錬を怠ってないわよね?」
「もちろんだ、色々な場所を見て回ったおかげか、下位の魔法なら使えるようになったぜ」
「あら。じゃああとで見せてもらうわね」
これでノア様から与えられた任務は全員が完了したことになり、王国でノア様の邪魔になる人間はこれでかなり減った。
あとは帝国を返り討ちにして、この国を乗っ取る。
「優秀な仲間ばかりで私は嬉しいわ。これからも頑張って頂戴ね」
ノア様は満足そうに頷く。
「さて、ここからはしばらく各々で特訓よ。雑魚相手とはいえ人間に対して魔法を実践するのは結構いい経験になったでしょう?それを生かして魔法に磨きをかけなさい」
「わたしたちをこのタイミングで任務に就かせたのは、そういう意図でしたか」
「意図の一つ、ね」
一つの目的を、ついでに他の目的の近道に使う。
本当に強かな御方だ。
「あら?朝から皆さんお集まりでどうされたんですか?」
扉を開けてそう呼びかけてきたのは、案の定ルクシアさんだった。
「おはようございますルクシア様。もう正午近いですが」
「んあ?なんでバレンタイン家のお嬢さんがここにいるんだ」
「お久しぶりですねルシアスさん。わけあってここでお世話になっているんです」
「はーん、よくわからんがあんたも大変だな」
ルクシアさんとルシアスが互いの近況を話し合ったりしていると。
突如服に違和感を感じて見てみると、ステアがわたしの服をギュッと掴んでいた。
「ではワタシはもう少し寝てきますね」
「まだ寝るんですか………」
ルクシアさんとケーラが欠伸をしながら部屋を出て行き、ステアがほっと息を吐いた。
「ステア、何をしているんですか?」
「………あの二人、苦手」
「へ?」
「あら、なんでかしら」
「どっちも、何考えてるか、分からない」
それはつまり、あの二人に精神魔法が効かないということだろうか。
たしかに共和国連邦にいた時もそんなことを言っていた。
「どういうことだ?」
「ルシアスは知りませんでしたね。精神魔法は意思が強固すぎたりする人には効果が薄いんですよ」
「ほー。あの嬢ちゃん、そんなに固い意識があんのか?」
「わかんない。けど、ルクシアより、ケーラの方が、ちょっと苦手」
そういえば、ケーラはルクシアさんのメイドに過ぎない。
なのにステアの精神魔法をはねのけ、心を読ませないほどに強固な意識を持っているというのは、少し妙な話だ。
「ルクシアは、普通に、意思が固くて読めない。けどケーラは、ちょっと違う」
「といいますと?」
「ケーラは、意思が固いんじゃなくて。心を読もうとすると、別の何かに、邪魔される感じが、する」
「邪魔?」
ノア様も首をかしげている。
「精神魔法を防ぐ手段は、一応意思的なもの以外でもいくつかあるわ。特に希少魔法ならね。それなら邪魔されたって感想にも辻褄が合うのだけれど」
「この時代で希少魔法が使えるのは我々だけですし、そもそもケーラの髪色は赤ですしね」
若干の違和感を残したままではあったが、わたしたちの任務は終わった。
そして、ついにこの数ヶ月後。
帝国との全面戦争に突入することになる。
明日の更新、諸事情でお休みさせていただきます。
次回更新は4/2予定です。