第96話 双子の帰還
「おっ嬢っ様ぁ~~~!」
わたしが帰って来てから二日ほど経ち、次に帰ってきたのはオトハとオウランだった。
オトハは途中までは静かだったけど、部屋に入ってノア様を見た瞬間我慢が出来なくなったのか、過去最高の速度で飛びついた。
だけど普通に避けられた。
「がふっ!?」
「おかえりオウラン、ちゃんと仕事はしてきた?」
「ただいま戻りました。すべてお言いつけのままに」
「ありがとう、ステアとルシアスが帰ってくるまでは休暇にするから、ゆっくり休んでちょうだい」
「ありがとうございます」
「お、お嬢様!なぜ私を無視するんですの!?」
「あらオトハ、いたの?」
「あぅ!?はふぅん………」
どうやら三週間以上会ってなくても、変態は健在のようだ。
むしろ今の程度で腰抜かしてる辺り、拍車がかかってるんじゃないだろうか。
「あなたもちゃんと仕事したんでしょうね?」
「も、勿論ですわ!お嬢様の邪魔になる畜生共を全員皆殺しにして、それを別の貴族の仕業になるように細工しましたわ!」
「細工したのは全部僕だけどな」
「だ、だから!お嬢様、もう限界です!罵るなり踏むなり、いっそ鞭で叩いていただいても構いませんので、どうか!どうか私を蔑んでくださいませ!」
「この子が主人にいじめられるために毒食らった連中がちょっと気の毒になるくらい酷い絵面ですね」
顔を赤らめて期待に胸を膨らませたオトハを、わたしとオウランは冷ややかな目で見つめていた。
「オウラン、お疲れさまでした」
「クロさんもお疲れ。一人だったのに一番仕事早く終わらせるなんてさすがだな」
「わたしの場合はシンプルに人を殺すだけでしたから。むしろあなたの工作がこんなに早く終わったことが驚きです、相変わらず器用ですね」
「まあね。途中からアイツが幽鬼の如く『お嬢様………お嬢様ァァ………』とか言い出した時はもうだめかと思ったが、上手くいってよかった」
「相棒が任務の最難関障害になりかけてどうするんですか」
わたしとオウランが任務について意見交換をしている間も、オトハとノア様は後ろで、
「まったく、なんでこんな仕事を一週間で終わらせられないのかしら。わざわざオウランまで付けたのに、とんだ無能ちゃんね」
「はぅ!」
「どうしたの?無能って言われて興奮したの、この変態。というかいつまでそんなところでへたり込んでるのかしら、誰の許可を得て私を見上げてるの?」
「んく!も、申し訳ございませぇん………」
「そう思うなら謝る前にすることがあるわよね?あーあ、足置きがないせいで足を延ばせないわ」
「そ、それならばぜひ!ぜひ私の背をご利用くださいませ、お嬢様ぁ!」
「じゃあそこで四つん這いになりなさい。………ふぅん、足置きとしてはそこそこ優秀なんじゃない?褒めてあげるわ」
「はひゅ!あ、ありがとうございましゅぅ………」
「「………………」」
ノア様に踏まれて、ちょっとレーティングシステムの導入が必要そうな顔をしているオトハと、そのオトハを見て楽しんでいるノア様。
ノア様は『ちゃんと仕事を終わらせたら踏んであげる』というオトハとの約束を守っているだけなんだけど、なんて酷い絵面なんだろう。
少なくとも、ステアには見せたくない光景だ。
「あの、ノアマリー様。それ以上はマジでうちの姉が手遅れになるので、やめてやってくれませんか」
「心配しなくても、この子はもうとっくに手遅れだと思うけれど」
「あああん、もっと!もっと言ってくださいい!」
「これはもうダメですね。幻覚でしょうか、目にハートマークが見える」
ちなみに一応はっきりさせておくと、ノア様は十四歳、オトハは十三歳だ。
これは酷い。
あまりのオトハの痴態にオウランが涙をこらえ、わたしがハンカチを渡していると。
「………えっと、これはどのような状況なんでしょうか?」
後ろから声がして振り返ると、そこにいたのはルクシアさんだった。
「え?ル、ルクシア様!?何故ここに!?」
「あああああ!?この泥棒猫、ついにこんなところまで来たんですの!?お嬢様を寝取ろうとする雌猫はこの私が痛いっ!?」
アホなことを口走り始めたオトハを私がスリッパではたいて黙らせる。
「おはようございますルクシア様、朝食はいかがなさいますか?」
「時間も時間ですし、昼食からで結構ですよ。お気遣いありがとうございます」
ルクシアさんがここに来て気づいたことがあるんだけど、彼女は異様に朝に弱い。
ケーラ曰く、「無理やり起こすと有り得ないくらい機嫌が悪くなり、家中の誰も手が付けられなくなる」とのことで、結局朝十時くらいになるまで大体寝ている。
この人が暴走するってちょっと想像できないけど。
「オトハさん、オウランさん、お久しぶりです。諸事情あり、しばらくこの御屋敷に住まわせていただくこととなりました。どうかよろしくお願いいたします」
「んなぁ!?お、お嬢様、どういうことですの!?」
「聞いた通りよ」
「そんな話聞いておりませんわ!?」
「だってあなたいなかったじゃない」
ノア様とルクシアさんが婚約しているのは建前だと知っているはずなのに、何故そんなに彼女を敵視するのだろうか。
確かにルクシアさんはこのままゴールインしたがっている節が無きにしも非ずだけど。
「ふー………ルクシアさん、少し大人な話をしましょう」
「十三歳の子供が何言ってるんですか」
「ちょっと黙っていていただけますかクロさん」
なんだろう。
この子がシリアスモードを持ち出してくると、何故かイラっとする。
「いいですかルクシアさん」
「はい」
「まず、私もルクシアさんも、お嬢様を愛している。ここまではよろしいですわよね」
「そうですね、ワタシもノアさんのことはお慕いしています」
「しかし、私はこう思うのです。愛というのは結局、共に過ごした時間が物を言うのではないかと!」
なんか語り始めた。
「私はもう、二年以上お嬢様と苦楽を共にしてきました。二年です。対してあなたは?」
「えっと、一緒にいた時間は一月もありませんね」
「そうでしょう!」
「その理論ですと、わたしが一番になるんですが。今年で十年目ですし」
「わたしは二年!あなたの二十四倍も長くお嬢様と一緒にいるのです!」
無視された。
「もうこのお嬢様への純粋な愛は、誰にも負けないと自負しておりますわ」
「踏み潰されるのが純粋な愛か。随分ひん曲がった愛だな」
「つまり!実質、お嬢様と結婚しているのは私というわけなのです!」
「どこがつまりに繋がってるのかさっぱりわかりませんね」
「支離滅裂の極みが今ここにあるぞ」
「ルクシア、聞き流していいわよ」
「ああああああああーーー!!」
ついにわたしたちの言葉に耐えられなくなったのか、オトハは四つん這いになりながら叫んだ。
「クロさん、オウラン!どっちの味方ですの!?」
「どちらかというとルクシア様」
「まあ、ノア様が建前とはいえ婚約されている方ですし、いろんな意味でオトハよりルクシア様の方が上ですし」
「お、お嬢様!お嬢様は私の味方ですわよね!?」
ノア様はそれを聞くと、慈愛に満ちた笑顔を浮かべた。
オトハから足を離し、オトハの顔に触れて瞳をじっと見つめた。
オトハも期待と興奮に目を潤ませ、そして。
「正直、顔はクロの方が好みなのよね」
「………………」
少しわたしの顔が赤くなるのを自覚している中、オトハが絶望に満ちた顔をして気絶した。