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第93話 拷問官

 クロが図書館でアウルム子爵を泣かせ、ステアたちが標的の部屋をひっくり返していた頃、オトハとオウランはティアライト家の真北にあるオデュム領のオデュム伯爵の屋敷にいた。

 オデュム伯爵家は古くから王国に仕え、特に他国との貿易においてはティアライト家とも双璧を為す、非常に優秀な貴族なのだが。

 現当主は王国に対する忠誠心を持っておらず、帝国に宣戦布告された矢先、真っ先に帝国側に寝返る算段を立てた。

 ティアライト領が近かったこともあり、ノアについての情報を収集させるために帝国に内通者として認められていた、のだが。


「カハッ、ガハッ!オエッ………グボッ!」


 その伯爵は、現在見るも無残な姿で苦しみ悶えていた。

 吐血だけでなく、目と耳と鼻からも血が垂れ流され、首を抑えて暴れまわっている。


「動くと毒が回るのが早くなりますわよ?」

「ハーッ、ハーッ!………ゴバッ!」

「ほら、言いましたのに」


 そして彼が苦しむ様を、ソファーにもたれかかってつまらなそうに眺める少女がいた。

 勿論、オトハだった。


「私は生憎、ステアのように記憶を読めないんですのよ。だからこうして少しずつ毒を打ち込んで苦しませるしか、情報を手に入れる術がないんですの。それにもうすぐ宿のチェックインの時間ですし、さっさと色々吐いていただけませんこと?」

「ふ、ざけ、るな………!俺は絶対に、貴様如きに………!」

「《劇毒抽出(ヴェノムクリエイター)・タイプ14》。それっ」


 ドスッ。


「ぐぎ………があああ!?」

「タイプ14は出血毒ですわ。というかそろそろあなた自身が死ぬので、早めに情報を教えてもらえませんこと?これ以上毒を取り込むと、さすがの私でもあなたが絶命する前に解毒が出来なくなってしまいます」


 オトハは顔色一つ変えず、手に持っていた長細い針に自ら生成した毒を塗り、勢いよく伯爵の脚に突き刺した。


「おいオトハ、こっちは終わったぞ。って、まだ終わってないのか」


 予想以上の伯爵の抵抗にオトハが焦れていると、仕事を終えたオウランが部屋に入ってきた。


「意外と強情な方なんですのね、まったく面倒ですわ。私、攻めるより攻められたい派なんですの」

「お前の性癖は知らん」

「まあ、私を攻めていいのはお嬢様だけなのですけれど………ふふっ」

「もっと知らん」


 オウランはため息をつく。

 彼自身、生まれた時からずっと一緒に過ごしてきた双子の姉がここまで色んな意味で危ない女になるのは予想外だっただろう。


「カハッ!」

「本当に喋りませんわね。仕方がありませんわ、やり方を変えましょう。オウラン、まだ彼を生かしています?」

「ああ、拘束で済ませてる」

「じゃあ連れて来てくださいませ」

「ったく、弟遣いの荒い姉だよ………」


 伯爵は苦しみながらも、必死に家の人間が気付くのを待っていた。

 これだけの叫び声だ、家の人間が気付いていないはずがない。そう考えていた。


「連れてきた」

「あら、可愛らしい少年ですわね。ステアと同い年くらいでしょうか?」

「!?貴様ら、息子をっ………ぐあっ!」


 オウランが引きずってきたのは、意識を失った伯爵の息子だった。

 伯爵は立ち上がろうとするが、毒が回った体ではそれすらできず、そのまま転がる。

 何故息子がここにいる?

 息子は今、部屋で家庭教師に勉強を習っている頃だ。

 万が一のために、腕利きの元傭兵の護衛も常に二人つけている。

 あいつらはどうした?

 伯爵の頭は、混乱と激痛で埋め尽くされていた。


「さて、言いたいことは分かりますわね、オデュム伯爵?」


 オトハはニッコリと笑い、伯爵の息子の首筋に指を突き付けた。


「話してくださらないと、この子を殺しますわ♡」

「なっ………ま、待て!」

「十秒あげますので、言いたくなったらお声がけを。いーち」


 突如現れ、声を上げる前に自分に何かを打ち込み、一瞬の後に自分の部屋を拷問部屋にした、ピンクの髪の少女。

 仮にも貴族である自分を、石ころを見るかのように扱い、未知の魔法を使う謎の存在。

 伯爵には、もはやオトハが悪魔に見えていた。


「きゅーう。じゅ」

「わ、わかった!話す!話すからやめてくれぇ!」

「ご協力感謝しますわ。では解毒するのでしばしお待ちを」


 伯爵の心がついに折れた瞬間、急速に体に走っていた激痛と気持ち悪さが消え、呼吸も元に戻った。


「既に屋敷内は制圧済みですので、いくら声を上げても構いませんが、抵抗されるようでしたら即座に体内に仕込んだ毒を再発させますのでご注意を。では、お話していただきますわ。オウラン、メモ取ってください」

「もう準備してるよ」


 伯爵は、帝国の内情、流した情報、得た利益、これまでに行った事業、その他あらゆる情報をすべてオトハとオウランに話した。

 包み隠さず、すべて。


「こ、これですべてだ。もういいだろう?」

「ふむ。どう思います、オウラン」

「これだけの情報があれば、あの御方も満足されるだろ。それに別の奴にも聞くことはあるし、ここで時間をかけてもいられないぞ」

「そうですわね。この後もあることですし、この辺でおいとましましょうか」


 オトハは満足そうにして立ち上がり、扉に向かった。

 伯爵はほっとした。これでオトハとオウランについて話せば、憲兵が二人を捕らえるだろう。

 何せ劣等髪だ、他の人間の数倍目立つ。見つからないわけがない。


(甘い、甘すぎる。所詮は子供だな)


 伯爵は念のために、オトハとオウランから守るために息子を抱きかかえた。

 オトハの未知の魔法を警戒してのことだったが、その必要はなかった。

 何故なら。


「………え?」


 その少年は、もう息をしていなかったのだから。

 体は冷たく、脈もない。完全に、眠ったように死んでいた。


「う、うわああああああああ!?」

「はあ、やっと気づいたんですの?このまま気づかなかったらどうしようかと思っていましたわ」

「なんだよ、それでわざと背を向けたのか」

「はい、だってもう少し苦しめたかったんですもの」

「貴様っ………貴様らあああああ!!」


 怒りで我を忘れた伯爵は、オトハに殴りかかった。

 しかし、オウランが耐性魔法でそれを簡単に受け止める。


「殺してやるっ、殺してやる!よくも息子をぉ!」

「屋敷の人間は即効性の毒ガスで苦しめて殺したのに、彼だけは眠ったように安楽死させてあげたのですから、感謝してほしいくらいですわ」


 怒りで真っ赤だった伯爵の顔は、瞬時に真っ青になった。


 オトハとオウランの目的は、この屋敷中で戦闘があったように見せかけ、それをノアが嫌っている別の貴族の犯行に見せかけることである。

 オウランがさっきまでその証拠を捏造し、ついさっき完璧にそれが終了していた。

 この作戦は、屋敷の中にいる人間が全滅し、目撃者が皆無の状態にしていないと意味がない。

 つまり伯爵が話そうか話さなかろうが、元々皆殺しにする予定だった。


 伯爵の憤怒は恐怖に変わり、その場でしりもちをついてしまった。


「何故、何故そんなことを………」

「我々の主人の御命令だったのですわ。………主人ですって、きゃっ♡」

「アホなこと言ってないでさっさと済ませてくれ」

「ゴホン。さて、我が主を監視し、その情報を帝国に売りつけようとした件。まさか命を懸けず、軽はずみな気持ちでそんなことをしていたわけじゃあ、無いですわよねぇ?」


 伯爵は悟った。

 自分は目先の利益と浅慮のあまり、最も敵に回してはいけない人間を軽視していたのだと。

 自分が帝国に情報を売った個人は、一人しかいない。


「貴様らの主人とは、まさか………!」

「情報も入手したことですし、死んでいただきますわね。私の愛おしいお嬢様の自由を妨げたこと、万死に値しますわ」


 オトハは伯爵の肩に手を置き、魔力を込めた。

 そもそもな話、ノアに対する愛情に関しては最もそれが顕著なこの淫乱ピンクが、ノアにマイナスな行動をした者を生かしておくはずがない。

 自然と伯爵に触れるその手にも力が入り、その顔は怒りと満足で邪悪な笑顔をかたどっている。

 そして伯爵はすべてを諦めた、抜け殻のような顔をしていた。

 

「《腐食の接触(アシッドタッチ)》」

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