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第四章 「あたしとキリア」

「みなさま! お待たせいたしました! これより、世界中のアイドルが集い、火花を散らす、最高峰のフェス、『ザ・インダクション』の第五節を開催します!」

 下から大きな歓声が湧き上がる。

 目を開き、足元を見た。そこに広がっているのは、巨大なドームを持つライブ会場。今まさに、ドームが開き、中に押し込められた歓声が外に飛び出してきた。

「本日は、イタリア代表の四人組ユニット『リモーネ』と、イギリス代表の四人組ユニット『キャメロット』の対戦です!」

 デュラハンは、ドームのはるか上空に立っていた。輝化スキルで空中にとどまり、興奮のるつぼとなったライブ会場を見下ろす。司会者のアナウンスで、キャメロットという言葉を聞き、今すぐにでもステージに乱入したかったが、深呼吸して踏みとどまる。

「リモーネは、ここまで一勝三敗。現在、三連敗中で少し勝ちから遠ざかっていますが、初出場のフレッシュさを発揮し、ここまで健闘しています! 一方、キャメロットは、三勝一敗。初戦の日本代表ユニット、『那由多四十七士』に敗北しました。しかし、さすがは伝統のあるユニット。そのあとは、堅実な試合運びで三連勝を果たし、波に乗っています!」

 両ユニットを応援する観客が交互に歓声を上げる。

 早く戦いたい! しかし、今、会場に乱入すれば、リモーネとキャメロットの二つのユニットに挟撃され、敗北してしまうのは目に見えていた。それはわかるのだが……。

 逸る気持ちに負け、輝化スキルを緩めて、落下を始めようとしたとき、「待って!」と頭の中で声がひびく。

 デュラハンは、びくっと反応し、再び輝化スキルを強めて、空中にピタリと静止する。

「今飛び込めば、挟撃され、何もできずに敗北するわ。勝者が決まるまで待ちましょう」

 その言葉をうれしく思いながら、応える。

「ごめん。わかっているよ。止めてくれてありがとう」

 自分の胸に優しく手を当て、慈しむように語り掛ける。

「ようやくお目覚めか? キリア」

 頭の中の声の主、キリアが「うん」と応える。

「なかなか起きられないくらい、いい夢を見ていたのか?」

「……いい夢、じゃないと思う。二年前に、あなたにイドラ化されたときの夢だった」

 心がざわざわした。この感情は何だろう。懸命に心を落ち着かせて尋ねた。

「なぜ、そんな夢を見たんだ?」

「『ザ・インダクション』はすべてのアイドルの憧れの舞台。白のアイドルのとき、優勝を夢見てがんばった頃を思い出したからかもしれない」

 キリアが聖杯侵食に対する恨み言を述べ、自分を責めるのだと思った。キリアに変わらずに受け容れらていることを確認して、デュラハンは安心する。

「さぁ、リモーネとキャメロットの準備が完了したようです」

 司会者の一言に、ドームの中が静まり返る。静寂の中、輝化を済ました両ユニットが対峙する。互いのアドミレーションがステージ上で交錯していた。

「それでは! 『ザ・インダクション』第五節、リモーネ対キャメロット! ライブ・スタート!!」

 わあああぁぁぁぁ!

 先ほどまでの静けさから一転し、ドームの中は再び歓声であふれかえった。会場の興奮に当てられて、武者震いが止まらない。キリアが「まだだ」と釘を刺し、引き留めた。

 デュラハンは興奮をまぎらわすために、キリアに話しかける。

「キリア、あたしがキャメロットに敗北したときの夢は見ないのか?」

「それは、わたしが、あなたとこうやって意思疎通ができるようになる前のことでしょ? 二年前、あなたが聖杯侵食して、その一年後、キャメロットに敗北した。わたしが目覚めたのは、その直後ぐらいだったはず。だから、覚えていることはないわ」

「そうだったな、すまない」

 デュラハンは、記憶違いを詫びた。

「わたしも昔、キャメロットに所属していたけど、今のキャメロットは、あなたを退けるくらいに強いのか?」

 デュラハンは、今も胸に残る当時のくやしさとともに、一年前を思い返す。


 デュラハンは、キャメロットのメンバー選抜試験を妨害する任務で、「アヴァロン・プロダクション」を襲撃した。

 そこで、普通ではあり得ない量のアドミレーションを放出するアイドルと出会った。それがデビュー直後の新人アイドル、リン・トライストだった。

 リンはキャメロットのメンバーと合流し、デュラハンの前に立ちはだかる。リンが操る莫大なアドミレーションに触発され、キャメロットはいつも以上の実力を発揮していた。

 デュラハンのわずかな隙を見逃さず、リンは渾身のアンコールバーストを放つ。身の丈以上もあるアドミレーションで生成された大きな投げ槍がデュラハンに迫る。

 デュラハンは避けきれず、輝化防具を穿たれ、からだに直撃するが、致命傷になる前にその投げ槍を止めることができた。

 そのまま戦闘を続行したかった。しかし、そのあとに聖杯の調子が悪くなり、輝化が安定しなくなる。あたしは、助けに来たマリアに連れられて、無事に帰還することができた。


 デュラハンは、一年前の記憶を締めくくる。

「どうだ? キリア。状況は理解できたか?」

「ああ、デュラハンの記憶を共有することができたよ」

「こんな中途半端な決着はいやだ。必ずキャメロットに、リンに復讐してやるんだ」

 歯を食いしばり、こぶしをにぎり締める。心の中の固い決意が、からだに表れていた。

「……なぜ、そんなにキャメロットやリンにこだわるんだ?」

 キリアの言葉は意外だった。驚き、とまどいながら、キリアに訊き返す。

「なぜって、当たり前でしょ。負けたらやり返さないと、居場所がなくなるわ」

「えっ? デュラハンの言う、居場所って、なに? ノヴム・オルガヌムでの地位のこと?」

 キリアとの認識がずれている。デュラハンは自分の言葉を定義しようと試みる。

「居場所……。地位のことじゃない。あたしが居場所という言葉を使ったときは、ノヴム・オルガヌムに所属する黒のアイドルやイドラたちの存在、特にマリアを思い浮かべていた」

 キリアはデュラハンの言葉を繰り返す。「居場所は、同じ組織に属するアイドルやイドラ、特にマリア個人……」そして、もう一つ別のことを尋ねた。

「もし、負けたままにしたとき、デュラハンの言う居場所はどうなるの?」

 そんなことを考えたことがなかった。そして、考えたくなかった。とても不快な気持ちになって、キリアに答える。

「負けたままになんかしない! 必ず勝って、自分の強さを証明するの!」

「わかっているよ、デュラハン。もしもの話よ。そうか……。負けたままにしておくと、強さが証明できないのね」

「そうなったら、あたしは『そこ』に居続けることができなくなる。あたしは『そこ』に居たい。マリアのそばに居たいの!」

 キリアに感情をぶつけ終わっても、不安な気持ちが湧き上がり、どきどきしていた。

「もう、終わりにしていい?」

 デュラハンは、とげとげしい言葉でキリアに問う。

「ええ、ごめんなさい。あなたを困らせるつもりはなかったの。自分のことを深く話すのは、嫌なことを思い出したり、不安になったりして、気持ちいいものじゃないよね」

「でも……」

 キリアの真摯な言葉に心が動かされる。デュラハンは思わず口を開いていた。

「こんなことを話すのはキリアが初めてだよ。嫌な気持ちになるけど、少し温かい気持ちになれる。キリアに聖杯侵食して良かったことのひとつだ」

「そう、なんだ……」

 キリアからの返事。しかし、姿が見えない。どんな表情でその言葉を発しているのだろう。反応が気になってしようがなかった。

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