死肉の虚、未熟の人
葬儀場に着くなり出迎えたのは母だった。私の迎えに出た兄を言葉少なに労い、続いて東京から出てきた私と妻の労にも少し触れた。妻は母に軽く頭を下げると、ハンケチを握ったままの母の手をそっと取った。母は泣くかと思ったが泣かなかった。ただ小さく、力なく頭を振っただけだった。道中の車内で聞かされた、参っている、という兄の表現は正しいように思われた。決して体格の小さな方ではない母は、葬儀、当人の愛する夫の死という出来事の前にしぼんでしまっていた。
父さんに顔を見せてきなさい、と母は言って、どこか頼りない足取りで待合室へ入っていった。その背中が扉の向こうに消えてから兄は、ほらな、と言わんばかりに私の方を見遣った。私は頷いた。確かに常日頃の母のあり方とは明らかに一線を画している。
兄と私とが比較的平然としている中、ひとり沈んだ表情を浮かべているのは妻だった。分かるわ、と妻は呟いた。そうかい、と私が訊くと、分かるわよ、と繰り返した妻の表情はどこか非難がましかった。ひょいと肩を竦めて歩き出した兄に続きながら、私は隣を歩く妻の表情を見なかった。歩きながら妻の非難の内容を推測した。あなたにはお母さんの気持ちが分からないの、という意味かもしれない。或いは、私が死んでしまってもあなたはそうやって平気な顔をしているのと、そう詰られているのかもしれなかった。
どうだろう、と思う。昔から母似だと言われてきた私だ。伴侶を失った時の反応も母に似るだろうか……。
廊下の突き当たりかと思われたそこは両開きの扉だった。それを兄はこともなげに開く。大きく重厚な扉に反して中の空間は狭かった。もうひとりいれば出入りに苦労しただろうと思うような狭さだ。入って正面、寝台列車の二段ベッドを彷彿とさせるような空間に、父の亡骸が横たわっていた。上段には父が横たわっている台と同じ横幅の、大型の冷蔵庫のような扉が付いている。別の名前が書かれているところを見ると、こちらには他所の家の死人が眠っているらしい。今時の世の中は死者さえ人口過密なのかと思うと、父にも、その上で眠る他所の亡者にも少し同情してしまう。
ああ、と嘆息した妻の声に誘われて、私は父の死に顔と向き合った。萎びている、と私は思った。だが、亡骸を形容するにはあまりに相応しくないとも思われた。小さくなったな、と迷った末にそう言うと、確かになと呟いた兄の声は静かだった。妻は大きな音を立てて洟をすすり、取り出したハンケチでそっと目元を押さえた。私は父の枕元にしゃがみこんだ。中途半端に父の面影を残した肉体を私は直視出来ずにいた。それは父のようでいて明らかに父ではなかった。その額に刻まれた皺を一瞬間だけ見遣って、すぐに目を閉じた。父とて、自らの抜け落ちた後の滅びゆく肉をそうまじまじと見てほしくなかろうと思われた。形ばかり手を合わせても、特段何かが迫り来るわけでもなかった。
手短に拝んで早々に妻と立ち位置を代わった。妻はまじまじと父の顔を見つめ、半ば乾涸びた手をそっと握った。湧き上がるものを素直に零す妻を、私は少し奇妙に思った。夫の父親とはいえ、早くから呆け始めてここ数年は施設にいた、顔も合わせなかった関係の相手だ。何が妻の内から溢れるのか、私にはよく分からなかった。父の死に寂しい思いもしたが、言ってしまえば別に、泣くほどのものでもないと思われた。
まあ若いよな、と思い出したように兄が言った。いくつだっけ、と問うと、まだ六十の半ばくらいだろ、と兄が答える。六十四よ、と訂正したのは妻だった。よく覚えてるな、と兄が苦笑し、直樹さん忘れっぽいから、と妻は笑う。私はただ黙っているしかなかった。誕生日も、結婚記念日も、結局覚えずにここまで来てしまった私が、ここに差し挟める反論はなかった。
そういえば父も忘れっぽい人だった。
年の終わりになると新しいカレンダーを出してきて、親戚中の行事だの記念日だのを細々と書き込んでいた。忘れっぽい割に几帳面な父は頻りにそれを確認しては、祝儀だの何だのをまめに送りつけていた。親戚の間でも父は好かれていた。堅物であまり笑わない人だったが、父の贈ったプレゼントが如何に生かされているかを誰かが語る時、ふっと眩しそうに笑う。そうか、と囁くように言う父の声は、どこか寂しげで優しかった。
妻が立ち上がったのを機に、私たちは父の横たわる部屋を後にした。さくらちゃんと浩輝くんはどうしてるの、と妻は徐に言った。兄は待合室の方を顎でしゃくった。佳菜子さんも来てるよ、と付け足して待合室の扉を叩く。扉越しに母のものらしい曖昧な返答を受けて中に入る。靴を脱いで上がる種のこの部屋は宿泊もできる。男連中は一晩そこに泊まりだと兄から聞いていた。持ってきた着替え一式を兄の車に積みっぱなしにしていることを私は唐突に思い出した。
入ってすぐ、短い廊下の先は居間にも似た空間だ。畳に置かれた卓袱台、その前に正座した兄の二人の子供は、何故か鶴を折っていた。こんにちは、と笑いかけた妻に子供たちは同じ台詞を返し、ちらりと片手を上げただけの私にも同じ言葉を口にしつつ、少し照れたように片手を挙げて見せた。君らのママはどこかな、と問うと、弟の方が素早く振り返って、あっち、と指さした。姉の方はそれを確認してから私たちに頷いて見せ、指し示された方に目を向けると、直樹おじちゃんたち来たよ、と声をかけた。
部屋に入ってみると、右手にもう一回り大きい和室がある。親戚連中はそこへ詰めて、既に勢揃いといった様子だった。あちこちから浴びせられる決まり文句に頭を下げる。妻は慌てて畳に膝をついた。女たちは皆一様に正座をして、床につく寸前まで低く頭を下げる。何故か私にはそれが苛立たしかった。親戚の男たちは私にいくつかの社交辞令を述べ、妻を含む女たちはただ静かにそれを聞いていた。
棺に入れたいものはあるのかと問われて、私は鞄から取り出した一冊の本を黙って差し出した。妻が趣味で作ったレシピ本だと付け足すと、形式的に目を通した男たちの手から女たちの手に渡り、今度は代わるがわる覗き込まれた。すごいわね、綺麗だわ、うちにも一冊頂きたいくらい、と断続的に飛んでくる褒め言葉に、妻は微笑みを浮かべて答えた。時折は解説だの小話だの織り交ぜながら、室内には控えめながらも笑い声すら聞こえ始めた。母だけが輪に加わらず、部屋の隅で真顔のまま黙り込んでいた。時折、思い出したように急須に湯を足し、茶を注いで回る。明るく頑丈さばかりが取り柄のような母が託つ孤独と沈黙の意味を誰もがよく心得て、敢えて侵そうとはしなかった。父の死という出来事の周りに緊迫した距離を持って存在する空間は実に不自然で息が詰まるようだった。
直樹君の方からは何もないのか、と叔父が問うた。私は黙って首を横に振った。父に持っていってもらうほどのものはない。下手に縁の品など入れても棺が狭くなるだけなら、大好きだった料理の本でも入れておいた方がよかろうと思われた。
仕事人間だった父は恐ろしく不器用で、簡単な工作のひとつさえ作ってくれたことはなかった。その唯一といっていい趣味が料理で、父が妻を気に入った理由のひとつにはそのこともあるのではないかと私は踏んでいた。母は比較的簡単なものを手際よく作るが、妻は時間をかけて手の込んだものを作る方を好む。父は時折妻から習ったレシピで大層なディナーなど拵えては、母や客人らに振舞った。プレゼントともてなしを愛する人だった。だから、妻が凝りに凝ったレシピ本を父は喜ぶだろう……。
女たちのレシピ本談義は終わる気配がない。私は逃げるようにその場を退いて、隣室で折り紙に興じる姉弟の向かいに腰を下ろした。姉弟は少しの間私を見上げたが、そのまま紙を折る作業に戻っていった。兄は煙草を吸ってくると言いおいて部屋を出ていった。卓袱台の上には色とりどりの千代紙が散乱している。
一枚くれるかい、と私は姉弟に問うた。両者は同時に頷いた。ありがとうと礼を言って、机上の千代紙を一枚一枚吟味していく。姉弟は手を止めて、私が紙をつまみ上げては裏返し、つまみ上げては裏返してするのを見守っていたが、やがて私が黄緑の地に桜の柄が入った紙を選んだのを見ると、弟の方が得意げに私の目を見て笑った。それぼくがえらんだの、と彼は言い、姉は妙に冷めた表情で私の紙を一瞥すると、またすぐに紙を折り始めた。この紙は家から持ってきたのかと私は尋ねた。弟の方が相変わらずの人懐こい笑顔で、ろうかにあったんだよ、と答えた。いくつかの質問と応答を重ね合わせるに、葬儀場内の廊下に千代紙の入った籠が置かれており、どうもそれは、想いを込めた折り鶴を棺に入れてくれ、という趣旨のものらしい。
おじいちゃんに持っていってもらうのかと訊くと、姉は小さく、弟は元気よく頷いた。だからきれいに折らなくちゃいけないんだよ、と言ったのは単なる伝達のようだったが、何やら自分が戒められたような気がして、私は苦笑しつつ背筋を伸ばして座り直した。
念入りに角を合わせ、正確に折り目をつけながら、あの世で折り鶴に囲まれて目を覚ました父はさぞかし面食らうことだろうと思った。面食らいつつも、姉弟が真心込めて折った鶴を父は喜ぶだろう。
だが、と私の手ははたと止まる。父は既に死んでいるのだ。千代紙も、或いは妻の本も共に燃えこそすれ、既に去った人間と同様、どこへも行きはしない。
やっと話が一段落ついたらしい妻が私の隣に座り、暫くして煙の匂いをまとった兄も戻ってきて卓についた。五人で黙々と折り進めた折り鶴は優に三十を超えて、姉の方の取った青の地に菊の柄の紙で終いだった。やがてそれも完成して、鶴の群れを前にまだ折り足りないといった顔つきの二人を妻と兄夫婦が宥めているうちに、控えめなノックの音がした。やってきた中年の女性スタッフに続いて、人々がぞろぞろと動き始める。
私は妻に予備のハンケチを借りて、緩く机上に広げた。色とりどりの折り鶴をそこに包んで、固めに結わいてから姉の方に持たせてやった。包みを手にした姉は少し誇らしげだった。浩輝、と若干不服げな弟の方を呼ぶ。こっそり抜いておいた例の黄緑の鶴を胸ポケットに差してやると、弟は途端に嬉しそうな顔をして走り去っていった。兄夫婦が慌ててそれを追って部屋を出ていく。急に空になった部屋の出口で、妻と並んで靴を履いた。
ストッキングの弛みを手早く直しながら妻は、子供っていいわね、と感慨深げに呟いた。私はうん、と肯定してから、見上げてくる妻の表情が淡く失望を含んでいることに気付いた。ああ間違えたのか、と思いながら、妻の失望は私にまで伝染するようだった。重い沈黙を抱えたまま部屋を出ると、奥から二つ目の曲がり角に姉弟が立っていた。早く、と口だけを動かしながら、全身を使った大きな手招きで私と妻を急かす。大きく頷いてやると、今度はぱたぱたと軽い足音を立てて走り去っていった。
私もあんな子供が欲しい、と妻は溜め息混じりにそう零した。
何故今そんなことを言うのだろうと、私は内心妻を詰りたくて堪らなかった。誕生日プレゼントじゃないんだぞ、と私はやや投げやりに答えた。妻が孕んだ失望がその冷たさを増していくような気がした。
私と妻が揃うと、母は納棺師とその助手に無言で頭を下げた。納棺師の方も心得たもので、静かながらも有無を言わさぬ早さで準備を整えていく。まず湯灌を、という言葉で私は早くも引き返したい気持ちに駆られた。父の体など生前ですらほとんど触れたことがない。見ることも遠慮したいというのに、布越しとはいえそれに触れろと言う。どなたか縁の深い方から、と声をかけられて渋々ながらも前に出た。力なく首を振った母はそのままに、ひんやりとした脱脂綿を受け取る。足元にしゃがみ込み、脱脂綿の一辺を摘んで、反対側でごく軽く撫ぜた。意地でもその肌には触れたくなかった。安っぽいタッパーに脱脂綿を入れて、ひとりひとりやってきては父のしわくちゃの皮膚を拭うのを眺めた。幼い姉弟が引き返していっても母は動かなかった。仕方なく兄と目配せをし、差し出された柄杓をひとつずつ手に取る。納棺師に促されるまま、足先から逆さ水をかけていく。張り付いた布越しの輪郭を嫌でも想像せずにいられず、波打って流れ落ちていく水面を見つめてなんとか終えた。父とて末期の風呂なぞ見せたくはなかろうと思った。
首元まで到達すると、漸く柄杓を手放すことが許された。後ろに下がった私と兄の代わりに納棺師とその助手が進み出る。この先は自分たちが請け負うという趣旨のことを口にして、彼らは父の遺体の本格的な洗浄を始めた。動くことのない引き結ばれた口の、すぐ下から丁寧に塗りたくられていく洗料。白い布の下で父の体の上を這う手。指一本動かすことの出来ぬまま、他者に肉体をまさぐられつづけている亡骸。いつの間にやら、母は声もなく泣き出していた。それに気付いたらしい女たちの中から徐々にすすり泣きが聞こえ始め、すっかり水分の飛んだ体を棺へ移す段では、兄も洟をすすりながら手を貸していた。私はこの手に父の体の重みがかからない程度に、形だけ手を添えた。
誰もが泣き、或いは涙を堪えている中、私と幼い姉弟だけが黙って成り行きを見守っていた。姉弟は手を繋いだまま、不安げな面持ちで、大人たちのすることをじっと目で追っていた。
副葬品を納めるから手を貸してほしいと言われて、やはり動けずにいる母の代わりに氏名されたのはその姉弟だった。兄夫婦が脚絆を、私と妻が手甲を、姉弟は頭陀袋を受け取ってそれぞれ納めていく。私は姉弟を手招きして、ちょうど父の右肘の下に空いているところへそれを置くように言ってやった。姉弟は慎重に頭陀袋を下ろし、少し背の高い姉が懸命に手を伸ばして袋の端を伸ばした。上手く置いたな、と声を掛けてやると、姉の方は居心地悪そうに少し笑っただけだったが、弟の方は大事を成したかのように胸を張って彼の母親のそばへ戻っていった。
その小さな、誇りに満ちた背中に、私は落雷にも似た衝撃を受けて立ち尽くした。
くるりと振り返った幼い男児の、期待に満ちた眼差しが私を貫いていた。そうか、と思った途端、得体の知れない冷気が急激な速度をもって私の中心を凍りつかせた。
あれはまだ死を知らないのだ。
直樹さん、と小さく呼ぶ声に応じつつ、しかし未だ呆然としたまま、私は手にした手甲をつけようとした。
距離感が曖昧になっていた。
半ば無心に伸ばした私の手は一瞬、しかし確かな生々しさで、逆さ水に温くなった死者の肌を感じた。当たった指に沿って、老いた腕の肉は力なく、ほんの僅かに凹む。この指を押し返す力のない、不自然に水気を含んだ、死んだ肉。
途端に手が震え始めて、紐のひとつさえ満足に結わえられない。大丈夫、と問うた妻の実に心配そうな声に、言葉より先に溢れ出たのは大粒の涙だった。白装束の上に落ちて滲みていく水滴に私はまだ何も言えなかった。口を開けば、ともすると叫び出してしまいそうな程の感情が滝の如く父の亡骸に注ぐのではないかと思われた。ゆっくりと上げた私の顔を見てあっと息を呑んだ妻は、乱暴とも言える手つきで私の分の手甲の紐を結び終えた。背後に立つ親戚連中の視線が背に突き刺さり始めていた。
釣られたらしくぼろぼろと涙を零しながら、ちょっと向こうで休みましょう、と妻は言った。返事をする間もなく腕が取られる。半ば引きずられ、半ば逃げるようにその場を後にしながら、遂に私は嗚咽すら漏らし始めていた。見ないでくれ、と内心で絶叫した。俯いた私の顔を姉弟が不思議そうに、そして不安そうに見上げた。見ないでくれ、と私はまた叫んだ。こんな私を見ないでくれ。
己の手に残った死者の体温が迫ってきて、目の前もよく見えぬまま、渦を巻く激情ばかりが私の内を灼いた。
死にたくない。
妻は廊下のベンチに私を座らせたらしかった。落ち着かせようとしたのか隣に座って私の背を撫でるのを、乱暴に手で押し退けてやめさせた。妻の腕さえ触れたくはなかったが、それ以上に、誰にも自分の体に触れて欲しくなかった。その体温と感触は父の体を洗う納棺師の手を思い出させた。弾力のない死んだ肉を思い出させた。
死して後、この世に活動することができなくなるという事実が、そのどうしようもない真実が、あの生々しい死体の感触の中にあった。あれは父ではない。焼かれ、灰になるだけの肉であって、次の世に送られるなどあり得ない。父は死んだのだ。父という存在は既に全てを失ったのだ。父が父であるためのものは完膚なきまでに砕かれ消滅した。棺に横たえられたあれは私の愛した父ではない。あれは、あの肉体は、父の消失を受け入れるために祀り上げられた偶像、偽物の父の魂を存在させるための器に過ぎない。
あの肉体の中に本物の父の魂があると信じようとした。思いを語り、別れを告げ、父を送ることが出来ると思いたかった。だがもう否定のしようはない。父は消えた。かつて愛情をもって私に接したあの肉体は今やただの肉塊として、他者の慰みのために蹂躙されている。
ああなりたくない。消えたくない。私のいないところで「私」と称された何かが祀られ、その器となった肉体が道具として弄ばれるなど、決して、決して受け入れたくない――。
深々と溜め息をついた妻が、暫くして盛大に鼻をかんだ。あなた泣かないのかと思ったわ、と妻は呟くように言い、それから困ったように笑った。
やっぱり、誰だって親が死ぬのは悲しいものよね。
呆然と口を閉ざしたままの私をそのままに妻は立ち上がり、冷たいお茶買ってくる、と去っていった。その後ろ姿は随分と不格好に見えた。衰え始めた中年の女の姿だった。かつて愛した女の面影はそこになかった。
妻が角を曲がって見えなくなってから、違う、と私は呟いた。違う、悲しいのではない。恐ろしいのだ。父を喪ったこと自体に対する悲しみなど、これっぽっちもありはしなかった。ただ、いつかあんな風に私が喪われるという事実が、気の狂いそうな程に恐ろしかった。それだけだった。妻がそれを悲しみと呼んだことは奇妙な虚しさを私にもたらした。私と繋がっている存在などどこにもいないのだと思われた。
私の去った後の肉体に妻は「私」を見出すだろう。如何に私が拒もうと、そこに塵ほどの私すら存在しないとしても、「私」の葬儀は滞りなく遂行されるだろう。
ぱたぱたと軽い足音が近付いてくる。
姉弟は私を見出すと共に減速し、心配そうな面持ちで私の前に止まった。お父さんが呼んできてって、と姉の方が言った。それから、後ろ手に持っていた例のレシピ本と、綺麗に角を合わせて折り畳まれたハンケチを私の膝の上に置き、弟の方は胸ポケットから抜き取った折り鶴を差し出した。自分の手で納めろ、ということらしい。
私は折り鶴を受け取って自分の胸ポケットに差し、ハンケチで目と頬とを拭った。こうして個別に仕事を与えられては戻らざるを得ない。ありがとう、元気になった、と私は笑って、姉弟の頭を順に撫でた。子供の体温は熱かった。姉の方は撫でられたのが照れくさかったのか、行くよ、と囁くなり弟の手を引いて行ってしまった。彼らに向けた笑みの余韻は暫く残っていたが、やがてそれも消えた。私は立ち上がった。
ふと、今夜妻を抱こうか、と思った。思って、すぐに打ち消した。今夜は兄たちと共にここへ泊まり、妻は母たちと共に実家で過ごす。それ以上に、妻を抱こうが子を儲けようが、そこに私の求めるものは何ひとつ生まれようがないと思われた。体の繋がりも血の繋がりも、死して絶たれるようなものに私は満たされない。ましてや、そこにあるのかどうかも分からない不確かなものになど。
父に持たせるプレゼントを手に私は来た道を引き返していった。親戚たちの低い囁きが漏れ聞こえていた。その部屋では父ではないものが死んでいた。