厳しい道へ
この物語はフィクションであり、実在の地名や団体とは一切関係ありません。
自動車を運転する際は、実際の道路交通法を守り、安全運転を心がけてください。
また、サーキット走行に関する描写は、岡山国際サーキットの走行規程を元にアレンジした物です。
実際のサーキット走行時には、サーキットごとに定められた規程に従って走行してください。
ツインリンクもてぎ北ゲートから、NSXとAE86トレノ、SUZUKIエブリィが入る。
「タクミはあっち。」
九重拓洋のNSXがレーシングコースのコントロールセンターへ向かって行くのを見送った坂口愛衣は、AE86を北ショートコースへ向ける。
SUZUKIエブリィには自分のマシンが載っている。
Birel製のレーシングカート。2017年モデルDR01だ。
エブリィを運転するのは坂口真穂。彼女は愛衣のメカニックも担当する。
本来なら、軽トラ一台で済むのだが、今日は九重拓洋にNSXを貸す他に長野からの諸客も一緒のため、AE86も出撃した。
海老名芽美は、AE86の助手席にいた。九重拓洋の近くに行こうとしたが、彼に断られた。
「レースの事を知るのなら、そっちに行け。」と言うのだ。最も、彼について行ったところで、ライセンス講習は受けられない上、行った所で暇を持て余すだけなのだから、坂口愛衣の方へ行ったほうが有益だろう。
坂口愛衣も一応はレーサーである。といっても、レーシングカートのレーサーだが。
ツインリンクもてぎの北ショートコースで行われる、もてぎカートレースが、今日の舞台だ。
九重拓洋の会社を辞める前から、レーシングカートのライセンスは所持しており、今年は初めて、年間エントリーをした。今日は、その最終戦だ。
「まずは予選を行う。予選はモータースポーツにおいて、レース開始前の隊列順位を決めるもの。各車がサーキットを所定の周回数(所定の時間の場合もある)を走行して、最も早い1周のタイムを計測した車ほど、より前の位置から決勝レースをスタート出来る。」
真穂が芽美に、マシンの整備をしながら説明する。
「このレースでは、所定時間走ってタイムを計測する。予選と決勝では同じタイヤを使用しなければならないため、なるべく早く良いタイムを出して予選を切り上げ、タイヤやブレーキの消耗を抑える。」
「タイヤやブレーキの消耗?」
「一般的な道路を普通に走る場合なら、それ程でもないけど、峠でドリフトしたり、サーキットを走る場合、ブレーキを思いっきり限界領域まで踏んだりするからその分、ブレーキにかかる負荷が大きくなり、ブレーキパットが消耗、あるいは熱の蓄積でフェード現象を起こして踏んでも止まらなくなってしまう。そして、最も重要なのがタイヤ。高速走行を長く、そして、ドリフト等で滑らせたりしていると、路面との摩擦でタイヤが垂れて摩耗し切ってしまう。」
「でも、私のパレット車検2回はもったよ?」
「高速で走らせている機会が少ないから、タイヤの消費もブレーキの消費もその分少ない。でも、レースとなれば話は別。限界領域で走るからタイヤ、ブレーキ、エンジン、ギアと様々なところに、一般道とは比べ物にならない程の負荷がかかる。場合によっては、1日のレースで新品のタイヤがボロボロに磨耗してしまうことだってある。」
坂口愛衣が、レーシングスーツとヘルメットを着用してマシンに乗る。
「じゃ、車検やってくる。そしたら、予選。午後に本戦だから、予選が終わったら飯食いに行くついでに、タクミの様子も見ておこ。」
「うん。」
車検に向かう愛衣は、白地に青のラインが入ったレーシングスーツを着ていた。
車検が終わると、一息付く間も無く、予選会が始まった。
15分間走った中で、最も早い1周のタイムを計測した車ほど、より前の位置から決勝レースをスタート出来る。
坂口愛衣は、30台中3番手から7番手辺りからスタートしているが、ほとんど表彰台に登っている。今回はどうなるか。
全長0.98km、コーナー数12(右4、左8)、最大直線長142mのショートコースを突き進む坂口愛衣の白いマシン。
車体には、秩父鉄道1000系をモチーフにした青のラインと、「white racing project」のロゴ。
「愛衣はフォーミュラカーのレースが得意。小学生の頃からカートを始めたものの、周囲の反応が良くなくって。高校生の時には優勝しても、する度に注目されると、兎角、学校で煙たがられてね。」
「学生レーサーって、そんなに煙たがられるの?」
「日本は、モータースポーツってのがあまり普及しなかったからね。学校の方針は、「学生ドライバーは素行が悪い」って考えだし。」
「どうして?」
「理由なんてないわ。ただ、教育委員や教員の連中が「素行が悪いと思うから素行が悪いんだ」って言っておしまい。自分だって車乗っているクセに。大学もレーシングスクール行って、F1レーサーになろうとしてたのに、高校側の方針で無理矢理、普通の大学に。そして、自動車会社に入ろうとしたが、タクシー会社に就職。こき使われて、うつ一歩手前で終了。それさえなけりゃ、F1レーサーになれていたかもしれないのに。」
「もう、可能性はないの?」
「ゼロではない。カートレースでも、ある程度良い成績を出し続けていられれば、レーシングスクールに入れる可能性はある。でも、入れたとして、F1の舞台に立てるようになる頃には、年齢的にF1レーサーを引退する時期ね。」
(結婚するなら、タクミはエアガン捨てろ)と、芽美の親に言われた事を思い出す。
「そういえば家の親も、似たような事言っていた。」
芽美は、それを離した。真穂は黙って聞いたいたが、
「タクミ君のミリオタは今知った事だ。」と前置きした上で、
「もし、車にまでそれが波及したら、タクミ君は車を取るね。ミリオタだかなんだか知らないけど、少なくとも、今のタクミ君はエアガンを持っているような様子はないし、むしろ車に夢中で他が見えなくなるのではって心配よ。」
と言った。




