NSXタイプR
この物語はフィクションであり、実在の地名、団体とは一切関係ありません。
公道での乗用車による高速・危険走行は生命に危害を及ぼします。
作中での行為は絶対に真似をしないで下さい。
また、自動車を運転する際は道路交通法を遵守し、安全運転を心掛けてください。
(本当に何も無い!贅肉を削ぎ落しまくって、エアコン、オーディオ、挙句の果てにはエアバッグまで外して、遮音材も省き、元々軽量なオールアルミボディのNSXから更に120キロも軽量化したタイプR。噂には聞いていたが、ここまでとは。S660より更に走る事に専念する車だ。)
全長1000メートルの秩父サーキット。
NSXタイプR(色は白。ナンバーは熊谷328め58‐61)は、ここを窮屈そうに走る。
「芽美さんはタクミをどう思ってます?」
坂口愛衣はピットに居る海老名芽美に聞く。
「大切に思っている。」
「だったら、昨日、なんで他の男に電話したのですか?」
「だって、暇で―。」
NSXがメインストレートを通過。
「他の男とあったりしてるのは、タクミに会えない寂しさを紛らわすため。」
「それなら、なぜタクミと会う時、二人ではなく、他の男連れてきているのです?」
「それは―。」
「タクミと付き合い続けるのなら、今後そういう事はやめていただきたい。特に、一緒に居るときに、他の男を連れてくるのは。それができなければ、別れて下さい。そして、タクミの前に二度と現われないでください。」
NSXタイプRがピットに戻ってきた。
「ちっ。」と舌打ちをしながら、坂口愛衣が近寄る。
「なんだ?もうへばったのか?」
「乗りにくい。なんだこいつは。」
「エスロクの車両感覚に慣れているからね。でも、操作性はエスロクと変わらないはずよ。」
「パワーがありすぎるんだよパワーが。」
だが、それでもなんとか乗りこなそうと、九重拓洋は給水するとすぐに走り出した。
(そうしているうちに、タクミもハマっていく。ミッドシップの沼に。ハマったら抜け出すことの出来ない場所。私がS2000に乗るのも、そのため。問題は、タクミをNSXが受け入れるかだ。まっミニNSXとも言えるS660を乗りこなせているから、大丈夫でしょう。)
再度走り初め、一週目を終え、二週目を終えると、最初に走っていた時よりタイムが縮み始めてきた。
「芽美さん。クリスマスはどうします?私とタクミは、ツインリンクもてぎに行きますが、もし貴方が来たいと言うのなら、一緒に行きましょう。貴方は秩父まで来ていただき、私の車で。」
「それ、どこ?」
「栃木県茂木町にあるサーキットです。スーパーGT等の国際レースも開催されるサーキットで、タクミはレーシングドライバーとなるための講習と試験を受けます。あの車で。」
「あの車って?」
坂口愛衣がメインストレートに戻ってきたNSXを指した。
明らかに、速くなってきている。
水分補給のため、再びピットに戻ってきたNSXタイプR。
「無茶苦茶だよ!こんな狭いところじゃ、パワーが有り余りすぎだ!筑波2000か安曇野stage2じゃねえと、こいつ抑えが効かねえ!」
「まだまだ乗りこなせないようね。いいか!1周40秒だ!40秒を切れれば私はOKと言う!」
それに、芽美が止めに入った。
「無茶よ。乗ったことも無い車でしょ?1周40秒が遅いのか速いのか解らないけど、無理させすぎ―。」
「うるせえ!素人は黙ってろ!」
といったのは、九重拓洋だった。
再び発進するNSX。
「1周40秒ってどんな記録なの?」
「私の親父があの車に乗って、このサーキットで叩き出した最速記録に次ぐ記録。親父の1周37秒は未だ、破られていない。」
「そんな!そんな記録を出させてどうするつもり?タクミを利用して、自分が幸せになりたいだけなんじゃ―。」
「どの口が言いますかそれを?今のタクミには、貴方とセックスするよりも自らの力で未体験ゾーンへ挑み続ける方が有益です。S660に乗って走り屋となり、初の対戦相手である私と互角に走るだけの腕を持っているのなら、それを活かすべきです。タクシードライバー?貴方のセフレ?そんなちっぽけな場所ではなく、レースの世界で。」
メインストレートを突き抜けるNSX。タイムは50秒ジャスト。
「まだ行ける。タクミなら。芽美さんもタクミの事を思うなら、「無理だ」ではなく、応援してあげてください。」
1コーナーを曲がり、2コーナー。そして、最終コーナー。
49秒21。
「40秒代に入った。ここからは自分との格闘よ!」
1周1000メートル程度のサーキット。直ぐにメインストレートに戻ってくる。
49秒ジャスト。
(タクミはエスロクで46秒の記録を出した。それさえ破れば良い。)
だが、ピットに戻る。
九重拓洋が側溝に嘔吐。そして、給水。
「無理しすぎよ。止めなって。」
「止めんな。」
海老名芽美が止めるが、それを無視して尚もNSXに乗る。
時間を忘れた九重拓洋。まもなく、午前11時半。海老名芽美が長野へ帰る限界の時間だ。
「もう、帰らないと―。」
と、芽美。
「分かった。」
坂口愛衣は、司令塔でレットフラッグを振る。
NSXタイプRがピットに戻ってきた。
「2周しか走ってないが?」
「彼女、帰るって。」
「あそ。」
九重拓洋は車から下りもしないで言う。
「ヘルメット越しじゃ、キスも出来ないよ。」
と、海老名芽美は言うが、
「だからって、借り物の車にするな。」
と言い返した後、少しの間を置いて、
「クリスマス、空いているか?」
と訊く。
「まだ分らない。」
「もし、本当に俺とずっと付き合いたい。結婚したい。そう思うのなら、俺に関わる人を除く第三者を伴わずに、栃木県のツインリンクもてぎへ来い。それが出来なければ、二度と俺の前に現れるな。俺は、走って走って走りまくった先にある物を目指して、駆け抜ける。」
再びピットを出ていくNSXを見送った後、海老名芽美は後ろ髪を引かれるように、帰路に付いた。
SUZUKIパレットTSで秩父市内に入り、国道140号線を走る。
踏切待ちの間、坂口愛衣から連絡が来た。
「タクミ。午前の最後の一周で、44秒代を出した。タクミの自己記録を更新した。」
「もてぎ、何が何でも行くわ。」
そう返信した時、踏切を列車が通過した。
C58‐363が牽引する秩父鉄道のSL列車「パレオエクスプレス」だ。
その車内に、鉄道好きだった頃の九重拓洋の姿は無かった。




