ジャパンタクシー大破
今、全国的に活躍するタクシーは主に3種類ある。
一つは、クラウンやセルシオ、マークXといったいわゆるセダン。プリウス等のハイブリッド。NV250やアルファード等を改良した大型のユニバーサルタクシーだ。
そして、最近ではセダンを置き換えやユニバーサルタクシーの更なる普及の促進に向けた新型車両、ジャパンタクシーが登場。
俺の勤めるオリオン交通でも、このジャパンタクシーが投入されており、同期の吉川准がこれに乗っている。安斉一歩も乗っていたのだが、奴はオービスを光らせて免停を喰らって謹慎中だ。
吉川准は遅番だから、会社に戻ってくるのは朝5時~6時だ。
かくいう俺は、例の銀座ブチギレ事件の後始末をしている。
朝5時に出勤してきた直属上司の浅生主任が、ドライブレコーダーの映像を見ながら、事件の分析をする。
「経路確認、社名、氏名、シートベルトの声掛けはかけていない。経路確認時、この道は混むぞって言ってお客様に別の道の提案をした理由は?」
「もしお急ぎであった場合、渋滞でお客様が嫌な思いをしてしまったり、お客様が送り先の用事に遅れてしまってはいけないと思い、別の道の提案をしました。」
「それで、その時、お客様が椅子を蹴飛ばしたと―。」
だが、やはり咎められた。
「最後、キレちゃってるね。これはダメだ。確かに、乗車拒否しても構わない状況だけど、お客様だからキレたらダメ。キレずに乗車拒否をする理由を説明して輸送をお断りしていたら、クレームにはならなかったかもしれない。」
クソ。
確かに、キレたらおしまいだ。接客業で客にキレるのは言語道断だ。
始末書と報告書を書く。
だが、それが終わった時、大破した一台の車がトラックに乗せられて会社に入ってくる。
それは、ジャパンタクシーだった。
報告書と始末書を浅生主任に提出して帰路に着こうとした時、そのジャパンタクシーが吉川准の車だと気付いた。
後から来た随伴車から、傷だらけの身体を引きずって吉川准が降りてきたのだ。
「やっちまったのか!大丈夫か!」
ダッシュで彼の所へ向かう。
「エアバッグが開いた時、顔面をエアバッグに殴られた。後、背中と首が―。」
歩けるから骨は折れていないだろうが、ムチ打ちかもしれない。
「医者行け!報告書とドラレコの映像出したら、医者行け!運転出来なければ―。」
「お前のSじゃ、かえって悪化する。自分の足で歩けるんだ。自分の車で行く。」
「馬鹿言ってんじゃねえ!俺が運転する!」
とにかく、彼がなんでジャパンタクシーを大破させたのか、理由が知りたい。
彼の上司は杉野主任。俺の同期や新卒で入った者の多くは杉野主任が直属上司で、俺だけは浅生主任が直属だ。
そんなことより、原因だ。
ドライブレコーダーの映像を見る。
それを見て俺は愕然とした。
彼は実車中、それも高速道路で事故を起こしたのだ。
そしてその客というのは、俺に不条理な始末書を欠かせた野郎だったのだ。
案の定、奴は暴れ、蹴飛ばす足が彼の左腕にヒット。
「これでハンドルが切れ、コントロール不能になり―」
物凄い衝撃音と共に、ジャパンタクシーは時速60キロで壁に激突。その衝撃で一回転し、インターチェンジを塞いで止まった。
「こんの野郎・・・・・・」
久々に殺意が湧いてきた。
「これで、同期は全員走れなくなり、残ったのは俺一人に―。この野郎、ぶっ殺してやる。」
本気でキレてきた。
「この貨物どこの持ち物だ。持ち主土下座させた上、首と胴体ぶった斬ってあの世への片道ドライブさせんぞゴルァ。人に渋滞の道進ませて逆ギレした挙句、准に怪我させて車壊しやがって。」
だが、ここでキレていても仕方が無い。
俺は帰ることにした。
准もどうにか自分の車を運転して医者に行くらしい。
この後は、会社と貨物と貨物の持ち主がやる。
まあ、こんだけ派手にやってくれたんだ。それに相当する落とし前付けてもらおうじゃねえか。
会社の社長秘書に身体で返してもらうか?
本気でイライラしている時は高速に乗る。
普段は下道だが、こういうとき下道走ると、トロクセエ奴や煽り運転する奴に出会して余計にイライラする。だったら高速で帰ったほうがいい。
出来ればこのまま、地元埼玉県の峠で一走りして憂さ晴らししたいが、入院している母親を見舞わなければならないからそれも出来ない。せいぜい、隣町の温泉施設で日帰り入浴だ。
高速道路をぶっ飛ばして帰り、日帰り入浴と行こうと決めた俺は、会社の駐車場に止めてある純白のS660のエンジンをかける。
(イライラしていても、エンジンの音を聞くと落ち着いてしまう。昔は鉄道好きで、自動車なんか目の敵だったのに。)
会社の駐車場を出る。
小路から、鳩ヶ谷街道に出て足立入谷インターから高速に乗る。
その途中、鳩ヶ谷街道と小路の交差点で右折待ちをしていた時、前方から同じような車が近付いてきた。
それは、純白のS2000。
この前、赤城山ですれ違った物と同じだ。ナンバーは覚えていないけど。
すれ違った時、また、妙な物を感じた。
全身を電気が駆け巡ったかのように感じたのだ。
振り向いた。運転しているのは誰だ?どんな奴だ?
だが、それは解らず、右折信号が出ていたのにその場に止まってしまい、後の車にクラクションを鳴らされてしまった。