S660の臨界点
この物語はフィクションであり、実在の地名や団体とは一切関係ありません。
自動車を運転する際は、実際の道路交通法を守り、安全運転を心がけてください。
「ん眠い。」
「しょうがないでしょう。こんな遅くなっちゃったんだから。」
「でも夜0時って遅すぎるよぉ。」
TOYOTAアルファードでようやく、安曇野の手前、松本ICが見えてきた。
松本ICまで、後2キロ。
「ん?なんだ?」
後方から、只ならぬ空気を醸し出す不気味な車が接近、と思うと次の瞬間、流れ星のようにアルファードの横を猛スピードで突き進んで行った。
「何あの車?」
助手席で言う母親。だが、彼女はその車に覚えがあった。
(間違いない。タクミだ。タクミが来た。ここまで。)
かなり速い猛スピードで、何処へ向かっているのかも解らず、とにかく、高速道路をバカみたいに突き進む純白のS660。
とにかく、今は一人になりたい。
C1を走っていたハズが、どこかで分岐を誤ったらしい。気が付いたら、首都高速を離れ、高速道路に入ってしまっていた。時折、レーダー探知機がオービスや速度取締の警告を出す。そこ以外はアクセル踏みっぱなし。
何があったか、分らない。
ただ、今、家に帰りたくない。
仕事、また言いがかり。嫌になった。放り投げた。キレた。どこか、一人になりたい。
昨日は、両親の結婚記念日。
母親も父親も、ワインを開けていた。
だが、俺は仕事。そのため、早く寝てしまう。
9時半に就寝しようとして、自室の電灯を消した時だった。階下から怒鳴り声らしきものが聞こえた。だが、自宅の近所には居酒屋もあり、時にそこの前で屯している奴の声が聞こえたり、警察が来てちょっとした小競合いにもなったりするので、今回もそれかと思った。
だが、おかしい。喧嘩になっているのは外じゃない。実家だ。それも、両親の可能性もある。
しかし、構わず無理矢理にでも寝よう。
もし、両親だったとしても下手に首を突っ込むと、火に油を注いでしまう。まして、明日は朝4時に起きて出勤しなければならない。あまり夜更かしして居眠り運転でもして、仕事中に事故を起こしたら大変だ。
だが、喧嘩の勢いが収まらず、騒音で寝れない。そして階段をドンドンと物凄い音を立てて登ってくる足音。
「おいテメエ!見た事を正直に言えボケごるあああーーーーっ!!!!」
酔っ払った親父がいきなりドアを壊して怒鳴る。
だが、あっけにとられ何が何だか解らない。
「テメエ!このババアが俺を殴ったの見ただろうが!ええっ!」
何?マジで何?
「なんで黙ってんだよ!ぶっ殺すぞ!!!」
「いや―」
「ああっ!?」
(見てないし、何を怒っているのか分らない。第一、その場を見ていない俺を巻き込んでどうするつもりだ。)と言おうとしたが、遮られた。後から来た母親と父親のやりとりから、断片的に状況が分かってきた。
どうやら、母親が食器を片付けていたが父親が酔い潰れたため、介抱しようとしたところ父親が勝手に暴れ出し、母親に「殴っただろ!殺すぞ!」と怒鳴り、暴行しようと威嚇しているらしい。
「だったら警察呼んで対処しろよ。俺はその現場に居ないから―」
「居なかったで済ますな!逃げんじゃねえ!ぶっ殺してやる!!」
勝手に俺の部屋を喧嘩会場にされ、眠る事はできず、一睡もしないで出社。そのまま無理に勤務したが、その際、客からまたも言いがかりを付けられた。
「大手町のパレスホテル」と言われ、経路確認、社名、氏名、シートベルトの声がけをした上で向かったが、いざついてみると「テメエ!何間違えてんだ!」と怒鳴りつけられる。どうやら客の方が「帝国ホテル」と「パレスホテル」を間違えたらしいがそんなの関係無し。クレームになった。
更にその後、会社の接客マニュアルで「経路確認」と「シートベルトの声がけ」を行った事に腹を立てた客が「俺様にシートベルトは不要だボケェ!」俺と会社に文句を言い、明日、明けで理不尽な始末書を提出することが確定。
それでもなんとか午前の勤務を終え、午後の勤務に入るが、そのせいで一部のマニュアル不履行が発生。そう言うときに限って、抜き打ちのモニターに当たってしまい、結果が伸びず、それでも無理に勤務を続けたが、こんな思いをしてまで仕事をして意味があるのかと疑問が浮び、更に、昨夜の喧嘩の寝不足等で、精神的疲労が限界に達した。
そして、お台場からの帰り、レインボーブリッジで意識を失った。
気が付いたとき、目の前に側壁が見え、慌ててハンドルを切るもタクシーは盛大にスピン。クラッシュこそ免れたが、そこで、俺は仕事を放棄。無断で早退して、家に帰る気にもならず、どこかへ行こうと走り出してしまったのだ。
さすがに眠い。
まもなくSAだ。
とりあえず、SAに車を入れて、仮眠しよう。




