攻略の糸口
この物語はフィクションであり、実在の地名や団体とは一切関係ありません。
自動車を運転する際は、実際の道路交通法を守り、安全運転を心がけてください。
坂口さんのハチロクが前に出る。
霧が今や晴れている。
碓氷峠の廃線跡が目に飛び込む度に、ペースが乱れてしまっていた。
前にハチロクが居るおかげで、意識を前のハチロクに持っていける上、碓氷峠の廃線跡が視線に入りにくくなった。
だが、熊ノ平から4つ目のヘアピンで、熊ノ平信号所へ向かう保線用トンネルが僅かに視線に入ると、途端に挙動が乱れた。
路面の凹凸に足を取られ、跳ねたのだ。
(路面が酷い。バンピーで跳ねまくる。)
必死になって、坂口さんのハチロクについて行く。
ハチロクがペースを上げた。
「このペースだと、ついて行くので精一杯だ。」
ギリギリついて行けるが、今度は息が苦しくなってきている。
助手席側の窓と、運転席後の小窓を開けて空気を入れ替える。
エンジン音がかなり大きく聞こえる。
アクセルオフの度に、ブローオフバルブから圧縮空気が抜ける音が聞こえる。
その音が、機関車のブレーキの音のようにも聞こえる。
ジグザグに続く峠道。
何かに似てきている。
登りながらのV字からヘアピン。緩いコーナーから急なコーナー。
雨はすっかりやみ、雲の切れ間から太陽光が射し込む。濡れた路面からの反射光が眩しい。それに、目をやられそうになる。
「うおっ!」
濡れた路面に足を取られた。
スピンして路肩に突っ込むギリギリのところで停止。
車外に出て目視で点検。異状なし。
坂口さんのハチロクが、降りて来るのを待つ。その時になって初めて気が付いた。そこから、廃線跡が見えていたことに。
(こんなところでやったって知ったら、まずい。)
再びエンジンをかけ、坂口さんのハチロクを追うため、S660を発進させる。
坂口愛衣はすぐ後ろでS660がスピンしたのをバックミラーで見たが、C121まで行かない事には安全にUターン出来ないため、C121コーナーまで登る。
「惜しい。後少しだったのに。」
C121コーナーでUターンして、九重拓洋がスピンしたC105コーナーまで戻る。
C121からC119までの間のV字を抜け、複合コーナーを抜けた時、前方から白い車。
(EK9?違う!タクミのS660だ!)
C116。
ここも信越本線の廃線跡にかなり接近している場所だが、ここで2台がすれ違う。
(登っている!S660が自分で―。)
直ぐにそこでスピンターンして、S660の後を追う。
直ぐに追い付いた。
しかし、
(この先、C119でも廃線跡が見えてしまう。)
その心配が的中した。
「なんとなくだが、この峠の走り方を、うっチクショーッ!」
S660はスピン。オーバーステアだ。
坂口愛衣はAE86を止める。九重拓洋のS660はどこにもぶつかってはいない。だが、九重拓洋の顔色が悪い。
「っ。これで何度目だ―。」
振り返って初めて、九重拓洋は、そこから信越本線の廃線跡が見える事に気付いた。
「私とすれ違った場所。あそこからも廃線跡は見えた。それに、気付いていた?」
「いや知らん。」
「次行くよ。」
有無も言わさない。
そこを、EK9が通過。
「クソーっ。」
「悔しがっているなら、あのシビックに追い付くわよ!」
坂口愛衣がAE86を発進させる。九重拓洋もS660を発進させる。
C121コーナー。ここで、EK9に追い付いた。
C121。あの漫画では逆から進入だったが、あの漫画に登場した場所を通過。
C121から少し緩いコーナー。
それらを抜けると、ストレートを経てC128。
C128からC131まではアルファベットのSを描くようなルートで登っていく。
(バックミラー見るな!見たら死ぬ!)
坂口愛衣が後のS660に向かって祈る。
C128を通過。シビック。ハチロク。エスロクと続いて、C129へ続くストレートへ。
キツいのぼりから、ヘアピンのC129。
(この感じ、ツインリンクもてぎのV字からヘアピンに似ている。いや、一回しか走っていないけど、感覚が似ている。ツインリンクもてぎは、テクニカルセクションで30m程登ってダウンヒルストレートだった。)
「そうか。この峠のコツが掴めた!」
だが、その時、今度は身体がおかしい。
「うっ。」
C133。ここでS660が路側帯に退避。
AE86も止まる。
「一瞬、彼女の顔が見えた。そしたら―。」
「止まったと?」
九重拓洋が肯く。
「だが、コツは掴んだ。この峠の攻略法は分かった。残るは、自分自身との戦いだ。」
坂口愛衣は腕時計を見る。
「後1本。ハチロクで私の横に乗って、終わりにしよう。その先は、自分自身との戦いになるね。」