雨の峠に挑む
この物語はフィクションであり、実在の地名や団体とは一切関係ありません。
自動車を運転する際は、実際の道路交通法を守り、安全運転を心がけてください。
EK9に声をかけようとしたが、その前にAE86に乗る坂口さんに呼び止められてしまった。
「約束通り来たね。」
「あっああ。それより、あの―。」
そう言った時、EK9は出発してしまった。
だが、俺の前を通った時、手紙を落としていった。
それを拾い上げる。
(明日。上り1本。16時にここで。都合が悪ければ、ここに連絡を。)
とだけ書かれていた。
「ホワイトインパルス?」
「ああ。明日、1本やろうと。」
「分かった。なら、今から特訓よ!」
AE86がエンジンをかける。
「何やってるの!?早く行くわよ!」
俺もS660のエンジンをかける。
「燃料は?」
「上里で満載した。」
「丁度良いね。じゃっ、行くわよ。最初は私が引っ張って登って降りる。そして、次にタクミが引っ張って私が押す。それを繰り返す。今夜の宿は高崎だから、18時までみっちりやるわよ!」
AE86とS660。
愛称は「ハチロク」と「エスロク」。
この2台が、雨の降る碓氷峠旧道へ入る。
AE86がアクセルを踏み込む。
S660もついて行く。
坂本宿を過ぎ、最初のコーナーからいきなりきつい急勾配が始まる。
雨で視界が悪い。ただでさえ視野が狭いS660の視野が更に狭まる。
前を行くAE86の水しぶきを受けながら、S660も登っていく。
碓氷峠は、群馬側の麓から峠までの標高差がある対し、長野側の麓から峠までの標高差がまったく無い片峠だ。
このため、トンネル等で峠を貫くという事は難しく、旧道も新道もグネグネと曲がりくねって高度を稼ぎ登っていくルートで越えている。また、上信越自動車道は横川を過ぎると入山峠の方へ大きく迂回をして佐久平へ抜けている。
鉄道もアプト線、新線共にトンネルで越えてはいるが、トンネル内には日本の鉄道路線で最も急な66.7パーミルの勾配が待ち構えている。
そして、長野新幹線(北陸新幹線)も高崎から安中榛名を経由して碓氷峠を大きく迂回するトンネルで軽井沢に抜けるが、それでも急勾配が立ちはだかっており、長野新幹線(北陸新幹線)を走行出来る新幹線車両は、他の新幹線車両より出力の高い車両に限られている。
AE86とS660の走る旧道の直ぐ側には、アプト線の遺構が残っている。
めがね橋まで600mという標識の所で、旧道はアプト線と立体交差する。
雨が強くなってくる。
(まだ来ている。ここまでは私も最初は来れらた。もし、タクミが越えられない理由が、私の予想通り「彼女に対する自分から逃げようとしているため」だったら、この先、碓氷第三橋梁(めがね橋)からが難関ね。)
だが、S660の挙動がその手前からおかしくなっている。
「ぐっ。息が苦しい。」
九重拓洋はさっきから息が苦しく、前を行く坂口愛衣のAE86を必死に追うので手一杯。
ちょっとでもラインから外れれば、対向車線に飛び出すか、側壁にヒット、又は崖から転落だ。
九重拓洋はAE86のラインを必死になぞる。
AE86の前に、巨大なレンガアーチ。
「ワアーーーーーーーッ!」
S660が急減速して、道端に突っ込んで停止。
AE86がUターンして、戻ってくる。
坂口愛衣は傘を差して、S660のところまで歩き、窓をノックする。
九重拓洋は窓を開ける。
「大丈夫?」
それに、コクリと肯いた。
「あの橋。あそこが最初の鬼門ね。車出して。次いくよ。」
坂口愛衣は再び、AE86を発進させる。
九重拓洋もS660を発進させる。だが、ノロノロとした走りだ。
めがね橋のコーナーをヨタヨタしながら抜けると、そこに再び急勾配のS字。
アクセルを踏んで登る。
めがね橋駐車場付近で、AE86に追い付き、再びAE86のラインを走る。
だが、再び碓氷第5橋梁が見えた途端、S660がスピンして停止。
見かねた坂口愛衣は「車をめがね橋駐車場に入れて。」と言い、めがね橋駐車場に戻る。
「とても、危なっかしくって無理ね。でも、ここまで来れたじゃん。助手席に乗って。私の運転するのを横で見てて。」
と言われ、九重拓洋は坂口愛衣のAE86に乗る。
坂口愛衣は再度、坂本宿から碓氷峠を登る。
「簡単なことよ。越えようと思えば、どんな峠だって越えられるわ。」
AE86を面白いように運転する坂口愛衣の姿を、ただ横目で眺める。
かつて同じ職場で、共に研修を受けていた時を思い出す。
「最初にタクミがヤッた場所。めがね橋いくよ。」
ギュルルーッとタイヤを僅かに鳴らしながら、めがね橋のコーナーを抜ける。
(こいつに出来て、なんで俺に出来ない。)
悔しい。
めがね橋の先、上りのS字も難なく登っていく。
4A‐GEエンジンの音が高鳴る。
前から、EK9シビックタイプRが降りてくる。
すれ違いざま、2台の水しぶきがぶつかり合った。