最終コーナー
この物語はフィクションであり、実在の地名、団体とは一切関係ありません。
公道での乗用車による高速・危険走行は生命に危害を及ぼします。
作中での行為は絶対に真似をしないで下さい。
自動車を運転する際は道路交通法を遵守し、安全運転を心掛けてください。
また、サーキット走行に関する描写は、岡山国際サーキット及び、筑波サーキットの走行規程を元にアレンジした物です。
実際のサーキット走行時には、サーキットごとに定められた規程に従って走行してください。
「見えたぞ!大血川方向に居る!」
須川が後方を走る朝倉のBRZに無線交信。
朝倉は大洞第1発電所付近にいて、まだ確認出来ない。
「ライトはいくつ見える!?」
「そこまでは分からん!だが、三峰山方向に火災の兆候はない。」
「少なくとも、どっちかは無事だって事だな。」
「ああ。だが、そうなると、どちらかはクラッシュだって事だ。その場合は―。」
「分かってる。一早く助けに行けるのは俺達だけって事だ。」
「そうなったら、命懸けになるがな。」
須川のランエボが、林道の合流地点に到着。
すでに、ホワイトインパルスの拓洋陣営、愛衣陣営両者ともに到着済み。
だが、近くにいるのは、拓洋陣営のメカニックだった。
「さっき、対岸にライトを確認した。」
と、須川は伝える。
「生きてるさ。両方とも。」
と、メカニックが言う。
(2台とも、本当に無事か?そんなことは考えられない。この道に突撃したら、無事に出てこられない。俺も、ここで左フロントとリアタイヤをバーストさせて、車を降ろせなくなった。朝倉も、右のドアミラーを吹っ飛ばした上、スピンして路肩に突っ込んで足回りぶっ壊した。ランエボ艦隊が総力戦で挑んだ時には、3人程ケガする大事故も起きた。だいたい、こんなところでバトルするのがおかしい。それで2台とも無事だとしたら、天地がひっくり返るぞ。)
須川は林道を見つめる。
しかし、次の瞬間、朝倉からの連絡で須川も、ランエボ艦隊全員も、そして、BRZ・ハチロク連合軍も驚愕する。
「ライトを確認!2台だ!前後関係は不明だが、2台が絡み合っているぞ!」
九重拓洋はS660の車内から、朝倉のBRZ‐RAの姿を確認した。
「最終コーナーまで残り2つ。」
「そうね。」
「最終コーナーで俺が前に出る!」
「させない!」
「お前が前の場合、どうなる!?」
「私の勝ち!そして、拓洋!拓洋が前なら、拓洋の勝ちよ!前には、行かせない!」
最終コーナーは碓氷のC121のような右コーナー。
分かりやすく言うならば、茂木の130Rのようなコーナーだ。
しかし、入口と出口は狭いのに、コーナー中ほどは車3台分の幅があるのは、碓氷のC121に近い。
最終コーナーの前の緩いS字をドリフトで抜ける。
そして、最終コーナーへのラインを決める。
インサイドにS660。
アウトサイドにS2000。
頭抜け出ているのはS2000だが、S660も鼻面を捻じ込んでいる。
完全な形ではないにしろ、サイドバイサイドだ。
「行くよ!ここでミスんなよ!」
「お前こそな!」
2台同時にドリフトに入る。
(ここには進入時に、溝と言うものはない。ラインの基準となるものは、碓氷のC121と同様、道端の白線。あれに、イン側のタイヤを乗せるようにクリアしていく。それが、攻略のポイントだ。そして、立ち上がりは―。)
このバトルの最後を飾るに相応しい、超高速ドリフトが、凄まじいスキール音と共に披露される。
「対岸でドえらいドリフト合戦だ!あそこが最終コーナーだが、勢い余って飛び出したら、ガードレールを突き破って川に墜落する!あんなスピードで落ちたら、命無いぞ!」
朝倉の前を走る飯田のスイフトスポーツが、それを伝える。
(ここはD1じゃねえ。峠だ。しかも、そこはただの峠じゃない。入った者は無事では済まない禁断の峠だ。こうなったら、結果なんかどうだっていい。どっちも死ぬな!生き残れ!)
朝倉は何も言えない。
ただ、「死ぬなよ!」と祈るしか出来ない。
須川も対岸に見える最終コーナーのドリフトが見えていた。
(S2000のインにS660。インから刺すつもりだ。ドリフトで決着が付かないなら、立ち上がり勝負にかけるつもりか。だが、あのS2000の戦闘力が不明な以上、それが通用するか分からん。常識で考えれば、無理だ。変なことするな!ここを抜ければ生き残れる。死ぬな!生き残れ!)
朝倉、須川両者ともに「生き残れ!死ぬな!」と祈るが、拓洋はここで、リスク覚悟の大博打に出る。
このコーナーのインサイド。
突入時には無いのだが、イン側に徐々に深くなっていく排水用の溝がある。
拓洋はラインをそちらへ寄せ、インの溝にフロントタイヤを途中から引っ掛けている。
(大博打だ。出るタイミングをミスったら、愛衣と一緒にドカンだ。徐々に深くなる溝。なぜそうなるのか、理由は簡単。雨水をアウト側の荒川に落とすための排水管が、コーナー立ち上がったところに埋め込まれている。そこへ流れやすいように、溝が深まっていく。)
拓洋は、甲高いスキール音の中で、溝から出るタイミングを、アウトサイドで拓洋を潰しにかかる愛衣のS2000の動きから計算する。
(微分と積分。出たタイミングでの速度域とアクセル踏み込み。どれくらいのタイミングで、どのくらいの勢いで出て、どのくらいアクセルを踏むか。)
そして。
「今だ!」
溝から出る。
だが、一瞬、挙動が乱れた。
愛衣と接触。
火花が上がる。
朝倉、須川、そして、チェッカーフラッグを用意する真穂と知恵も驚く。
しかし、愛衣、拓洋両者ともに冷静を保つ。
接触により、愛衣はアクセルを踏み込むタイミングを誤った。
拓洋もまた、挙動を乱したため、ラインが安定しない。
S660はリアタイヤが路肩の斜面を登った。
愛衣は、ガードレールにリアウィングが接触してまた火花を散らす。
そして、両者共にラインが安定した瞬間、アクセルを踏む。
僅かに頭一つ抜け出たのはS660。
だが、馬力ではS2000が上手。
最終コーナーを立ち上がってゴールまではストレート区間。
沢を渡る橋がゴールラインだ。
(クソッ!ダメか。立ち上がり重視の変形溝走りだったが、タイミングを僅かに外した。)
拓洋はサイドミラーに移るS2000を見ながら思う。
ゴール手前数メートル。
ここで遂に、S660力尽き、S2000が前に出た。
そして、チェッカーフラッグが振られた。
勝者は、愛衣である。
しかし、負けはしたものの、拓洋は満足だった。
「愛衣。今後もお前と一緒に、走らせてもらうよ。」
と、拓洋は言った。
拓洋はS660のエンジンはかけたまま、フロントとリアのフードを開ける。
「いかに、激しい戦いをしていたか解かるな。」
と、早見。
「あっちこっち、傷だらけ。アライメントも見ねえとな。」
「すみません。かなり、無茶をしてしまいました。」
「DTMじゃねえんだよ。まっ謝るな。これくらい派手に暴れてくれりゃ大したものだ。」
そして、そこに、正孝と利夫が割って入る。
「どうだ拓洋。気が済んだか?」
と、利夫。
「もとより、俺がこう、説教される筋合い無い事だとは思うが―。」
と、拓洋は前置きをしたうえで、
「気が済む済まないって言うのは解らねえが、とにかく、俺がどうしたいのかってのは分かった。」
「どうすんだ?」
「愛衣と一緒に、また走りたい。」
「だとよ。どうするよ坂口。」
利夫が正孝に訊く。
「俺としては、お前がそうしたいというのなら、サポートを継続する。秩父鉄道にも、そういうことで伝えてある。今、アヤフヤだったお前がどうしたいのかって分かったのなら、そうすればいい。ところでだ―。」
正孝は愛衣の方を向いた。
「おい!どうすんだお前はよ!?デブと援交か!?それとも、拓洋を率いて走るのか!?」
愛衣は、
「拓洋を率いる。拓洋を引っ張るのは私だから。」
と答えた。
「ならば、2人お揃いのレーシングスーツを着用出来るな。」
「えっ?」
「拓洋が着て居るレーシングスーツと同じ物がもう1着、秩父鉄道から提供されている。」
白地に青のラインが入り、ヘルメットも同様のデザインがされた物だ。
秩父鉄道で数年前まで活躍していた1000系のカラーリングを模した物で、肩には秩父鉄道のロゴマークが描かれている。
「秩父鉄道は、愛衣と拓洋だけではなく、ホワイトレーシングプロジェクト全体の活動のサポートをすると言うことで合意した。特に、拓洋と愛衣を中心にな。」
付け加えて利夫が、
「HONDAとしても、愛衣ちゃんの秩父スーパーラップの様子を見て、ホワイトレーシングプロジェクトのサポートを再開しようと言う動きになっている。国際Bライセンスを持っている知恵ちゃんに至っては、スーパーGTでも活躍してほしいと言う声も上がっている。」
と言った。
「元カノの前で、カッコつけようとして買ったS660が、とんでもない世界へと導いたな。まっそもそも、そのとんでもない世界へと導いたのは愛衣だ。だから、俺は、愛衣と一緒に走る。デブの汚名なんか、踏み潰してくれる。」
「ほほう。言うようになったな。拓洋め。でも、私、負けないから。」
愛衣が拓洋に言い返す。
「さて、今夜はどうする?」
利夫が訊いた。
「どっちにしろ、車のチェックはしねえとな。あんなガンガンぶつけまくったからな。」
「そうか。なら、坂口のところに泊まれるか?」
正孝は「OKだ」と言った。
利夫は先に帰るが、拓洋は愛衣の後を走って、ホワイトレーシングプロジェクトへ向かう。
「愛衣。あの―。」
「何?」
「ああっえっと、ありがとな。」
「何が?」
「いや、なんとなく。」
拓洋は照れた。




