走る理由
ツバメのマークを付けた純白に青ラインの入ったS660が、最終コーナーを立ち上がってメインストレートへ突っ込む。
初めて走るスーパーGTで使用される広大なサーキット。
そして、俺が走りの世界に興味を示した原点の地。
土屋圭市や織戸学といったプロレーサーが激闘を繰り広げたツインリンクもてぎだ。
レーシングカートのライセンスは所持しており、ここのレーシングカートコースでは何度も走っているが、今走っているのは、スーパーGT等でも使用されるロードコースだ。
今日、このロードコースを走るためのライセンス講習を受け、今、最後の実技試験が行われている。
ストレートとキツイコーナーが連続するコースだ。
少しでもオーバースピードで突っ込むとグラベル行きだ。
ヘアピンコーナーからダウンヒルストレートに突っ込む。
共に、試験に挑んでいるインプレッサWRXが前を引く。俺の後にはトヨタ86。
ダウンヒルストレートから90゜コーナーに突っ込む。
「くっ。膨らむ。」
既の所でコースアウト回避。
最終コーナーから再びメインストレートへ突っ込む。
チェッカーフラッグが振られる。試験終了。
ピットに戻って車を下りる。
「はぁーっ。」
たった一人で、しかも白ナンバーでも軽自動車であるS660でスーパーGTに使用されるサーキットを走ってしまう。そんな自分が凄いと思うが、ただの自惚れだ。たった一人で走っていて何が楽しい。
インプレッサにトヨタ86は仲間同士らしいが、俺は一人だ。
「お前が友達みたいなものか。もしこいつが女だったら、彼女にもなるんかな。はぁーっ。」
デカイ溜め息を吐く。
試験結果が出た。
合格だ。
これで、ツインリンクもてぎのロードコースを走れる。
走行可能なサーキットはこれで2ヶ所になった。
しかし、たった一人で走っていて何になるのか。
明後日が仕事のため、今日はさっさと引き上げて明日は一日休む。
「何の為に走るの?タクミ。」
と、坂口さんに言われた事を思い出す。
「走る理由か。元はといえば、タクシーの仕事から僅かに車に興味を持って、ツインリンクもてぎに来てみたら、ドリキンのテクニックに圧倒されたってのが、走りに興味を持ったきっかけだが、何の為に走っているのかが分らない。タクシーの運転は嫌いになっているのに。」
ツインリンクもてぎのパドックにまで入っているクセに、走る理由が解らない。
(そんなの、好きだから、走りたいからに決まっているだろう?)
と、言い聞かせる。
少し前に、サバゲー好きの芸能人にクソが付くほどバカで能無しの死に損ないの鼻糞アイドルが「そんなのに金かけるなんて有り得ない。おいしいもの食べたほうが一億倍ましだ。」と発言し、多方面からギタギタにぶちのめされていたが、今の俺はそう言われたらおしまいだと思う。
理由もなく、ただ「好きだから、走りたいから」と言ったら、「その分のガソリン代やチューン代を別の物に使え」と言われておしまいだ。
だが、あのとき。
彼女の浮気現場を目撃したとき、近くに居てくれたのはこの車だった。
NワゴンもS660も、俺と苦楽を共にしてくれたパートナーだ。
(頑張って絞り出せる理由として、「こいつは俺のパートナーだからだ。」と言ってやろう。)
そう思いながら、S660のエンジンをかける。
単独で来ている俺と違い、インプレッサWRXとトヨタ86は仲間の車と一緒に帰って行く。
俺は一人だ。
メカニックも、監督も居ない。
一人でメカニックと監督とドライバーを兼任している。
そこまでして、走る理由があるのか。
「いいんだ。俺はこれが好きだから。」




