ホワイトインパルス出撃
S2000AP1とEK9、DC5、そしてもう一台、AE86スプリンタートレノが高速道路を駆け抜ける。
AE86スプリンタートレノはあの漫画に登場した他、ドリフトキングとして名高い土屋圭市の愛車としても有名な車だ。新車販売台数も少なく中古車市場への流通も少なかったところへ、あの漫画で有名になってしまったため、中古車としては生産終了から30年以上経った現在でも異常な程高値である。その値段は個体にもよるが、新車のS660が2台買ってもまだおつりが来る事もある程だ。
更に厄介な事に、車齢が高い上にD1グランプリ等のスポーツ走行で使用される事も多いため、疲弊や事故損傷した個体が多く、状態の良い物は限られている。
だが、ホワイトインパルスの3台を育てたのは他でも無い。
今、このAE86スプリンタートレノに乗る男なのだ。
(店閉めてまで、俺も出張って行く程の峠か?お前等の腕なら、越えられるだろう?碓氷峠なんか。)
と、AE86の男は思う。
上信越自動車道松井田妙義インターで高速を下りる。
AE86が先頭で、ホワイトインパルスの3台を引っ張る。
最初に行くのは碓井新道。国道18号線のバイパスで、あの漫画に登場した道よりも道幅は広く、観光バスもほとんどがこの道を通る。
だが、ここも道幅は広く綺麗だが急勾配と急カーブが多数存在することに変わりはなく、数年前に観光バス転落事故が発生したのもこの道だ。
(軽く走るとするか。)
AE86が峠に突入する。
(ふーん。走り易いがつまらん。二瀬ダム―三峰神社間の最終セクションが延々と続く感じだ。だが、旧道より新道のほうが勾配はきつい。ヒルクライムではパワーの無い車にはきつい。そして、ダウンヒルとなるとタイヤの熱ダレにブレーキと格闘。ヒルクライムとダウンヒルのダブルアタックとなると、後半如何にタイヤを残すかが勝負だ。)
AE86の後を走るEK9もペースを乱していない。
S2000もDC5も同じだ。
見事に隊列を組んで走っている。
新道を登ると今度は下って、旧道へアタックする。
(見通しが良く広い新道に比べ、旧道は酷いものだ。道は狭く、急カーブが多い。攻めがいがあると言いたいが、一歩間違えればドッカンと行く。あの土屋圭市も、この道で一度死にかけた。)
目の前に、巨大なレンガ橋が見える。
アプト式鉄道の遺構、碓氷第三橋梁通称めがね橋だ。
AE86とEK9がめがね橋に向かって突っ込む。
旧道はめがね橋の所に大きな左ヘアピンが待ち構えているが、このヘアピンはヘアピンの頂点が僅かに直線になっている上に、曲がりきったと思ったところに上り勾配の小さな左コーナーと右コーナーが待ち構える複合コーナーだ。
「うっ!」
S2000が外へ膨らみ、タイヤが鳴る。
(バカ。突っ込みすぎだ。対向車が来たらお前は死んでいる。)
釣られたDC5もタイヤが鳴っているが立て直す。だがS2000はセンターラインを割っている上、まだ立て直せない。
(FRと言うが、S2000は実は完全なFRではない。長いボンネットの真中にエンジンを乗せ、人の乗る場所が車の後にあるフロントミッドシップ車。S2000は気難しいと言われるが、その理由が、フロントミッドシップと言う事を知らないで乗り回してしまい、うまく乗りこなせず苦戦する者が多いからだ。)
S2000がようやく立て直した。
「危なかった。確かにこの峠、越えられない峠になりそう。」
S2000が言う。
「うっ!」
右90度の直角コーナーで、S2000が今度はアンダー。
ペースが乱れる。
DC5がインから前に出る。
「難しい。いや、単に私が下手くそなだけね。下手なら、走って覚えて感覚を身体に染み込ませる。」
「おい!何やってんだ下手くそ!」
AE86から激が飛ぶ。
「そんなんじゃ、お前の好きなS660に先越されるぞ!」
(悔しいけどそうだ。これでは、私も越えられない。でも彼は―。)
S2000は唇を噛む。
長野県軽井沢市まで登ると、下ってしばらくフリーで走る。だが、AE86はS2000と共に走る。
「これはバトルじゃない。お前へのセミナーだ。いいな!」
「はい。お父さん。」
「今走って道は分かったな?お前が先を行け。」
S2000がAE86の前に出て、2台が再び旧道を登る。
坂本宿を抜けた所からいきなり上り急勾配のS字。
「オラオラオラーーッ!!!とろくせえんだよ!!テメエ、ハチロクよりパワーあるくせになんだそのとろくせえ上りはよお!!!田舎道でリアカー引っ張ってる邪魔臭えババアかコラアーーーッ!」
「トロトロやってっと、突き飛ばして谷底に叩き落とすぞ馬鹿野郎!!!!」
碓氷第三橋梁に突っ込むがここでスピン。
「降りろ!免許持ってんのかテメエ!!」
AE86がS2000を蹴っ飛ばす。
「コーナーなんか一発で覚えろ!お前、何見て走ってんだ!宮野真守のエロ画像か!?ああっ!?」
もう一度、坂本宿に戻る。
「一回、俺の横に乗って見てみろ!コースを熟知してから運転しろ!」
そこから1往復、AE86は横にS2000を乗せ、その後、S2000がAE86のハンドルを握って5往復。
(AE86はドライバーを育てる車でもある。だが、こいつをぶん回すのはかなり難しいテクニックを要する。)
数回すれ違うDC5とEK9が、AE86のハンドルを握るS2000を見て思う。
「なんでお父さんは、S2000を?私達姉妹はタイプRで揃えるのではって思ってたのに。」
DC5が言う。
「そこが分らない。お父さんはHONDA党で、チームの車はプレリュードだったのに、自分で乗る車はほとんどAE86で、NSXは滅多に乗らない。」
「NSX‐Rは日本刀のように繊細。それ故に扱えないとか?」
「ホワイトレーシングでも?」
「どうなんだか。」