碓氷峠の汽笛
碓氷峠。
この名前を聞いてピンと来た者は、鉄道好きかあの漫画の読者だろう。
群馬県の横川と長野県の軽井沢の間に立ちはだかる峠。
中山道もここを通る交通の要衝であるが、急な勾配がその行く手を遮る難所でもある。
それは、時代が明治となると関東と信州、新潟を結ぶ路線として信越本線の建設が始まった。
だが、碓氷峠に立ちはだかる勾配は、鉄道にも影響を及ぼし、横川―軽井沢間は1000m進むと66.7mの標高差が生じる、66.7パーミルの急勾配区間となってしまった。
この勾配を克服するべく、アプト式電気機関車ED42。そして、時代の移り変わりと共にEF63とEF62が製造され、この機関車の力を借りて列車は峠を越えた。
特に、189系特急「あさま」がEF63重連の力を借りて峠に挑む姿は、碓氷峠の象徴となっていた。
だが、1997年、長野オリンピック開催に伴い長野新幹線(北陸新幹線)が開業すると、これに伴って横川―軽井沢間は廃止となり、EF63とEF62は過去の物となった。
しかし、新幹線にも碓氷峠の勾配は襲いかかり、碓氷峠を越える新幹線車両は他の新幹線車両よりも出力の高い車両が使用されている。
そして、碓氷峠のもう一つのドラマは、あの漫画だ。
シルエイティとAE86のバトルと悲運な恋愛エピソードの舞台が、ここ碓氷峠だ。
あの漫画が書かれていた当時は、信越本線が健在だったため、シルエイティとAE86がバトルしていた時、そのすぐそばで、EF63重連が峠と格闘していたのだ。
「碓氷峠を越えられない?」
と、復帰した安斉一歩が言う。
「ああ。走ったわけじゃないんだ。それに、碓井に限った話じゃない。関東から、山梨と長野へ通づる峠を越えられないんだよ。」
「彼女の件か?」
俺は肯いた。
「煽っておいて、他の男にうつつを抜かしている場所を目撃したってのはそりゃ怒るが、お前だって噂になっているぞ?坂口さんのいるサーキットに通い詰めているって。」
「逆に聞くが何処で、S660を全開で走らせりゃ良いんだ?」
舌打ちをして言い返す。
勤務が終わって会社を出る。
「とにかく、本当に浮気か彼女に聞いてみろよ。」
「碓氷峠越えてか?」
「碓氷峠越えて長野県に来たってだけでも、牽制になるんじゃねえのか?」
知るか。
だが、碓氷峠を越えられないでいるのは、越えたらまた彼女に会いたくなると思うからだ。彼女の事を吹っ切りたい。だから碓氷峠には行きたくない。
「でもさ、それって逃げているんじゃない?本当は、彼女を吹っ切ると言うより、碓氷峠に行くことで、彼女を完全に忘れてしまう事を恐れているんじゃないのか?」
「よく解らない。でも、行きたくないな。碓氷峠に。越えられない峠というより、越えたくない峠だな。」
会社の駐車場に着く。
寮まで、安斉一歩を乗せていく。
(なあ、お前は碓氷峠、越えられるか?純白のS。)