つばめのマーク
この物語はフィクションであり、実在の地名や団体とは一切関係ありません。
自動車を運転する際は、実際の道路交通法を守り、安全運転を心がけてください。
S660を駐車場に停め、少し寂れ感のある日帰り温泉に入る。
秩父市の隣り、横瀬町ある武甲温泉という日帰り温泉だ。
俺の好きなことは、車の運転(タクシーを除く)だけではなく、普通に旅は好きだし、特に、車で手軽に行ける日帰り温泉は好きだ。
ときがわ町の日帰り温泉も、車でドライブ中に見つけた物だし、ここ武甲温泉も秩父札所巡りの途中で見つけた物だ。
更衣室までの廊下には、秩父鉄道のSL「パレオエクスプレス」のポスターが貼ってあった。
今日は平日で運転はされていないが、例年では3月から12月の秩父夜祭までの土日祝日を中心に運転され、東京都心から一番近い蒸気機関車として親しまれている。
鉄道マニアだった頃の俺が秩父鉄道によく行っていたのもこの列車が目当てである。最も、秩父鉄道はこの他にも私鉄では数少ない貨物列車の運行も行っているという面もあったが、SLと聞くと血が騒ぐのだ。
温泉に入る。
今日は少し疲れたが、温泉に入ると疲れが取れる。
もう秋の足音が聞こえ始めた秩父路。
今度は、SLと併走しようかな。S660で。
温泉を後に、S660のエンジンをかける。
昇仙峡ラインでのクラッシュ以来、初めて定峰峠と白石峠を走る。
これで、試運転終了だ。
リアウィングを付けたS660は、高速走行時の車体の安定性、コーナリング時の安定性が向上している事はさっきサーキットで確認した。
では、峠道はどうだろうか?
峠道の感触を確かめてみる。
定峰峠に差し掛かる。
(ん?前の車は飯田さんのスイスポだ。)
後ろからパッシング。飯田さんも気付いた。
アタックだ!
前半の川沿いのセクションを駆け抜ける。
一発目のヘアピンで2台並んでドリフト。
ヘアピンから一気に山を登っていく。
(俺の車のナンバー。語呂合わせにすると、蒸気機関車の王様と言われ、日本でもD51と同じくらい有名な機関車のナンバーだ。鉄道マニア、車へ転身と言うが、転身した後も鉄道の血筋は残しているんだよ。)
スイフトスポーツがペースを上げる。
何の変哲もないナンバーのスイフトの後を走るのは、かつて東海道本線や函館本線で活躍した特急用蒸気機関車C62のナンバープレートを掲げるS660。
語呂合わせで読むとシロクニになるよう、車のナンバーでは嫌われる「し」を使っている。更に、このナンバーにはもう一つ仕掛けがある。
し62‐2の最後、2はC62の2号機の事を表している。
C62‐2は東海道本線で特急「つばめ」等を牽引した後、晩年は北海道へ渡って函館本線で急行「ニセコ」を重連で牽引した機関車だが、このC62には特急「つばめ」を牽引した証しとしてツバメのマークが除煙板に装着されている。このツバメのマークを付けた機関車は12号機(映像写真未発見のため詳細不明)と18号機もあるが、晩年まで装着していたのは2号機だけである。
この機関車に敬意を表するとともに、C62‐2のようにどこまでも翔け抜けていきたいと言う思いをこめ、ナンバーは(大宮55し62‐2)にしたうえ、リアウィングにはC62‐2と同様、ツバメのマークを付けたのだ。
2つめ、若宮八幡神社のヘアピンを通過。
かなり高度も上がってきている。
木々の隙間から、夕陽の秩父盆地や両神山が見える。
古嶺神社の連続ヘアピンが近付いてくる。
この前、ホワイトインパルスのEK9を突き飛ばそうとしてスピンした場所だ。
ヘアピンの手前で、夕陽の秩父盆地が見える。
両神山に沈む太陽光が目に飛び込む。タイヤを僅かな溝に引っ掛け、感覚を頼りに登って行く。リアウィングが、後方に移った太陽を遮る。視界が回復。
目の前に右コーナー。
軽く流して一発目のヘアピン。
対向車無し。
アウトから入って、二発目のヘアピンでインから抜く!
スイスポの真横。飯田さんと目が合った。二発目。対向車無し!
インへ!排水用の溝に、タイヤの溝を僅かに引っ掛けて登る。
アクセル踏め!
「ドン!」と一発揺れて加速するS660。後で飯田さんが唖然としているのが、バックミラーに一瞬写った。